【ルシアダ?】後悔なら今もしてる! 死ぬ時には、意識が深い穴に吸い込まれていく感じがする。
一度目は老衰だった。
死んだ後は、タイムスリップしたかのように別の場所にいた。一度目の死後、気が付いた時には天国にいて、混乱していた私に、あなたは天国に来たのよと教えてくれたのはセラだった。
一部の天使たちは、エデンを追われた後も私とイブを天国から見守っていたのよと言った。
手出しもせず加護も与えず、ただ見てるだけの天使どもに対して有難みの一つも感じなかった。そうですか、と答えた。セラは目を丸くして、それからゆっくりと微笑んで、天使らしい白々しい穏やかな表情で、あなたを受け入れますと告げた。
私には労働の呪いがかかっていた。
それと、支配者として創造された経緯から、攻撃性が高かった。自覚はなかったが、一部の天使にそう言われた。やがて子孫が地獄に堕ちるようになった。エクスターミネーションも、最初は小規模な数減らしだった。気がつけば規模も人員も桁違いに大きくなっていた。
自分の手の届く範囲を平和に保つために、範囲外の他者を強く攻撃することは矛盾しない。
二度目は、刺殺だった。体中の倦怠感と痛みがじわじわと意識の外に溶け出していって、最後には僅かな五感も全部消えていく。全ての感覚が遮断された一瞬後だけ、あ、死んだなんて考える時間があって、それもすぐに闇の中に放り出される。
死ぬときに最後まで残るのは聴覚だという。言われてみればそんなだった気もするし、いや、それよりもすごく頭が痛かった。だから、聴覚が一番最後まで残っていたかどうかはあまりよく分からない。
少なくとも、誰かが歌っていたことは確かだ。ひどく懐かしい感じの、遠い場所に置いてきてしまった温もりが耳の奥まで届いていた。
私が死んで……、それで誰かが希望を持った……。そのことは分かる。私、私は……。
私は、良い子でいたかった。裏切られて、見下されて、それでも主に対してだけは忠実でいようと努めた。それが果たして信仰心だったかと問われると、もしかしたら違うのかもしれない。もっと自己のアイデンティティたる部分が関係しているというか、利己的な感じだ。私が私という人間を理解し、納得するために、軸の部分に主を据えていただけといってもいい。
そして、しがみついて執着していたものと一緒に、命が解けた。終わり方としてはちょっと格好がつかないような気もしたが、まあ、及第点だ。
だからようやく終わりにできると思った。投げやりなわけでもなんでもなく、『アダム』はここで完結するのだと理解した。したはずだった。
地獄で目が覚めた時には、先に理解があって、心がそれを否定した。回復させられたらしい体は痛みこそなかったが、筋肉や筋が強張っている感じがした。心臓がうるさかった。
冗談じゃない! こんなの、誰も望んでいない番外編だ!
多少人気が出たからといって完全な後付けで製作された映画のシーズン3だって、大概は見るに堪えない有様だ。最悪の場合、観ない方がいい。
これ以上私は一体どんな責任を負えば赦される?
産まれた場所である土には、いつになったら戻れる?
体を起こして、赤と黒を基調にしたセンスの悪い部屋を見渡す。私は……棺の中? 吸血鬼が寝ていそうな感じの箱の中にいた。絶望的だ。ダサい。死んでから今の今までこんなところに寝かせられていたかと思うと、寒気がする。
不意に、重そうな扉が開いた。部屋に入ろうとした白いふわふわの悪魔と目が合って、すぐにそいつは何事か叫びながら出て行った。少しして、クソルシファーとお花畑お嬢ちゃん、あと裏切者を連れてきた。帰れ。もしくは天国に帰らせてくれ。
「おお! 本当に目覚めてるな!」
罵ろうとして、声が出なかった。とりあえず中指を立てる。せめてもの抗議の意思だ。が、すぐに関節の可動域を無視して根元からありえない方向に折り曲げられた! クソが!
ドン引き顔の白い悪魔とヴァジー、諦め顔のお嬢ちゃん。ルシファーは、少しも気にせず「タイミングが良かったな!」と言う。
「お前は地獄に堕ちて……。ちょっと起きるのが遅すぎやしないか? もう少しで埋葬するところだったぞ。もし埋葬後に目が覚めてたら、窒息死しては生き返って、また窒息死だ!」
は!??? とんでもないことをしれっと言わないでくれ!!
寒気がして自分の体を両腕でさする。考えたくもない!
「ちょ、ちょっとパパ。それってあまりいい冗談とは思えないわ。やけにリアルな感じがするし……」
お嬢ちゃんが困り顔で言った。
冗談かよ!!!
ムカついて、逆の手も中指を立てた。即座に握りこまれそうになって、すぐ引っ込めたのに、杖についた林檎で太ももを強く叩かれた。痛いわボケ!
痛くてさすっていると、呆れ顔のヴァジーが口を開いた。
「アー……。あのね、アダム。アンタ、地獄に堕ちたし、多分もう悪魔になってるから。今後のことは一切合切未定、天使との会議も含めて今なーんにも決まってないし、何にもわからない!」
多分って何だ!?
「今のところ見た目に変化はないし、肉体が完全に悪魔になったかは分からんな。私も少しずつ血が赤くなった! ンー……。目は……オレンジと言われればオレンジにも見えるし……。一回血を流したら分かるんじゃないか!?」
「パパ!!」
「冗談だ!」
はは、怒られてやんの。
私が鼻で笑うのがわかったのが、軽くビンタをされた。軽くと言っても視界は結構揺れた。こいつ私相手になら何してもいいと思ってないか??!
「あ、あのさ。俺たち、今の天国のこととか知らないじゃん? 少しでも情報があれば、交渉ごととか有利になるんじゃない?」
白いふわふわの悪魔が、ルシファーに引きつつ遠慮がちに言った。
まあそんなわけで、現状口を聞けない私とホテルのお花畑連中との間で、ノートを介した筆談形式の会話が始まった。
誰かがこれを交換ノートと呼んだ。
が、有意義なことを聞き出そうとしているのは精々ヴァジーくらいなもので、いやお嬢ちゃんも色々質問はしてくるが、ちょっとずつ全部的外れだった。それに、天国のことをぺらぺら話す気もなかったので、曖昧な回答を続けた。
腕の多いふわふわの悪魔は、天国のちんこのことをしきりに尋ねてきた。逆に私が知ってると思うか?????! 残念ながら、トップオブザちんこは雑魚ちんこなど歯牙にも掛けない。いや少しも残念ではない。
バーテンダーは、無理やり書かされているのか酒と賭け事の話しかしてこない。どちらも娯楽程度には存在しているが、一応気持ち程度にあるくらいの感じだし、私は興味がないのでこれも特に答えられることはない。
単眼の悪魔は、天国の清潔さをやたら気にかけているようだ。清掃方法やら何やらを聞かれたが、これに関しても私は何も知らない。が、回答を曖昧にしていたせいで、「あなた天国で本当に仕事してたの?」と煽られた。地味にムカつく!! こちとら労働者の始祖だぞ!!!?
赤いのは、交換ノートに参加しなかったらしい。
ある時、ノートに紙が挟まっていた。
お嬢ちゃんの字で、『私に直接この紙を渡して欲しい』から始まる質問だった。
『もし答えにくいなら、答えなくてもいい。でも知りたい。死ぬって、どんな感じなの? 私は地獄生まれだし、死んだこともないからよく分からない。ヴァギーやハスク、ニフティには聞けない。地獄にいるくらいだから、聞かないほうがいいと思ってる。
罪人たちは、死んで、天国に行けなかったからここにいる。死ぬことと地獄にいるということは切り離せないから、少しでも知っておきたいの』
私は迷って、『全部失うこと』と書いた。ありきたりすぎる回答だなと思って、すぐに取り消し線を引いた。悩んで頭を捻っても何を答えたら良いかわからず、その紙とペンを持って部屋を出た。
お嬢ちゃんはロビーにいた。紙に、今いいか? とだけ書いて差し出すと、人払いをした。
その紙を差し出すと、一瞬あれ? という顔をしたので、『質問が曖昧で答えにくい』と書き足す。『死の何を知りたい?』とも。
……。なんか哲学的な書き方になってしまって気恥ずかしい。私も別に詳しいわけではないのに!
お嬢ちゃんはそれを茶化すような様子もなく、『死ぬ時、どんなことを考える?』と書き添えた。紙を回転されて、読める向きで差し出される。
『めちゃくちゃ痛い! あとはこれで終わりかって気持ち。私の場合は。あとは、よく後悔がたくさん出てくると聞く』
『後悔? それって、生きてる時の?』
『そうだ。生きてるうちにやっておけば良かったこととか、やらなきゃ良かったと思うこととか』
お嬢ちゃんは少し考えて、真剣な顔でペンを走らせた。『その後悔を、死後に地獄で晴らしてるってことはある?』
『可能性はあるんじゃないか?』
『そう。天使にも後悔はあった?』
迷って、YESと記した。少しも後悔のない人生はない。後悔の少ない人生は、もしかしたらあるのかもしれないが。
もし死んで天使になった時後悔がなければ、天使軍なんていなかったはずだ。復讐をしておけば良かった、やり返せば良かったと思う天使も少なからずいただろう。最も、やり返していたら地獄に堕ちていたわけだが。
『生きている時の後悔を晴らせたら、罪人も変わるかしら?』
生きている時。林檎を食べなければ良かった、言うことを聞いていれば良かった、そんな後戻りできない後悔がずっと胸を蝕んで、最初に死んだ時の後悔もそれが一番大きかった。
後悔を晴らしたら、何か変わるだろうか? あるいは、変わっただろうか?
『それは分からない』と書こうとした。
ペンを持ったところで、ノンデリクソ悪魔が「チャーリーちゃん!」と覗き込んできた。咄嗟にインクで汚れるのも構わず紙を裏返す。おいデリカシーなさすぎんだろ! だから嫌われんだよ!
「……おい、アダム。私にもその紙を見せてみろ」
「パパ、これは私が質問させてもらってるの。罪人のことを知るために。パパが口を出すとややこしくなりそうだから、この件は私に任せて」
「で、でも……」
「お願い」
ルシファーは眉を下げて押し黙った。
はは、注意されてやんの。
私が鼻で笑うのが分かっても、ルシファーは手を出してこなかった。思いっきり嫌そうな顔はされた。
「チャーリー。こいつも一応は天使だから……天使の言葉を信じないように」
あの教え、父親からかよ。お前も元は天使だろ!!!
「大丈夫よ、パパ。アダムが咄嗟に嘘を取り繕うのは無理そうだから」
……それ馬鹿にしてるよな?!
思い切りため息をつく。声が出せないのがこんなにストレスだとは思わなかった。分かったらどっか行ってくれよクソ地獄のクソ王。
思ってることが伝わったのか、今度は頬をつねられた。幸い肉はちぎれなかったが、その後三日くらい痛かった。
ルシファーが立ち去ったのを見届けてから、お嬢ちゃんがペンを取った。
『アダムにも後悔はある?』
『ある』
すぐに、『あるが、同じ時間に戻れても同じことをする。自信がある。私という軸に従った結果の結論だからだ』
今度は私の持つペンを受け取らず、「そう……」と呟いた。
「じゃあ、パパを目で追ってるのは後悔からではないのね」
……!!!???!?
指に力が入った。ペンを真っ二つにしてしまって、中からインクが漏れ出てくる。いや今はどうでもいい。待ってくれ今何と??? 私が? クソッタレを目で? いつ? は? 何の話だ?!! 誰がいつそんなことを!???
見てない!! あんなクソッタレチビジジイのことなど!!!
言いたいのに、声代わりのペンは今し方へし折ってしまった。違うんだと首を振ってもお嬢ちゃんは気にせず、そのうち誰かに呼ばれて「はーい」と席を立った。
「アダム、本当にありがとう! 参考にさせてもらうわね」
本当にあれだな、お嬢ちゃんアンタはあのクソッタレの娘だよ。
人の話を聞かないところが特にソックリだ!!
……なんだか頭が痛くなってきた。
散らばったインクを綺麗にしてから気分転換にバルコニーに向かう。ドアを開けると、ルシファーがいた。こちらに背を向けているせいで、私がきたことに気がついていないらしい。
お嬢ちゃんに用があったんじゃないのか? と声をかけようとして、ルシファーの鼻歌が聞こえてきた。
2回目に死んだ時のことが頭をよぎる。
「ルシ……」
「お!? お前今声が出たな!!!?」
確かに声は出た。急に出た。が、私の声を打ち消すクソデカボリュームで叫ばれたので耳を塞ぐ。うるさいわ!!
「ん? なんか用だったか?」
「いや……。私じゃなくお前がお嬢ちゃんになんかあったんじゃないのか?」
「いや特に? お前たちの距離が近かったから邪魔したかっただけだ!」
ああそうかよ、ノンデリクソ悪魔。
何も言えなくなって、盛大にため息をつく。バルコニーの柵に体を預けて、ルシファーの隣で地獄を眺めた。
生きていた頃の後悔は……どうだろう、半分くらいは晴らせているかもしれない。分からない。横目でルシファーを見ると、目が合った。
またあの歌声を聴きたくて、武器ではないギターを取り出す。ルシファーは、仕方がないなあという顔で歌い出した!
余談。
あの一件以来微妙に私に懐いたお嬢ちゃんのせいで、クソッタレとヴァジーと赤いのから嫉妬の視線を向けられるようになった。
勘弁してくれ!
おわり。
目覚めた直後ルシファーがばちぼこにアダムに手を出してるおかげでホテルメンバーの溜飲が下がった形になりますが、ルシファーは計算してません。