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    did_97

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    did_97

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    マサくんの実家でクリスマスを過ごすセボさんの話

    【マサセイ】本当の願い また今年も、この日がやってきてしまった。昨晩の夢で体中に嫌な汗をかいたセイボリーは、食事をとる前にシャワーを浴びて流す。
     実家を出てから随分経つのに、二十四日のクリスマスイブになると、どうしても忌まわしい記憶が蘇ってくる。悪夢を見たのも、それ故だった。大人になったセイボリーが子供時代のセイボリーを見下ろすような形で、過去の出来事が再生されていた。

     通っていたスクールでは、毎年この時期になると生徒達が浮き立っていた。しかし子供のセイボリーは教室の隅で一人読書をし、普段と変わらない日を過ごそうと意識していた。
     だが知らんふりを貫いていても、二十五日になれば彼らはサンタクロースにどんなプレゼントを貰ったのか、どんなご馳走を食べたのか自慢し合う。そして見えない壁(バリアー)を張っているのを悠々と乗り越え、セイボリーに残酷な問いを投げかけてくるのだ。
    「ねーねー、セイボリーくん家はサンタクロース来てないの?」
     悪意がないのは分かっている。しかし渋面を作ったセイボリーは、来ていないと冷たく返して席を立ち、教室を出ていった。
     サンタクロースなど来るはずがない。そもそもクリスマスというイベントを楽しむことを許されていない。同じ屋敷に住んでいる他の子どもたちは当たり前のようにプレゼントを貰い、クリスマスだけの特別な料理を口にしているのに。セイボリーは彼らの横を無表情で通り過ぎるのみだった。
    『クリスマスだと……?くだらん。そのようなことに現を抜かすぐらいなら、自己研鑚でもしたらどうだ。まだテレキネシス以外は使えぬのだろう?』
     他の子供達と同じように、クリスマスを楽しみたい。小さな願いを告げると、実父は呆れを含んだ溜め息をついて一蹴した。毎日周囲からどれだけ誹謗、中傷を浴びせられても耐えていたセイボリーにとって、唯一ともいえる主張だったのに。わずかな希望の火すら灯ることなく、彼の言葉は息子を絶望に叩き落とした。
     何故、父に期待してしまったのだろう。彼は最強のサイキッカーである自分の能力を十分に受け継いだ存在が欲しかったのだ。彼の願い通りにならなかった己など、生きているだけで恥晒しだと分かっていたはずなのに。体に流れる彼の血が、限りなく低い可能性を信じてしまっていた。
     以降、クリスマスが近づいてくると毎年暗澹たる気分になっていた。父に身の程知らずな願いを述べたことも同時に思い出して、頭痛に苛まれる。マスター道場に入門して初めてクリスマスを人並みに楽しみ、少しはトラウマが払拭されたが、やはりこびり着いた記憶は消えてくれないのだ。
     色とりどりのモールやツリー、電飾などで彩られ、クリスマスソングが流れる街を足早に歩く。電車に乗って辿り着いたシュートシティも、例に漏れずクリスマスの雰囲気に包まれていた。
     スタジアムに到着し、リーグスタッフに話をつけてチャンピオンの執務室に入る。そこで待っていたマサルは、いつも通りのユニフォーム姿で出迎えてくれた。
     応接スペースのテーブルには未処理の書類が積み上げられている。マサルが片付けきれずに溜めてしまった仕事だ。彼はホップやマリィ、ビートといった同期メンバーにも声をかけていたが、イブの日はさすがにそれぞれに予定が入ってしまっていた。唯一予定が白紙だったのがセイボリーであり、了承の返事をするとマサルは半分泣きながらありがとうと礼を言っていた。
    「本当に助かったよ……。俺一人だと絶対終わんなかったし……」
    「次はこんなに溜め込まないようにしなさいな。ワタクシもジムリーダーですから、いつでも“てだすけ”出来るわけではないのですよ」
    「えへへ……気をつけまーす……」
     マサルはセイボリーの批難を聞いているのか否か、へらへらと返す。仕事は大変だが、これを口実に会えたことが嬉しいのだろう。クリスマスだろうか何だろうが変わらない彼の調子に、セイボリーは安堵していた。
    「とにかく、何としても夕方までには終わらせないと!」
    「何故ホワイ?予定でもおありで?」
    「うん。今日は久しぶりにハロンタウンに帰るから……」
     作業の手を止め、眉根を寄せる。チャンピオンである彼の自宅はここ、シュートシティに存在し、セキュリティが万全なマンションの一室で、仲間のポケモンと共に過ごしている。そこに帰らず、郷里に行くということは。
    「クリスマス……だからですか」
    「そうそう。チャンピオンになる前までは毎年ママと一緒にケーキとかローストチキンとか作っててさ。出来上がる前にゴンベが摘み食いしちゃうのも最早恒例行事で……――――」
     幼子のような表情で楽しそうに語るマサルに、他意はないのだろう。話題のトリガーを引いたのは己なのだから、紳士らしく相槌を打ち、微笑みを返さなくては。頭で自分に指示を出しても言うことを聞いてくれず、手が震えて沈黙してしまっていた。
     彼の家庭がスタンダードなのだ。嫉妬するのはおかしい。だが心の靄が広がって止まらない。彼の思い出話を前向きに受け止められない。
    「先輩……ごめん。もしかして嫌な話だった……?」
     セイボリーの様子に気づいたらしいマサルが、自ら謝罪する。なんて情けない。セイボリーは両手を握り込む。チャンピオンとはいえ、遥かに年下の後輩に気を遣わせてしまうなんて。
    「いえ……すみません」
     まだ鼓動が早い胸を押さえ、ゆっくりと長めに息を吐く。そして切れ切れながらも、正直な想いを打ち明けた。適当に誤魔化して黙っておくという手もあったが、彼のことだ。セイボリー以上に抱え込んで、クリスマスパーティーを楽しむどころでは無くなってしまうだろう。
     それに彼は此方に好意を持ってくれていて、あの屋敷でどんな扱いをされていたのかも知っている。少年時代にクリスマスへのトラウマを植え付けられたこと、それ以降毎年悪夢に魘されていることを話すと、マサルは深刻な面持ちで聞いてくれていた。
    「でも道場のパーティーは楽しかったんだよね?」
    「勿論。なのに、この日になるとやはりナイトメア、悪夢を見てしまうのです……」
     しばらく考え込んだ後、書類を机の上に置いたマサルは鞄からスマホロトムを取り出す。そしてセイボリーにこれから予定は空いているかどうか問うてきた。
    「何ゆえそんなことを……空いてはいますが」
    「なら良かった!」
     マサルは委細を説明せずに何処かに電話をかける。ほんの数秒ほどで相手が出た。
    「あ、ママ?今大丈……え?ケーキスポンジだけ焼いちゃった?他の料理はまだ作ってない?じゃあそのまま置いておいて!仕事終わったらすぐ先輩と一緒にそっち行くから!!」
    「は……?!」
     どうやら彼は母親に電話をしているらしい。突然の提案にセイボリーは思わず声をあげた。確かに何も予定が無いが、だからといって余所の家族団欒に同席するわけには。断ろうとしたが二人の通話に割り込むわけにもいかず、狼狽えてしまう。その間に話はどんどん進行しているようで、一段落つけたマサルは満足げに電話を切っていた。
    「というわけで……先輩、今夜はよろしくね!」
     マサルはセイボリーの前でブイサインを作ってみせる。彼の母はパーティーに加わることを快く受け入れたようだが、セイボリーは何となく気後れしていた。



     ハロンタウンに到着する頃には、すっかり夜になっていた。マサルに手を引かれてやってきた彼の実家は、屋根と壁面が煌びやかな電飾で彩られていた。おそらく彼の母が、息子が帰ってくるからと気合いを入れて付けたのだろう。
     ここまで楽しみにしているのに、己が行くのは迷惑にならないだろうか。家を前にして再びネガティブな感情が沸き上がってきた。しかしマサルは躊躇いなくドアノブを捻り、セイボリーと手を繋いだまま自宅に入る。ただいま、と元気に挨拶する彼に対し、セイボリーは小声でお邪魔しますと呟いた。
    「おかえり、マサル!それにセイボリーくんも、久しぶりね!」
    「は、はぁ……」
     キッチンからぱたぱたと走ってきたマサルの母は、セイボリーの空いた方の手を握って歓迎する。ゴンべやスボミー達もリビングから駆けつけてきて、嬉しそうな鳴き声をあげていた。
     ここには一度訪れたことがある。道場の門下生だった頃、マスタード、ミツバ夫婦に背中を押されて三日間滞在した。あの時と同じく彼女は親しく接してくれているが、ここまで来てもまだ遠慮したい気持ちが勝ってしまう。
    「じゃ、メンバーも揃ったことだし早速料理作っていきましょ!マサル、セイボリーくん、準備が出来たら言ってね!」
     マサルの母はシャツの袖を捲り、真ん中にサルノリの絵がプリントされたエプロンをつける。完全に逃げ場を失ったのだから、覚悟を決めるしかないか。マサルの部屋に荷物を置いたセイボリーは、彼と共にキッチンに向かう。ダイニングテーブルには子供用と大人用のエプロンが用意されていた。



     材料は既にマサルの母が揃えてくれていたために、後は調理をするだけになっていたが、それだけでもなかなかに大変だった。特に苦戦したのは、ダイニングテーブルの真ん中に置かれたローストチキンだ。中にスタッフィングを詰める作業では、三人がかりで肉を広げて押し込んでいた。
     詰め終わった後で、テレキネシスを使えばもっと楽に出来たであろうことに気づき、全員で笑い合う。頑なに解けなかったセイボリーの緊張の糸が、ようやく緩んできた瞬間だった。
     それから手分けをしてポテトサラダ、クラムチャウダーを完成させ、ラストに残ったケーキはまた三人でクリームを塗り、フルーツや菓子で飾り付けをした。
     テレキネシスを用いて、機械を使うよりも素早く生クリームを泡立ててやると、マサルと彼の母両方から拍手喝采が飛んできて、セイボリーとしては気恥ずかしくなった。実家ではこれしか使えないことで落ちこぼれのレッテルを貼られていたのに、マサル親子は二人揃って目を輝かせ喜んでくれるのだ。
     彼らの姿を通して、セイボリーは悪夢の原因を探っていた。どうして毎年あの夢を見てしまうのか。それは自身が“クリスマスにしたかったこと”を突き止められていないからだ。父には“クリスマスを楽しみたい”という望みを告げた。しかし子供の自分は、具体的にどうやって過ごしたかったのか。彼の言葉に打ちひしがれていたせいで、肝心な部分を失念している。
    「ねえ、パパは今年も帰ってこないの?」
     三人とポケモン達の食器を並べながら、マサルは傍らの母に問う。彼の父は有名な冒険家であり、滅多に自宅に帰らない。マサルが小さかった頃は、クリスマスになるとプレゼントを携えて戻ってきていたようだが、成長するごとにそれも無くなっているようだった。
    「そうねえ……この前も電話はしたんだけど、まだ遠くの地方にいるみたいだし」
    「そっか……」
     母の答えを聞いて、いつも明朗快活なマサルにしては珍しく肩を落とす。クラムチャウダーをよそいつつ、セイボリーは彼らの会話を聞いていた。マサルはそれ以上深く聞いてはいなかったものの、心の奥底では父の声を聞きたい、出来れば会いたいと思っているのだろう。
     やはり彼と己では立場が大きく違う。しかし根元で抱いている望みは、もしかすると共通しているのではないだろうか。長い間不透明だった答えが、徐々に輪郭を明らかにしていく。
    「残念だな……パパにも先輩のこと紹介したかったんだけど」
    「あら、それなら私が伝えてるわよ。いつの間にか素敵な人を見つけてきてるって」
    「えぇー?!なんで!俺が直接言いたかったのに!!」
     背後で規模の小さい親子喧嘩が繰り広げられている一方、セイボリーは耳まで真っ赤になっていた。知らない内にマサルの父親にまで情報が行っていたらしい。しかも先程の言い方からすると、恋人と受け取れるような紹介をしているようだ。
    「さ、先輩!座って座って!!」
     食器を並べ終えたマサルは、セイボリーの腕を引いて席に案内する。マサルがセイボリーの隣に座り、テーブルを挟んで母親と向かい合う形になった。彼女の横には空席が一つあり、そこが本来夫の座る席であるのだと思うと、物悲しく見えてしまう。
     ふとマサルの母に己の母が重なる。そして空席であるはずの場所には、実父の幻影が腰掛けていた。二人は柔らかな笑みを浮かべていて、父の手には金のリボンが巻かれた紫色のプレゼントボックスがある。
     そうだ。豪奢な料理も誰もが羨むプレゼントもいらなかった。己の望みは、両親と食卓を囲って穏やかに過ごすことだった。既に目に映る景色はマサルの家に戻ってはいたが、少年時代の自分が胸の裡に封じ込めていた想いが雫となって頬に流れ落ちる。
    「ど、どうしたの先輩!大丈夫……?!」
    「セイボリーくん……?!」
     マサルと彼の母が席を立ち、セイボリーの傍に来る。血が繋がっていないのに、まるで家族の一員であるかのように扱ってくれる。彼らのおかげで失っていた物の正体に辿り着けた。
    「マサル、マダム……ありがとうございます」
     きっとここに来なければ、永久に悪夢の世界に囚われて動けなかった。クリスマスが来る度に記憶の奔流に苦しまなければならなかった。今なら一人で心を閉ざしていた過去の自分に手を伸ばしてやれる。そしてもう孤独から解放されていいのだと、最も欲していた言葉をかけてやれる。
    「え、あの……先輩?」
     セイボリーは半ば無意識の内にマサルを腕に抱きしめていた。小さい頃の己を彼の中に見たという理由もある。しかし一番は閉ざされていた扉を開ける“鍵”をくれたことへの感謝だった。照れているせいか、彼の体温は高くなっている。だがその熱が心地いい。
     マサルの温もりと鼓動を堪能し、腕を外す。そして改めて礼を述べようとしたその時、出入り口の扉がコンコンとノックされた。マサルの母が“はい”と返事し、ドアを開ける。直後、彼女は口許に手をあてて瞠目していた。そこにいたのはマサルと瓜二つの顔をした偉丈夫だったのだ。
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