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    did_97

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    did_97

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    フォロワーさんのツイート拝見して思いついたSS。メーカーでまとめるつもりが思ったより長くなったので

    【マサセイ】すれ違い、交わる 屋敷にいた頃は“誰かのせいにしていい”という発想にすら行き着かなかった。父は一族最強のサイキッカーであり、息子のセイボリーは当然能力を受け継ぐものだと思われていた。ジムリーダーになった暁には、長年マイナーで燻っていたエスパージムスタジアムをメジャーランクに返り咲かせられるのだと、生まれる前から過剰な期待をかけられていた。
     しかしセイボリーが受け継いだのは、全能力の内テレキネシスのみだった。その事実が屋敷中を駆け巡ると、父どころか一族全員がセイボリーに白い目を向けるようになってしまった。
     何故能力を十分に受け継がず生まれてきたのだ。テレキネシスなんて誰でも使える。とんだ落ちこぼれだ。サイキッカーの恥晒し――――浴びせられる罵詈雑言の数々に、理不尽と感じることはなかった。否、感じる心そのものが欠如していた。申し訳ありません、と頭を下げない日は無かった。常に怯え、恐縮しきって生きるのが、当たり前だとさえ思っていた。
     セイボリーの境遇に唯一涙を流したのは、誰あろう実母だ。サイキッカー一族の縁者ではない彼女は、息子が謂れなき迫害を受けている責任は己自身にあるのだと思い詰めていた。そしていずれ屋敷からセイボリーを逃がすと約束してくれた彼女は、悲願叶うことなく心労で帰らぬ人となってしまった。
     拠り所を失ったセイボリーはしばらく自暴自棄になっていた。しかし今尚心強いパートナーであるヤドラン(当時はヤドンだった)が何処かから拾ってきたマスター道場のチラシを手にしたことで、セイボリーの人生に大きな転機が訪れた。
     実家で過酷な訓練を経ていただけあって、セイボリーに適う門下生は殆どいなかった。抑圧されていた反動か、増長し慢心するようにまでなってしまっていた。敬愛するマスタードが課す修業も、いつしか適当にこなすようになった。
     第二の転機は、そんな日々の中で訪れた。初めて出来た年下の後輩が、セイボリーの存在意義を脅かすほどの強者だった。名はマサルといい、後にガラルチャンピオンであることを知ったのだが、修業の最中は彼に居場所を奪われまいと必死だった。入門したばかりの時に被った、見えない仮面にヒビが生じていくのが、自分でも分かった。
     マスター道場の門下生となって以降は、名家生まれらしい振る舞いや言動を心がけていた。もう二度とあんな悲愴な想いをしないように、という自己防衛だったのかもしれない。慣れない演技をし続けて、それが自然になりかけた頃、彼は突如眼前に現れた。
     セイボリーは、無自覚の内に忌むべき人々と同じような行為を彼にしてしまっていた。だが師匠マスタードは明らかな不正を“ライバルに負けたくない一心”であると肯定的に評し、また害を被ったはずのマサル本人に至っては勝利に拘泥するセイボリーに憧れているとさえ言い始めたのだ。
    「本当は、俺もチャンピオンとして先輩ぐらいの負けん気を持つべきなんだと思う。でも全力で向かってくる相手を前にすると、どうしても尻込みしちゃって……」
     マサルは弱点を自ら吐露し、苦笑していた。幼い頃は引っ込み思案であり、ホップに引っ張られないと何も出来ない子供だったのが、現在もコンプレックスとして奥底に残っているのだろう。
     順風満帆に見えるようでも、それぞれの人生がある。今思えば至極当然の真理だったのだが、己の不幸にばかり焦点を当てていて、気づかなかった。きっかけをくれたのが、まさか初めて醜い感情をぶつけた後輩とは。
     マサルは本当にセイボリーを尊敬しているのか、肯定的な言葉をいくつもくれていた。最早美辞麗句ではないかと疑う程ではあったが、揺るぎない真実だと確信したのは、彼から告白を受けた時だった。
     ライクではなくラブの告白は、冗談で出来るものではない。セイボリーの手を握り、真摯な眼差しを向けてくる彼に屈する形で、ライバルから恋人になることを承諾した。しかしやはり自分の想いが不透明なまま返事をしてしまったのは、軽率だったかもしれない。年下の恋人が出来てからの日々は決して幸福に満ち溢れたものではなく、恐怖と不安が渦巻いていた。
     片やエスパージムリーダー、片やガラルチャンピオンである二人が、マスコミの目を避けて共に暮らすため、今はマクロコスモスが運営するシュートシティのマンションに住まいを移している。ここにはセイボリー達の他にも数々の著名人が住んでいて、マンションのあるエリアには専用のパスポートがないと入れないようになっている。スキャンダル待ちをしている報道陣はそれで完全にシャットアウトし、マサルのように気楽に町を出歩けないチャンピオンでも快適に過ごせる環境を提供してくれている。
     人目を忍んで同居すること自体は苦ではない。むしろ実家で慣れているとさえいえる。問題は二人暮らしを始めてからも、変わらず純粋な愛を向けてくるマサルへの引け目だった。綺麗だ、美しいといった容姿への賛辞から内面に至るまで、彼は一日も欠かさずセイボリーを褒めてきた。そしてセイボリーは彼の信用を裏切るまいと、自らに枷をかけるようになっていた。本当は彼の理想とするような人間ではないと白状してしまえば楽なのに。居場所を追われるのが、何より彼に期待通りではないと気づかれて遠ざかられるのが、怖かった。
     なんてことだ。これでは道場に入門する前から何も成長していない。マサルの時間はしっかり時計回りに進んでいるのに、セイボリーの時間は反時計回りになっている。逆行していく一方であり、彼と交わらない。不完全な生活を続けて、いつかぼろが出るぐらいであれば、自分から此処を去ってしまった方がいいのかもしれない。
    「先輩さあ……最近元気ないよね」
     ダイニングテーブルに拳を乗せたまま料理に手をつけないセイボリーを見て、マサルが小首を傾げる。目の前にはマサルが料理してくれた夕食が並んでいた。サラダにスープ、ローストビーフ、パスタ。同居するまで料理のりの字も知らなかった彼は、ハロンタウンの母親にレシピを教えてもらいつつ、チャンピオン業の傍らで勉強していた。高貴な育ちであるセイボリーに恥ずかしくないようにと、頑張って作ったのが見えて意地らしい。同時に、そんな風に真心を込めた手料理を口にする資格があるのだろうかという劣等感が胸を支配し、とうとう熱い雫となって表出してしまった。
    「ど、どうしたのっ?!」
     スープに涙が零れ落ち、マサルが席を離れる。黄金色のコーンスープは、ほんの一滴ではその色を変えることはなかった。まるで年月を経てもぶれない彼を表しているかのようだ。
     ここにいる間は本音を抑圧しようとしていたのに。彼の優しさはセイボリーの周囲に張り巡らされた垣根を取り除いてしまった。傍にやってきたマサルがセイボリーを心配する声色さえも温かく耳に響いて、テーブルの木材を濡らしていく。
    「ワタクシは、あなたの理想とする者ではないのに……どうして――――」
     嗚咽と共に、押し込めていた疑問が口から発される。眼鏡をとり、腕で拭おうと溢れる涙は止まらなかった。擦り過ぎて、目の周囲がひりひりと痛む。きっと今、鏡に顔を映すと酷く腫れあがっているだろう。
     覗き込んでいたマサルは、セイボリーの疑問を聞くと、背中からそっと包み込むように抱きしめた。まだ未成年で、鍛えられてもいない少年の腕は細く頼りない。セイボリーがこれまで積み重ねてきた暗黒の年月を埋めるには、力不足だった。彼自身、どう頑張っても生まれてしまう溝は自覚しているようであったが、それでもセイボリーに回した腕を離しはしなかった。
    「ごめん。俺……先輩が追い詰められてるの知ってたのに……何も出来なくて……!」
     セイボリーは顔をあげて、熱を持った細腕に触れた。驚愕のあまり指先が震える。彼は今、何と言った。ここにいる間、常に彼の思う人間を演じようとしていたのに、ひた隠しにしていた裏側を知っているとは。
    「マサル、何ゆえ……」
    「だって先輩、道場で修業していた時からずっと悪夢を見続けていたから……。ここに越して来たら少しはましになるんじゃないかと思ってた。でも余計に魘されるようになって……もしかしたら俺と付き合っているのが原因なのかもしれないって……」

    *    *    *

     ハロンタウンは小さな田舎町だ。偶然仕事でここを訪れた父がその牧歌的な景色に惚れ込み、出張の翌月には家族ごと引っ越していた。ここにはチャンピオン・ダンデの実家があり、マサルと同年代の弟が住んでいるという。興味はあったものの、町でもとりわけ目立つ立派な一軒家に挨拶しに行くような勇気もなく、数日はウールー達が戯れる牧場を眺めて過ごしていた。
     そんなマサルを遊びに誘ってくれたのは、ホップだった。交流を持ちたいと思っていた当人の方から声をかけてくれた。以降は彼が親友兼ライバルとなり、ジムチャレンジのセミファイナルトーナメントでは、ファイナルトーナメントとチャンピオンマッチへの出場権をかけて、全力でぶつかった。ホップはチャンピオンとしての器を備えているし、マサルとしては彼が勝つだろうと思っていた。しかし試合が終わって、勝利を讃える歓声を浴びたのはマサルの方だった。
     ムゲンダイナの事件を終息に導き、挑んだチャンピオンマッチでは只管試合に集中していた。そして気づくと、無敗伝説を持つダンデを打ち負かしていた。
     ダンデからチャンピオンの座を譲渡され、その地位に就いた後は、毎日ぼんやりとしていて頭の霞が晴れなかった。目の前には未だ慣れない豪奢な執務室。ここにいて本当にいいのか。何かの間違いでチャンピオンになってしまったのではないか。
     ネガティブな思考に押し潰されそうな自分を見つめ直すために行ったのが、ヨロイ島だった。そうして今は同じ屋根の下で共に暮らしているセイボリーと出会ったのだ。
     マサルより遥かに年上である彼は、明確な夢を持ち、到達するまでの目標を自ら定めていた。それを脅かす存在であるマサルに敵愾心を向け、不正行為にまで手を染めていたが、マサルは自分にない勝利への執着や拘りを貫く姿勢に強く憧れていた。もっと彼を知りたい。見ていたい。受動的だったマサルが能動的になれたのは、彼が初めてだった。憧れが高じて恋心に成長し、一世一代の告白をするまでに至った。
     一方でマサルは、セイボリーが抱える闇にも気づいていた。初対面の頃から高飛車で、道着を取り返したりダイキノコを譲ろうかと提案した時も、礼の一つさえ言わなかった。
     名家の生まれらしいし、他者に頭を下げたことがなかったのだろうか。偏見でそう思いかけていた或る日の夜、寄宿部屋で共に布団を並べて寝ていたセイボリーが魘されているのを聞いた。父親や親族に対し、悲痛な声で“ごめんなさい”、“ワタクシが悪かったのです”と繰り返している。
     マサルは道場に来るまでのセイボリーを一切知らない。目を覚ませば普段のプライドが高い彼に戻るため、夢について聞くのも憚られた。三つの修業を終えて手渡されたリーグカードの裏面を見て、ようやくベールに覆い隠された過去の一端を知ったぐらいには、彼に隙が無かった。
     告白したのは、決して同情だけではない。しかし同じ家で過ごし始めてみると、否応なしに深い溝を感じさせられた。マサルがどんなに前向きな言葉を与え、ありったけの愛を与えようと、セイボリーは全てを受け取りはしない。砂時計を倒したところで時は戻らないように、彼の心についた癒えぬ傷には一歩も近づけない。むしろ時間の流れと比例して遠ざかっていく。
     悪夢のことを尋ねるべきだろうか。否、聞いて更に傷を広げる結果にはしたくない。葛藤し続けて、言うタイミングを次第に失っていって、動けないでいる内に彼は限界を迎えてしまった。彼の未来を幸せにするために、一緒に暮らそうと誘った。恋人になってから初めて交わした約束さえ、守ることが出来なかったのだ。
    「あなたは……ワタクシの叫びを聞いていたのですね」
     腕に触れたセイボリーの指先は、冷たかった。落胆とも失望ともつかない呟きが漏れる。責められても当然だった。闇と向き合わず、それどころか知らないふりをして、日常生活で上書きしようとしてしまったのだから。
     きっと彼は己を見限る。セイボリーを抱きしめながら、マサルは腕を擦り抜けてほしいと願っていた。この期に及んで、まだ彼の意思に頼り切っている卑怯者だ。彼を愛する資格など、元々無かったのかもしれない。
    「……気遣ってくれていたのでしょう?」
    「えっ……」
    「たちが悪いのですよ、あなたの優しさは……」
     先刻まで涙を流していたセイボリーは、微かに笑う。
    「サイキッカーではないのに、あなたの言葉には不可思議なパワーがある。身に余るポジティブな言葉を紡がれれば紡がれるほど、自分が本当にそういう人間なのかという暗示にかかってくるのです。演技をしていた部分もありますが……救われていたのも事実です」
     実際エスパージムリーダーになったセイボリーは、ジムトレーナーや道場門下生時代に荒みきっていたとは思えないぐらいに快調に仕事をこなしていた。傍で支えるマサルの存在があったればこそだった。
    「ワタクシ達は互いの負担になるまいとして……結局歪な関係になってしまっていたようですね」
    「うん、そうみたい……」
     しかしセイボリーが打ち明けたことによって、マサルの胸に突き刺さっていた氷塊も溶けていった。マサルは腕を解き、彼の隣に行く。泣き腫らし、いつも完璧にセットされている髪が大いに乱れていたが、心の底から微笑んでマサルを見つめる表情は、これまでで最も美しかった。
    「あ、あの……キス、してもいい……?」
    「そんなこと、いちいち聞くことではないでしょう?」
     呆れつつ、セイボリーはそっと瞼を閉じる。初めてする“恋人らしい行為”が、まさかこんな形になるとは。心臓がやかましいぐらいに脈打ち、視界にセイボリー以外映らなくなる。全身が沸騰して、手の動きが覚束ない。本気で先輩を、セイボリーを愛している。改めて自覚したマサルは、熱い両手の平を彼の白い頬にあてた。
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