マタタビ
「また傷が増えたっすね」
ふと誰かの手が自分の頬に触れ、誰かの声が上から降ってきた。否、『誰か』という表現は全くのお門違いであり、男性にしては少し高めなこの凛とした声は過去に殺伐としたバイト現場でもよく聞こえた耳に馴染んだものである。
「……」
余計な世話だ。普段ならそう一蹴していたところを抑えたのは、その声の主がルイにとっては特別な人物であったからだ。椅子の背もたれによりかかったまま組んでいた足を解き、少し顔を上げる。被っていたヘルメットに隠れ、『彼』の顔は見えなかった。
何も言葉を返さないでいると、触れていた少し冷たいその手がルイの頬をなぞった。針を刺されたかのようなピリッとした痛みが走り、思わず顔をしかめる。おおかた仕事中についた傷でも触られたのだろう、痛み刺激にはいつまでたっても慣れることはない。こんな厄介な感覚を忘れることができたのならどれだけ幸せだろうか、なんて考えるのは面倒なのでもうやめた。
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