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    did_97

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    照くんと椿くんが三泊四日を過ごす話

    『少年は月に惑溺する』1 大大大発生の事件を最後に、ヒスイ地方では特に何か起こることもなく平穏無事な日々が続いている。それ自体は良いのだが、コトブキムラを守護する警備隊の腕が鈍ってきているというのだ。ギンガ団長であるデンボクが都度都度一喝し、士気をあげようとしているものの、日を跨いだらまた元通りになってしまう。
     これは由々しき問題だ。優秀な調査隊員として実力を買われているテルは、デンボクの命を受け、一日に一度訓練場を訪れて警備隊の修練に付き合っていた。しかしこれは逆効果であった。どうせ手合わせしても勝てないと諦めの空気が警備隊の間に蔓延し、中には最初から勝負を捨てている者さえいたのだ。
     テルが現状を正直に報告すると、デンボクはうむうと呻り、頭を抱えていた。彼らを奮起させるための手立てがないものか。デンボクに意見を求められたテルは、コンゴウ団やシンジュ団の協力を仰げないかと提案した。
     以前村の写真館に来ていた両団の長が、まだわだかまりが残っている者も少なくないと言っていた。二つの団、または片方からだけでも人材を呼び寄せて合同訓練をすれば、士気の向上に繋がるのに加えて三つの団の融和も図れるだろう。
     幸いコトブキムラの訓練場には、シンジュ団キャプテンであるノボリがいて、日々新しい試合形式を考えている。シンジュ団側からは彼を採用するとして、残りはコンゴウ団だ。
     夕刻にコンゴウ集落に向けて文を飛ばすと、その日の晩には返事が帰ってきた。シンオウさまの正体がディアルガと判明しても尚、せかせかとしている部分は如何にもセキらしい。
     デンボクは、蛇腹折りになっているそれを片手で広げる。そこには明日の早朝にツバキを挨拶に行かせるとの旨が簡潔に記されていた。用件のみでセキの意図ははっきりと書かれていないが、コンゴウ団キャプテンの中でもとりわけわだかまりが残っている人物であるからだろう。
     そしてツバキは本部出入り口を守護する警備隊を一人で蹴散らした強者でもある。彼らの闘争心を刺激するには、うってつけの存在といえよう。
     警備隊長ペリーラ、調査隊長シマボシとデンボクが打ち合わせているのを近くで聞きつつ、テルは今から緊張していた。ツバキは、初対面こそマイナスな印象の方が勝っていたが、今では出会う度に胸が高鳴っている。
     明確に意識をし始めたのは、シンオウ神殿での決戦を控えた時だった。デンボクを初めヒスイの人々の大半が余所者のテルに疑いをかけていたのに、一切の偏見を持つことなく応援すると背中を押してくれたのだ。
     彼にとっては非常時に自分も何かしたいと思ってのことだったのかもしれない。だがごくわずかの人物しか信じられなかった心には、嫌疑に全く触れずにかけられた言葉が染みていた。出会った頃と変わらない調子でいてくれたのが、何より嬉しかった。
     そして大大大発生事件では、この地方では珍しいバンジの実を譲ってくれ、シンジュ団キャプテン・キクイと張り合う形ではあるものの、テルと共に異変調査に動いてくれていた。役目を寄越せとセキに詰め寄っていた頃とは違う。彼なりに出来ることを探していたし、それがテル達ギンガ団だけでなく、ヒスイ地方のためにもなっていた。
     彼が凍土で協力してくれることになった時、思わずありがとうと礼を言う声が上擦ってしまったのを覚えている。セキやカイと合流してからは、彼に会わずに凍土を去ってしまったために、それ以来ということになる。ツバキの方はそこまで気に留めていないかもしれないが、何となく会いにくい。別々の時間帯で訓練するのであれば、顔を合わせずに済むのだが。
    「――――……ル。テル!聞いているのか!」
     シマボシの怒号が飛んできて我に返る。いつの間にかペリーラとデンボクの視線もテルに集中していた。
     デンボクは呆れの感情を込めた短い溜息をつき、それぞれに命令を言い渡す。ペリーラ、シマボシ、最後はテルといった順番であった。曰く、テルはこれまで通りに調査隊の任務と並行しながら訓練を見てほしい。加えて今村にある宿舎はどこもギンガ団員が使っているため、合同訓練の期間中はツバキが寝泊まりする場所をテルの宿舎にするとのことだった。
     想定外の命に、テルは目を大きく見開いて困惑の声をあげる。つい先刻気まずいと思ったばかりなのに、まさか共同生活をする羽目になるとは。
    「男同士なのだから、気兼ねはないだろう。よもや他人が入れないほど汚損しているのではあるまいな?」
     シマボシが鋭くテルを睨めつける。テルは首を大きく横に振った。
    「あ、いや、そんなことはないんですけど……」
     宿舎にはほとんど寝て起きるために帰っているようなものであり、汚れようがない。部屋の状態ではなく相手が問題なのだが、それを大人三人に囲まれている現状で説明出来るわけがない。
     結局反駁を挟む余地もなく、流されるままにテルの宿舎を貸すことになってしまった。ここに来てから常にそうだ。不本意なのを表明してはいても、最終的には押し負けてしまう。調査隊の仕事を通して少しは主張出来るようになってきてはいるが、自給自足の生活をしているこの時代の人々は、そもそも心身共に鍛えられているのかもしれない。未来にいた頃から幼馴染に引っ張られる一方だったテルは、まだ彼らの勢いについていけそうになかった。
     宿舎に戻って、部屋全体を見回す。特に目立った汚れはないが、布団が敷いたままであり、掛け布団が丸まっていた。こんなのをツバキに見られてしまえば、だらしない暮らしぶりだと、ここぞとばかりに指を差して嘲笑されるだろう。
     明日は早朝からツバキと打ち合わせをするため、日が昇る前ぐらいに起きて部屋を片付けなくては。目覚ましをポケモンに頼み、テルは布団に潜り込む。明日同じ時間にはツバキがここに来ているはずであるが、自分は一体どうしているだろう。全く想像がつかなかった。

     緊張のせいか夜中に何度も起きてしまい、そのせいで予定していた起床時間より大幅に送れてしまった。外はすっかり明るくなっていて、テルはポケモンと共に大慌てで部屋の清掃をする。
     細かい箇所は不十分だが、一見して汚くは思われないだろう。宿舎を出て、陽光を浴びる。今日も澄みきった青空が広がっていた。
     清掃で散々体を動かしているし、今日は体操を抜いてもいいか。悠長にやっていたら遅刻してしまう。
     テルは小走りで本部に行く。ツバキはもう来ているのだろうか。扉を開け、階段を一段飛ばしであがる。シマボシに見つかったら本部でドタバタ走るんじゃない、と咎められる所だが、今回は見つからなくてよかった。
     二階の廊下で制服の着方に問題はないか改めて確認し、三階に続く階段へ向かおうとする。しかしその足は中途で止まった。ツバキが先に階段を上っていたからだ。
     相変わらず姿勢よく、堂々たる足取だ。後ろから見ると、左右に垂れた長い巻き髪の先がゆらゆらと揺れている。疑っていたわけではないが、本当に来たのか。テルは思わず息を呑む。彼が団長の執務室に入ったタイミングで、後を追うように階段を上る。ツバキとデンボクが言を交わす声が聞こえてきた。
    「――――斯様な事情で、ツバキ殿には指南役をお願いしたい」
    「このツバキを選出するとは、なかなかお目が高い。喜んで任されましょう」
     実際に指名したのはセキであるが、各団の確執を緩和するためだという理由であればツバキは難色を示すだろう。ワサビには考えることが苦手と評されていたが、リーダーを務めるだけあって人心掌握術には長けている。デンボクの方もそれを察しているのか、あえて触れていなかった。
    「団長、おはようございます」
    「うむ、来たか」
     デンボクに挨拶し、おそるおそるツバキに目をやる。初対面で露骨な嫌悪感を出していた彼は、存外平静であった。それはデンボクに寝泊まりはテルの宿舎でと告げられた後も同じで、不満を抱いた様子もなく了承している。テルの宿舎を借りるぐらいであれば原野のベースキャンプまで行くぐらいのことは言われると覚悟していたのに、少々拍子抜けした。
     程なくしてノボリも執務室にやってきたため、四人がけの机を囲んで今後のスケジュールについて意見を交わし合う。こうなってくるとテルはあまり口を挟めなかった。ヒスイの英雄と持ち上げられていても、ビジネスの場ではやはり子供なのだ。淡々と決まっていく事柄に対し、適度に相槌を打つだけになってしまう。
     忘れないようにメモをとっていると、ふと向かいの席に座っているツバキの手元が目に入る。優雅に筆を走らせ、流麗な文字を書いていた。筆を使い慣れていないせいで、未だにがたついているテルのメモとは雲泥の差だ。
    「……どうしました?ツバキの筆捌きに見惚れたかい?」
    「そ、そんなんじゃないし……」
     ツバキに小声で問われ、つい本音に背いた否定を返す。どうして彼は変なところで敏いのか。当の本人に気づかれる程恥ずかしいものはない。テルは仄かに赤く染まった顔を下に向けた。



     はたしてデンボクの読みは当たり、指南役にノボリとツバキが加わると、テル一人でやっていた時よりも隊員の士気はあがっていた。特にツバキが本部に乗り込んできた時に敗北した者達は、テルとの手合わせが嘘のように張り切っている。
     そしてそれらを打ち負かしたツバキが、歯に衣着せぬ毒舌で煽ると、より反骨心が湧いてくるのか、次の実践に向けてノボリのアドバイスを受け、自分たちなりに作戦を立てている。
     隣で見ていたテルは、よくもあれだけしゃあしゃあと怒りを買う言葉が出てくるものだと、逆に感嘆の息をついていた。しかもあながち筋が通っていなくもないために、警備隊の方は実力を示すしかない状況に、自然に追い詰められている。
     年若く嘘も法螺も得意ではないテルには、とても真似出来ない方法だった。休憩時間に入り、荒れたコートを眺めながら、冷茶で喉を潤す。これはペリーラが用意してくれたものであり、こおりポケモンの技を浴びせているために湯呑まで冷えていた。しかし訓練に疲れた体には心地よく染みわたる。
    「おれが見ていた時は、こんな風になっていなかったんだけどなあ……」
     テルが一方的に技を放つだけで、フィールドは片方しか汚れていなかった。それが今は両方汚れている。新風を吹き込む試みは成功であったが、ツバキとノボリがそれぞれの才を発揮すればするほど、己の指導力不足を痛感せざるを得なかった。
    「ようやくあなたも、ツバキの魅力が分かってきたようだね。悔しいかい?」
     ペリーラから湯呑をもらったツバキは、テルの隣に腰掛けて足を交差させる。彼の方にそんな意識はないのだろうが、出会ってから最も距離が近くなり、テルは心臓が跳ねた。彼の全身から芳しい花の匂いが漂ってくる。おそらく香油をつけているのだろう。
    「正直……悔しい。でも二人のやり方は勉強にもなるから……」
    「フン、気に食わないね。もうちょっと素直に怒ってもいいのだよ?」
     ツバキは湯呑の底に手をあて、冷茶を飲む。彼の想像以上に冷たかったのか、ほんの一瞬だが太い眉がひくりと吊り上がっていた。
    その反応が新鮮で、テルは小さく笑う。普段皮肉と傲慢が服を着て歩いているような彼の、素の部分を垣間見た気がした。
     一方でツバキは決まりが悪そうに眉間に皺を寄せ、唇を尖らせる。湯呑を片手で掴む形に持ち変え、残りの冷茶を一気に飲み干していた。


     空の色が橙から青紫に染まり、働いていたコトブキムラの人々もそれぞれ家路につき始める。ビルやマンション等、遮る建物がないおかげで未来より空が近い。ここに来たばかりの時は吸い込まれてしまいそうで少しばかり恐怖を感じていたが、今は開放的な気分に浸れている。それだけ心にゆとりが出てきたということだろう。余裕がなければ何もかもが恐ろしく映ってしまうものだ。
     訓練場の土を直して本部に戻る道すがら、テルはずっと首を上に向けていた。未来で同じようにしていたらまず人にぶつかってしまうだろう。しかし、この時代ではのんびり歩いていても誰にも文句を言われない。
    「……ん?」
     本部の露台に人影が見える。手で額に傘を作って目を凝らしてみると、特徴的な紫の髪色が浮かび上がっていた。
     本部に入り、デンボクの執務室に行く。彼はコトブキムラの巡視に行っていてまだ戻っていないらしい。
     彼が帰るまでじっと待機しているのも退屈だ。それに先程の人影の正体も確認したい。尤も髪色から大体誰がいるのか分かってはいるが。執務室から露台に繋がる扉を開き、外に出る。夜になりかけているおかげか、肌を撫でる風はひんやりとしていた。
    「あ、やっぱりツバキさんだ」
     テルは欄干に手をかけて佇んでいる人物を覗き込む。フードを外しているのは初めて見たが、このコトブキムラで他に同じ色の髪をしている者はいない。左右の巻き髪は垂らしたままで、後ろ髪は括っている。丁寧に櫛を通されているであろうそれは、わずかに湿っていた。おそらく本部にある湯殿を使って、体を清めてきたのだろう。朝礼時にデンボクから自由に使っていいと言われているのを聞いていた。
    「はぁ……まったく、何の因果でボクがあなたと同衾しなければならないのだろうか」
    「同衾って……別に一緒の布団に入るわけじゃないだろ」
    「あの六畳一間の狭くるしい寝所じゃ同じことだ。もっと広い宿舎を提供してもらいたかったですね」
     ツバキは欄干に肘をつき、左手をひらひらと振る。逢魔ヶ時の空に彼の姿形は美しく映えているのに、口を開けばこれだ。苛立ったテルは唇をへの字に曲げる。
    「だったら打ち合わせの時に団長に直接言えばよかったのに。今更文句垂れるなんて、ずるいぞ」
    「世の中には体裁というものがあるでしょう。まだ子供であるあなたには解りかねるのやもしれませんが」
     ああ言えばこう言う。一を言えば十、二十になって返ってくる。朝からツバキのために慌てふためく羽目になったというのに、テルの一存では動かしようがない広さに文句をつけられるとは。いっそ掃除しなければ良かったと思いはしたが、不毛な口論を避けるために言わずにおいた。
    「まあ……あなた以上に気に食わないのは、警備隊とやらの連中だけれど」
     ツバキは視線を下に向ける。夜の巡回担当である警備隊員達がそれぞれ提灯を手に町を歩いていた。
    「気づいているだろう?彼らはあなたやシンジュ団キャプテンのノボリと違って、ポケモンとの間に自ら壁を作っている。昔から相棒として心を通じあわせてきたツバキ達からすると、信じがたいことだよ」
     こうして巡回をしている今でさえ、ポケモンと協力せず一人で行動している者の方が目立つ。もし有事に備えるならば、ポケモンを侍らせていた方が合理的かつ彼らとの絆を深められるにも関わらずだ。ツバキは眉根を寄せて、それを眺めていた。指導中に嫌味が多かったのは発破をかけていたわけではなく、本心だったようだ。
    「ああ……でも、あの人達も色々事情があってポケモンを恐れてるみたいだし……」
    「そんな言い訳を盾にするぐらいなら、警備隊など辞めてしまうべきだろう。技を出す度に畏怖しているのでは、折角力を尽くしているポケモンの想いを蔑ろにしているようにしか思えませんよ」
     警備隊員と手合せしたわずかな間で、ツバキは弱点を見抜いていた。ギンガ団は団長のデンボクでさえもポケモンを過剰に恐れているきらいがある。そのせいであらぬ疑いをかけられ、村を追放されたことさえあるテルには、ツバキの意見に真っ向から異を唱えることは出来なかった。
    「だからといって辞めろとまで言うのは横暴だろ。おれだって、初めてポケモンをもらうまでは草むらに入るのが怖かったんだぞ」
     初めてポケモンをもらったあの日、幼馴染に手を引かれて草むらを通り、子供二人だけでシンジ湖に行った。野生のポケモンに襲われたら大変だからとフタバタウンの大人達に止められていたのに、禁を破ってしまった。体が震えていたのは、後ろ髪を引かれるような罪悪感もあるだろうが、ポケモンに対する恐れが一番大きかった。二百一番道路にはムックルやビッパのような気性が穏やかなポケモンが主に棲息しているが、それでも激しい羽音を聞いたり、鋭い牙を剥き出しにされると、本能が危険信号を発して背筋に寒気が立ちのぼっていた。
    「ツバキさんは、ポケモンを怖く思ったことがないのか?」
    「……あるわけがないだろう。ツバキだけじゃない。コンゴウ団は遥か昔からポケモンと共に在ったのだからね」
     妙な間があった。ツバキは下に向けていた顔をあげ、風で目元にかかった髪を指先でどかす。おそらく先の言葉には嘘が含まれているのだろう。だが指摘したところで、彼は正直に答えてはくれまい。
    「ギンガ団やコトブキムラの人達は、最近になって新しい価値観に馴染もうとしてるんだ。古くからこの土地にいるコンゴウ団やシンジュ団としては、それを後押ししてやるべきじゃないのかよ」
    「フン。勝手に開墾され、村を作り上げられた挙げ句、おかしな文化を持ち込まれて此方は迷惑しているのだ。たとえアニキとデンボクさんが結託して融和を図ろうと、一度根付いた不信感を拭えはしないだろうね」
    「えっ、なんでそれを……」
    「ああ、本当だったのかい」
     しまった。鎌をかけられて、つい真実を漏らした。テルは欄干に乗せた両手を握る。ツバキが狡猾な男だとは知っていたが、状況が状況であるために油断していた。黙っていても彼には察しがついてはいたのだろうが、話術にまんまと乗せられる形になったのが悔しくて胸中に靄が生じる。
    「じゃあ、明日からはどうするんだよ。警備隊の訓練に参加しないつもりか?」
    「そうは言ってないだろう。課された任は全うするつもりだよ」
     語気が互いに強くなり、テルとツバキの間に見えない火花が散る。こんなことを喋りたいわけじゃなかった。彼と会話をして、もっと知りたいと思っただけなのに。売り言葉に買い言葉で喧嘩に発展してしまった。
     ツバキが宿舎に来るのを急に降ってわいた大事と狼狽える一方で、期待してもいた。いつも要件だけを伝えられて、ろくに話をしていないために今回は腰を据えてじっくりと喋れるかもしれないと思っていた。
     シンオウさま――――ディアルガを心から信仰し、コンゴウ団に命を尽くしているツバキは、反面帰属意識があまりにも強すぎて排他的になっているのだ。テルのことも、追放された時は一人の少年として見ていてくれていたが、今も尚ギンガ団の調査隊に所属するウマのホネという認識を改められないのだろう。
     テルは欄干から手を離し、体ごとツバキの方を向く。口角泡を飛ばしている内に、すっかり夜の帳が下りていた。湯に浸かっていたおかげで赤く染まっていたツバキの肌が、夜風を受けて冷え、元の白さに戻っている。本部から漏れる黄色い明かりに照らされて、闇に浮かび上がった彼の姿は、まさに妖艶だった。
    「なあ、ツバキさん。ギンガ団とかコンゴウ団とかじゃなくて……おれがツバキさんと仲良くしたいって言ったら……それも否定するのか?」
     ツバキの瞼が大きく開かれ、テルと視線が合う。彼の反応は、テルの予想と真逆だった。当たり前だと突き放されて、罵倒の一つや二つ続けざまにぶつけられるかとばかり思っていた。それが、どうして。
     浅葱鼠の瞳が戸惑いに震え、唇がわずかに開いては閉じている。動揺している証左だった。
    “なんで……そんな顔するんだよ……?”
     嫌ならばハッキリと言えばいい。ツバキは普通の人が言い難いことでさえも、平然と口に出来る性格であるはずだ。膠着状態に耐えかね、テルは団服を掴む。答えがなかなか返ってこないのが、もどかしかった。
    「……馬鹿馬鹿しい。子供ではあるまいし、どうしてツバキがあなたと友達ごっこなんか……」
    「おれはまだ子供だ。それにカイさんやヨネさんだって、団を越えて友達になってるじゃないか」
    「男と女ではわけが違う。あなたもこの時代に来て長いのなら、男性に求められている役割ぐらい理解してほしいものですね」
    「そうやって小難しく並べたてて、また逃げようとする。ツバキさん、都合が悪くなると口数が多くなるんだからな」
    「あなたが先に価値観がどうのと言い出したからでしょう」
     また喧嘩腰になってしまったが、先刻のように黙っていられるよりは、此方の方が円滑に会話が進んでいい。相変わらず難儀な男ではあるが、ようやく少しだけ彼との付き合い方が見えてきた気がした。
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