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    mabo

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    妄想小説です…広い目で見ていただけると幸いです

    夜の空気 夏も終わりが近づいたある日の夜。外は風がなくて、温い空気が谷中に留まっていた。屋敷の主たちはみなすっかりベッドの中で夢を見ているような深い夜なのに、気温が昼間と少しも変わらなくて、屋敷から離れたテントの中でひとり、スナフキンは寝付けずにいた。
     明日はムーミンと朝早くから釣りに行く約束をしているので、早く眠りたい。テントの中であっちこっち寝返りをうったり、リュックに顔を押し付けたり、「眠れないということを考えないようにすること」を頭の中でぐるぐる巡らせもした。
    (なんだって、今日は眠れないんだろう)
     万策尽きた頃、スナフキンは諦めて寝袋からまっすぐ上半身を起こした。意識はぼーっとするのに、頭が眠りたがってくれない。
     外の空気が吸いたくなって、ほんの少しだけ重い瞼をこすり、這うようにしてテントから顔を出した。
     外の空気はテントの中より涼しかった。空気は変わらず温いが、鼻を持ち上げると夜の森のにおいがする。
    (ムーミンたちは、寝てるだろうな)
     外に出て、この谷の中心ともいえる立派な屋敷を見上げた。沢山のお客さんをあたたかく迎え入れ、もてなして、家族と同じように接してくれる彼ら。ムーミンたちがいるからこそ、ここはムーミン谷なのだ。
     スナフキンがムーミンの部屋を見ると、窓は真っ暗だった。いつも彼が降りてくるハシゴは少しも揺れないで静かに窓にぶら下がっていた。
     外に立っている内に、スナフキンはすっかり目が覚めてしまった。今日はもう眠るのをやめ、明日の釣りの仕掛けでも作ろうかと考えて、ふと森に視線をやると、その瞬間スナフキンは息を飲んだ。
     いつもの道が、夜の森の中へ消えている。この先に新しい旅が、まだ産まれていない音の調べが、居る気がしたのだ。
     何かが自分を呼んで、いかなくちゃ行けないという気持ちが一秒ごとに膨らんでいく。
    (旅に出よう)
     温い空気がスナフキンの気持ちを膨らませていく。誰も自分を見ていない時間。風がなく、自分が出す音しか聞こえない静けさ。さあ、今だ。
     たまらず、スナフキンはテントの中に駆け込み、荷物をまとめた。ああ、あの森の暗闇に飛び込んで歩き続けたら…
     そう考えている内に、鼓動がだんだん早くなってきて、テントをさっさと丸めてしまうと慌てて荷物を背負った。
     それから、いつの間にか手に握っていたムーミン宛の手紙を橋のポストに入れると、スナフキンは誘われるように駆け足で夜の森へと旅立っていった。
    ──────
    「スナフキン、スナフキン!」
     遠くで、優しいムーミンの声がする。
    「んん…ムーミン?」
    「早く釣りに行こう!」
     目が覚めた、という感覚でわかった。自分は夢を見ていた。
     旅に出ていなかった寂しさと、親友との約束を反故にしないで済んだことの安心感とがいっぺんに胸の中に訪れる。
     彼の声を聞くと、不思議と心が安らいで、顔が見たくなった。
     寝袋を這い出て、
    「いまいくよ、ムーミン」
    と言うと、スナフキンは帽子を持ってテントの外へ出ていった。

     朝の太陽は薄い白もやの中でゆらゆらと光って、優しい陽の光をまだ眠たい木々の間に落としていた。昨晩と変わって、涼しく澄んだ風がゆっくりと新しい空気を谷に運び、遠くまで飛んでいった。
                                   終
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