2人を彩る色石それはクリスマスイヴの翌日。
街の至るところで、まだまだイヴの余韻にひたる恋人たちが手を繋ぎ、愛を語らい合っている。
創造神の誕生祭であるはずのクリスマスイヴは、時代と共にそれを祝う料理を楽しんだり、家族や大切な人と大事な時間を過ごすための前夜祭となっていた。翌日のクリスマスもまた、その時間の延長だ。
そして、冒険者たちも例には漏れず、クリスマスを楽しんでいた。
レクスは深いため息をつきながら、診療室の椅子を二人に向けて指差した。
「座りなさい。まったく、耳に穴を開けるくらい私の所じゃなくてもできるだろうに…」
アンバールは笑いながら椅子に腰を下ろす。
「でも、先生なら絶対に失敗しないって分かってるからさ!」
ガネットも静かに微笑みながら続けた。
「それに、先生にお願いすることで安心感があります。初めてのことなので、万が一失敗したら怖いですから。」
話はイヴの夜にさかのぼる。
クリスマスイヴの夜、暖かな灯りがともる拠点のリビングルームには、仲間たちが集まり賑やかな雰囲気が漂っていた。中央のテーブルにはプレゼントが積まれ、それぞれが交換の瞬間を待っている。アンバールとガネットも、少し緊張した面持ちで自分の包みを手にしていた。
プレゼント交換の順番が二人に回ってきたとき、アンバールはガネットに笑顔で包みを差し出した。
「ガネット、これ、クリスマスプレゼント。気に入るといいんだけどな…!」
ガネットも微笑みを返しながら、自分の包みをアンバールに渡した。
「ありがとうアンバール。こっちは俺からだ。」
二人は同時にプレゼントを開封した。アンバールが手に取ったのは、細やかな彫刻が施された高級なピアス。輝く琥珀が優しく光を反射している。一方、ガネットの手にも同じく高級感あふれるピアスがあり、深い赤色の柘榴石が美しく輝いていた。
二人は一瞬驚き、次の瞬間に笑い合った。
「まさかお前も同じこと考えてたなんてなあ!」
アンバールが笑いながら言うと、ガネットも頷いた。
「お前もなかなか気が利くじゃないか。これ、この間俺が欲しがってた魔石で作ってあるやつだよな?」
和やかな雰囲気の中、2人は互いの贈り物を見ながら、ふと止まった。肝心な事に気がついたのだ。
「…あれ、そういえばガネットってピアスホール開いてたっけ?」
「…開いてない。というか、お前は?」
「開いてない!」
「マジかよ…。悪い、お前のことだからてっきり5、6個開いてるもんだと思ってた」
「何その先入観!?だってあれ耳をぶっ刺すんだろォ?コエーからやったことねーの」
2人はしばらく無言で見つめ合う。まさかお互いに相手が着けれないものを贈り合うとは思わなかった。ほどなくしてどちらともなく笑い出す。ひとしきり笑ったあと、2人は落ち着くと、せっかくの機会だからピアスホールを開けようという話になった。贈り物を無駄にはしたくない。
「開けるか」
「そ、そうだな!自分たちで開けるか?」
「いや、お前に開けられたらとんでもないことになりそうだ。カイヤーに頼めば器用だからやってくれそうではあるが…」
しかし、話の外で聞いていたカイヤーは言う。
「いやいやお二人さん。魔術を使うやつらの身体に、俺はむやみに穴を開けたくねぇな。魔力回路に支障をきたしたら俺は責任取れねえよ」
と。
じゃあ魔力回路に詳しくて、かつ医療行為が出来る人間は…。となり、お世話になったレクスの名前があがったのだった。
レクスは軽く肩をすくめて器具を準備し始めた。
「まあ、カイヤーの言う事にも一理ある。回路に合わせて開けた方が、魔力の増幅であったり、強化であったり、色々と付与効果はあるからね。」
手際よく準備を終わらせると、レクスは手を消毒し、手袋を装着した。
「さて、どっちから先にやるかな?耳に穴を開けるのは案外痛いぞ?」
レクスはからかうように尋ねたが、まあ、アンバールは陰茎を千切られて麻酔無しで延長手術までした人間だ。今更怖いものは無いだろう。しかし、アンバールは少し身震いしながら「うー、先生、そんなこと言って脅かさないでくださいよォ!」と眉毛をハの字にして言った。一方で、ガネットは表情を引き締めて「大丈夫です。痛みには強いので」ときっぱり答えた。
まずはアンバールが先に椅子に座り、レクスが器具を持って彼の耳に慎重に手を伸ばす。
「ほら、じっとしていなさい。動いたらずれるよ」
「分かってますって!」とアンバールが答えるものの、その声には若干の恐れがある。ガネットが横で「動くなよ」と声をかけると、アンバールは小さく頷いた。
レクスが器具を耳に当て、静かに作業を進める。痛みは一瞬だけで、すぐに終わった。
「よし、完了だ。酷い痛みは無いかな?もし開けた時以上の痛みが出たら、すぐに言う事」
アンバールは耳を触りながら、「分かりました!良かったァ、思ったより痛くないしすぐ終わった」と胸を撫で下ろしている。次にガネットの番だ。彼は静かに椅子に座り、目を閉じて準備を整えた。
「大丈夫です、お願いします。」彼の落ち着いた声に、レクスは小さく頷き、同じように慎重に器具をあわせると両耳たぶに穴を開けていく。ガネットもまた、痛みをこらえるように少し眉を寄せたが、すぐに作業が終わると深呼吸をして「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀をする。
「ホールをすぐに作りたいなら、この場で治癒魔法も使えるが、どうするかな?その分料金がかかるけど」
2人はせっかくの贈り物をすぐに着けたかったのだろう。治癒魔法でホールの固定をお願いする。
レクスの手から放たれる光は、あっという間にピアスホールを形成した。変な塞がり方をしていないかなど最後に確認し、ファーストピアスを取り外すと、施術が終わる。アンバールとガネットは、レクスにお礼を言うと、診療所をあとにした。
「何か痛みとか違和感とかあったら、すぐに来るんだよ」
レクスは最後に一つ付け加えると、街に消えていく2人の姿を見送り、そしてドアを閉めた。
「なあせっかく街に来たし、ちょっと散歩とか飯食ってから拠点に戻ろうぜ?」
アンバールが子供のようにはしゃぐ。
ガネットはそれを見て、やれやれとため息をついた。
「その前にほら、これ」
ガネットはちょうど通りがかった街なかの噴水のへりに腰かけると、持ってきていた二人分のピアスを取り出した。
「鏡がないから、お互いに着けようぜ」
「おう!任せとけ」
「落とすなよ」
「落とさねえって」
二人は互いに贈ったピアスを、出来たばかりのホールに通す。後ろの方でキャッチを留めると、彩りが二人の耳を飾った。アンバールは思わずじっと見つめてしまい、ガネットに首を傾げられる。
「なんだよ、何か変か?」
「違う違う!!その…」
ぶんぶんと首を横に振るアンバール。またじっとガネットを見つめると、
「めちゃくちゃ似合ってて、綺麗だな、って」
それを聞いたガネットは少し照れながらも、少しだけ微笑む。
「お前も、よく似合ってるよ。…ありがとな、アンバール」
「こ、こちらこそ!!じゃ、じゃあなんか食いに行く?市場でも見るか!?」
「じゃあ飯食おう」
ふんわりと笑ったガネットに、素直にお礼を言われたことと気恥ずかしさで、アンバールは顔を染めながら先頭を歩く。そのあとをついて歩きながら、ガネットはアンバールに見られないように上機嫌に、嬉しそうに微笑んだ。
冬らしい空気が顔に当たるのを感じながら、ガネットはぽつりとアンバールの背中に囁く。
「メリークリスマス」
午後の日差しが、二人の耳を彩る宝石にあたり、煌めいた。
おわり。