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    heavy3690

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    heavy3690

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    ルシファーが屋敷を徘徊するだけのなんのオチもない雰囲気小説。アダム不在。

    アダムが目覚めない 金型から冷えた黄色のゴムを外し、余分な部分を削っていく。あらかたの形成が終わり、黒のインクで目を、赤のインクで頬を書き入れれば、オリジナルのラバーダックがまた一つ、出来上がった。
     そこにアダムが身に着けていたような仮面の部品を取り付けると、途端に偽物のアヒルは生命を得た。フェイク・ダックは素材でごちゃごちゃのテーブルの上をきょろきょろと見まわした後、ルシファーの姿を認識した途端に、聞くに堪えない、今時分エレメンタリースクールの子供ですら言わないような幼稚な罵詈雑言をピーピー浴びせかけてくる。
     
     うん、うん。これだ。アダムはやはりこうではなくては。
     ルシファーは新たな生命――もどきの誕生にひとしきり満足してきたが、そのうちに誹謗中傷はエスカレートし、普通に腹が立ったので地面にたたきつけた。プキュ……と空気の漏れる音がした後、輝きだしたばかりの生命の灯はなすすべもなく消えた。動かなくなった。
     

     虚しいことをした。感傷的な気分でアダムもどきアヒルちゃんを跨ぐ。

     作業部屋を出て、ルシファーはアダムを寝かせている部屋の扉を開ける。
     ゆらゆら。
     部屋の中央、薄黄色の液体の中で、アダムは漂うように眠っている。
     
     アダムはエクスターミネーションで死んだ。そしてルシファーがその動かなくなった肉体を引き取った。
     城に持ち帰った後、アダムをSF映画なんかで見るような大きな縦型の水槽の中に入れた。いつ目が覚めても問題がないように、特別な液体に漬けてある。
     
     だがアダムは目覚めなかった。
     
     一週間が過ぎ、一か月が過ぎ、一年が過ぎても、アダムはルシファーお手製の液体の中で揺れながら眠り続けている。
     跡にはなったが、傷口は治っている。損傷した筋肉、血管、骨、全て生きていた頃よりもよほど健康で頑丈なものになっているはずだ。それに、脳波だって問題がない。心臓ももちろん動いている。

     あとは、アダムの魂だけが、どこにいるのか分からない。

     案外近くを漂っているのかもしれないし、あるいは天国で自由にしているのかもしれない。はたまた、自分が死んだホテルの屋上を彷徨っているのかもしれないし、長らく離れていた主の元に身を寄せているのかもしれない。
     いずれにせよ、ルシファーにはアダムの居場所は分からなかった。


     分厚いガラス越しに、アダムの揺れる前髪を撫でる。ひんやりとした冷たく固い感触が伝わってきて、当然だが柔らかなその髪には触れることができなかった。
     アダムの表情は、まるで穏やかな春の気候に微睡むように、少しもトゲが無い。

     エデンにいた頃のようなその相貌に、ルシファーは相手の名前を呼ぼうとして、やめた。返事がないのは分かり切っている。自分の鼓膜を揺らして消えるだけの、刹那の懇願にはまるで意味がない。


     ガラスの表面をひとしきり撫でてから、ルシファーは項垂れて部屋を出た。長らくまともな食事はとっていないが、食べる気にはなれない。寝室に戻ろうと、置き忘れてきたスマホを取りに作業部屋に入った。
     足元に、自分が叩きつけたアダムのようなアヒルが潰れて転がっている。

     さっきはあんなに腹が立ったのに、哀れになって拾い上げた。小さな仮面の瞳はルシファーに向けられているのに、特になんの反応も示さず沈黙を貫いている。
     直そうと思えば直せるが、やめた。空虚な気分で、他のラバーダックの群れの中に放り投げる。


     スマホには、10分ほど前に娘からの着信が入っていた。申し訳ないが、今はまともな受け答えができる気がせず、視線を落とす。
     頭の中を自責と他責でいっぱいにしながら城を徘徊し、ベッドに潜り込んだ。眠れない。うるさい。逃げたい。どこへ? どこに行っても、自分自身がいるなら、そこは地獄に違いない。

     祈る気持ちで丸くなる。誰に祈ればいいんだ。眠れそうにない。

     時間が経ってもぐちゃぐちゃしたままの思考回路が重くて、ベッドを出た。引き摺るような足取りで、アダムの眠る部屋に戻る。
     アダムは、誰のことも責めない顔で、ただゆらゆら揺れている。

     ルシファーは、大きなガラスの水槽の横に、大きなクッションとブランケットを移転させた。見ているうちに泣けてきた。
     両目から涙が伝い流れてくるのも無視して、ただアダムがふわふわ水中を揺れるのを眺めた。そうしているうちに、アダムが不意に目覚めるのではないかと期待したが、やはり何も起こらなかった。

     段々と瞼が重くなってきて、体の力を抜く。垂れ流しにしたままの涙は止まりそうにないが、拭く気力もない。


     クッションに体を預け、遠のく意識の片隅で、こんな私のことをどこかでアダムが見ていてくれたらいいのにと。
     そんな宛のないことを切に願った。




    おわり。
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