三馬鹿と苦労人、その前日譚。冒険者ギルドの窓口は、朝からひどく混み合っていた。
依頼を受ける者、報告をする者、次の仕事を探す者――さまざまな目的を持った冒険者たちがひしめき合い、無数の声が飛び交っている。依頼書が並ぶ掲示板の前には人だかりができ、奥のカウンターではギルド職員が手際よく書類を処理していた。
その喧騒の中、一人の男がカウンターの前で腕を組み、じっと依頼書を見つめている。
ペリード。
屈強な体躯を持つ戦士で、鍛え上げられた筋肉は鎧越しでもわかるほどだった。黄緑の髪を後ろへ撫でつけ、顎に手を当てながら、慎重に依頼を選んでいる。
「うーん……。」
低く唸る声。慎重に難易度や報酬を見極めるその姿は、経験豊富な冒険者そのものだった。
依頼の選択に時間をかけるのは当然のことだ。
一度受けた依頼は、原則として途中で投げ出すことができない。無理に撤退すれば、ギルドからの信用を失い、今後の仕事にも影響が出る。それだけに、慎重にならざるを得なかった。
そんなペリードの隣で、やたらと陽気な声が響く。
「お、こりゃいいな! 報酬もそこそこ、魔物もたいしたことねえし、ちゃっちゃと終わらせられるんじゃねえか?」
アンバール。
琥珀色の髪を無造作にかき上げ、片手剣を腰に提げた男が、軽い足取りでカウンターに近づく。目の前に並ぶ依頼書を次々と眺めながら、さほど深く考える様子もなく、一枚を手に取った。
ペリードはちらりとアンバールを一瞥する。
身なりは悪くない。装備も手入れされており、戦闘経験はそれなりに積んでいるようだ。だが、軽薄な言動がどこか胡散臭い。
「それ、護衛の依頼だろう。ヒーラーがいないと厳しいぞ。」
アンバールはきょとんと首を傾げたあと、あっけらかんと笑った。
「なんとかなるって。あんた、一緒にやるか?」
ペリードの眉がわずかに動く。
「……お前、パーティーは?」
「いや、いねえよ。昨日抜けた。」
「……追放か?」
「ああ。あんたは?」
「……まあ、似たようなもんだ。」
アンバールは「おっ」と興味深そうに目を輝かせたが、ペリードは特に感情を見せず、再び依頼書に視線を戻した。
---
アンバールは、地方貴族の次男坊だった。
幼少期から何不自由なく育ち、自由奔放な性格のまま大人になった。貴族の家に生まれながらも冒険者という身分のない生き方を選んだのは、ただの気まぐれではない。
家の期待は長男に向けられ、自分には特別な役割がなかった。
だからこそ、「誰かに必要とされたい」という思いは、人一倍強かったのかもしれない。
だが、その奔放な性格が仇となり、パーティーを追放されることが多かった。
理由はさまざまだが、共通するのは「お前とはやっていけない」と言われることだった。本人に悪気はなかったが、突発的な行動が仲間を振り回し、いつの間にか「また次を探せばいい」という考えが染みついていた。
とはいえ、決して「一人が楽だ」と思っているわけではない。
むしろ、自分に合う仲間を探し続けていたのだ。
そんな中で出会ったのが、今隣に立つ戦士だった。
ペリードは、戦士の家系に生まれた。
父も母も兄弟も、皆が戦うために生きていた。しかし、戦時中、故郷を魔族に滅ぼされ、家族の多くを失った。唯一生き残った妹と共に逃げ延び、戦士として生きる道を選んだ。
彼の実力は確かだった。
戦闘技術も申し分なく、前衛としてのスキルも高い。だが、一つだけ決定的な弱点を持っていた。
スタミナ不足。
短時間の戦闘では能力を発揮できるが、長時間の戦闘、連戦、長期任務には弱い。最初こそ頼れる戦士として信頼されるが、いずれスタミナの問題が目立ち始め、契約を切られることが多かった。
ペリードはアンバールを見ながら、こいつは俺の弱点を補えるだろうか?と訝しんだ。
とはいえ、結局のところ、組んでみて任務に出なければ、パーティーメンバーの実力は測れない。
しばらくの沈黙の後、アンバールがにっと笑った。
「じゃあさ! 組まねえか?」
「急だな」
「だって、お互い一人なら、組んじまった方が早いだろ? とりあえず組んでみて、合わなきゃ解散。簡単な話。」
「…まあ、そうだな。」
言われてみれば、その通りだった。
どうせ単独で依頼を受けるつもりなら、一度くらい誰かと組んでみてもいい。
ペリードは数秒考えた後、小さく頷いた。
「試しに、一回だけだ」
「おう、よろしくな! 俺、アンバール!」
「ペリードだ」
こうして、アンバールとペリードの最初の冒険が始まった。
その後、幾度もヒーラーを雇いながら共に戦いを重ねることになるとは、この時の二人はまだ知る由もなかった。
=====
ギルドの賑やかな喧騒の中、二人の男が木製の長椅子に並んで腰掛けていた。ペリードはテーブルに肘をつき、手のひらで額を押さえながら、目の前のエールを睨んでいる。その隣では、アンバールが足をぶらつかせながら、エールを片手に楽しげに喋り続けていた。
「いやー、今日の依頼は楽勝だったな! あのオーガ、ちょっと鈍すぎねえか? もうちょい手応えが欲しかったぜ!」
「…はぁ…お前、余裕ぶってたけど、最後の一撃、俺が止めなかったら吹っ飛ばされてたからな」
「え、マジで? まあまあ、細けぇことはいいじゃん!」
アンバールは気にした様子もなく、ゴクゴクとエールを飲み干す。その横で、ペリードが溜め息をつきながら、手元の硬貨を指で弾いた。
「それより問題はこっちだ。」
「ん?」
ペリードは、手元に並べた数枚の硬貨を見つめながら、肩を落とした。
「またギリギリだ。」
「……へ?」
アンバールが怪訝な顔でテーブルを覗き込む。ペリードは無言で、ギルドから受けた依頼の明細書を突き出した。討伐報酬、回収した素材の売却額、仲間への支払い——どれを見ても、結果はほぼ「収支ゼロ」だった。
「は!?こんなに稼いだのに!?な、なんで…?」
「後衛を雇うのに金がかかりすぎてるんだよ。毎回、依頼の報酬が入っても、ほとんどそっちで消えてる。」
アンバールは紙束を見つめながら、軽く頭をかいた。
「マジか……もしかしてヤバい?」
「もしかしなくても、ヤバいんだよ。こんなんじゃ、いつか破綻する。」
ペリードはエールを一口飲むと、少し考えてから続けた。
「だからよ、後衛職の仲間を探したほうがいいんじゃないか?」
アンバールは一瞬きょとんとして、それから面倒くさそうに顔をしかめた。
「え〜〜、でも固定の仲間ってなると、慎重に選ばねぇとだろ? そんなん探すの面倒じゃね?」
「じゃあ、ずっとこのまま雇い続けて、金が尽きるまでやってくつもりか?酒も飲めなくなるぞ」
「それは、困る……!」
アンバールは即答し、慌てて椅子から身を乗り出した。
「でもさ、適当な奴を仲間にしても、役に立たなかったら意味なくね?」
「そりゃあそうだ。でも、今みたいに毎回違う後衛を雇って、その度に戦い方を合わせるのも限界があるだろ」
アンバールは腕を組み、しばらく考え込んだ。が、次の瞬間、手をパンと叩いて立ち上がった。
「よっしゃ! じゃあ、いい感じの後衛を探す旅に出るとするか!」
「だから何で毎回そんな大げさなんだよ……」
呆れながらも、ペリードは苦笑する。どうせこうなるだろうと思っていたので、止める気はない。
「ま、でも確かにそろそろ本気で考えねぇとな。」
「だろ? じゃあ、明日から仲間探し本格始動だ!」
アンバールは満足げにエールを持ち上げ、ペリードも苦笑しながらそれに応じた。賑やかなギルドの片隅で、二人の新たな方針が決まったのだった。
=====
ギルドの掲示板の前。アンバールとペリードは、依頼の張り紙を眺めながら、次の任務を探していた。とはいえ、今日の本命は仕事ではない。
「なあ、ペリード。今日から本格的に“仲間探し”開始だよな?」
「お前が言い出したことだろ。」
「そうだった!」
アンバールは満足げに頷き、辺りを見回す。冒険者ギルドには屈強な戦士や華麗な魔術師が入り乱れているが、求めているのは後衛職の仲間だ。回復役やサポート役がいなければ、いくら前線で暴れても報酬のほとんどが治療費に消えてしまう。
(とはいえ、簡単に見つかるもんでもねえよな……)
そう思った矢先、アンバールの目が二人組の冒険者を捉えた。
「お? あの子たち、もしかして……?」
ペリードも視線を向ける。そこには、背の低い二人の姿があった。一人は漆黒の髪を持ち、端正な横顔が妙に整っている。もう一人は青い髪を垂らし、どことなく軽やかな雰囲気を漂わせていた。
「魔術師か?ローブに杖だし、ヒーラーか?もう1人もサポート職っぽいぞ」
「だよな! しかも二人組とか、すげえ運命感じるわ!」
アンバールは嬉々として言いながら、もう二人から目を離せなかった。特に、黒髪のほう——横顔の整ったほうが気になって仕方ない。
(……やけに綺麗な顔してんなぁ)
ふとした瞬間、その人がこちらを向いた。そのとき、光を受けた瞳がわずかに赤みを帯びているのをアンバールは見逃さなかった。
(うわ、やっべ……すげえ綺麗な目)
思わず言葉を失いそうになる。が、それを誤魔化すように、勢いよく2人のもとへ歩き出した。
「なあ、おねーさん方! もしかして、前衛職の相棒を探してるのか?」
ペリードは「おい」と止める間もなかった。
黒髪の——ガネットが、じろりと鋭い視線を向けてきた。近くで見ると、ますます整った顔立ちが際立つ。その冷たい眼差しが、なぜか心臓を跳ねさせた。
(なんだこの感じ……いや、待て……)
一方、青髪のカイヤーは、アンバールを見て少しだけ目を見開いたあと、肩をすくめた。
「おねーさんたち、ねえ。」
「……アンバール、お前——」
ペリードが言いかけたが、その瞬間、ガネットが口を開いた。
「……何の用だ?」
思ったよりも低い声。その響きに、アンバールの脳が一瞬フリーズした。
「……あれ?」
違和感に襲われる。なんだ、この感じは。改めて目の前の黒髪の人物を見る。自分より小柄な体躯、整った横顔、涼しげな目元。だが、よく見れば明らかに——
(……男!?)
「おいアンバール、お前まさか勘違いして——」
「し、してねえよ!!」
大声を上げると、ガネットがますます冷めた目を向けてきた。
ペリードは溜め息をつきつつ、横目でガネットを見た。そして、アンバールと同じように思った。
(……なんだこいつ、めちゃくちゃ綺麗な顔してるな。)
普段、相手の容姿にあまり気を取られることはない。だが、ガネットの顔は妙に目を引いた。何かこう、直視してはいけないような、でも目を離せないような……。
(いやいや、そんなことはいまはいい。とにかく話を進めないと——)
「……まあ、それは置いといて!」
アンバールが無理やり話を切り替える。
「お前ら、前衛探してるんだろ? 俺たち、後衛を探してるんだ! これってもう、運命じゃね?」
カイヤーが口元に笑みを浮かべ、ガネットは一瞬だけ考え込むように視線を逸らした。
こうして——四人の運命が交差した。
=====
ギルドの一角、しばしの沈黙のあと、カイヤーが口を開いた。
「なるほど。後衛を探してるってわけか。で、君たちは?」
「おっと、まだ名乗ってなかったな!」
アンバールは胸を張り、得意げに言った。
「俺はアンバール! 魔剣士だ。得意なものはないけど、まあ大体のことは出来るぜ!」
「ペリード。戦士だ。バトルアックスを使ってる。攻撃と防御は任せてくれ。」
ペリードが簡潔に名乗ると、カイヤーが軽く頷いた。
「カイヤー。商人をやってるが、戦場でサポートは可能だ。」
そして、最後に残った黒髪の男が前に出る。
「ガネット。魔術師だ。回復と補助のスキルは一通り使える。」
それだけ言って、すっと目を細めた。その冷静な態度に、アンバールは思わず背筋を伸ばした。
(やっぱり、こいつ……なんかすげえ雰囲気あるな。)
改めてよく見ても、やはりガネットはとても整った顔立ちをしている。けれど、ただの美形というわけではない。目の奥に宿る静かな光が、どこか不思議な雰囲気を醸し出していた。
「よし、なら話は早いな!」
アンバールが手を叩く。
「ちょうどいい依頼があるんだ。試しに一緒に行ってみようぜ!」
こうして、四人は初めての共闘に臨むこととなった。
---
森の中、指定された討伐対象である魔物が群れをなしていた。狼型の魔獣の一団だ。
「お、さっそく獲物がいたな!」
アンバールが剣を抜き、ペリードはバトルアックスを構えた。
「俺が先陣を切る。行くぜ。」
ペリードが一気に駆け出し、群れのど真ん中に突撃する。バトルアックスが振り下ろされ、一撃で狼の頭蓋が砕けた。
「……よし、こいつなら問題なく受け止められる。」
防御を固めながら敵を引きつけるペリードの背後で、アンバールがすばやく動く。
「んじゃあ、こっちは俺がもらうぜ!」
盾を使って狼の攻撃をいなしつつ、剣を振るう。鋭い斬撃が敵を切り裂き、次々と数を減らしていく。
その後方では——
「《俊敏強化!》」
ガネットの詠唱が響いた。アンバールとペリードの身体が一瞬、軽くなったように感じる。
「おお、動きやすくなった!」
「いいタイミングだ。」
さらに、カイヤーが素早くアイテムを取り出し、飛び回るようにサポートする。
「ペリード、体力温存したほうがいい。持久薬、投げるぞ!」
「おう、助かる!」
よく息が合っている。
敵の動きを見極め、瞬時に判断してサポートするガネットとカイヤー。それを最大限に活かすアンバールとペリード。
四人の連携は驚くほどスムーズだった。
そして——
「ラスト、決めるぞ」
ガネットの手元に魔力が集まる。
「天の雷!」
紫の閃光が空から落ちて、最後の狼を吹き飛ばした。
戦闘終了。
「……っはー! いい感じだったな!」
アンバールが剣を収め、満足げに笑った。
「思った以上にうまく噛み合ってたな。」
ペリードも頷く。
カイヤーは苦笑しながら、ガネットの横で肩をすくめた。
「これは……なかなかいい奴らを選んだんじゃないか?」
ガネットも小さく息をつき、わずかに微笑んだ。
こうして、四人の冒険が始まった。
=====
戦いを終えた四人は、ギルド近くの酒場へと足を運んだ。
「へへっ、こういう時はやっぱり美味い飯と酒だろ!」
アンバールが陽気に笑いながら、店の扉を押し開けた。店内は活気に満ちており、あちこちのテーブルで冒険者たちが笑い声を響かせている。木製の家具が並ぶ中、壁には戦利品のような動物の剥製や、様々な武器が飾られていた。
ペリードが空いた席を見つけ、四人はそこに腰を下ろした。
「おう、酒と肉料理、それと適当に腹に溜まるもんを頼む!」とアンバール。
「すまない、あと、水をくれ」とガネット。
2人が店員に声をかけると、ほどなくして料理が運ばれてくる。大皿に盛られたロースト肉、焼きたてのパン、香草の効いたスープ、チーズやナッツの盛り合わせ。酒場特有の香ばしい匂いが漂い、アンバールはたまらずにかぶりついた。
「うめぇー! やっぱ戦った後の飯は最高だな!」
「もう少し落ち着いて食べろ。」
ペリードが呆れながら、穏やかに笑う。
カイヤーとガネットは向かいに座り、少し遅れて料理に手を伸ばした。
「さっきの戦い、なかなか噛み合ってたな」
カイヤーがナイフで肉を切り分けながら口を開いた。
「そうだな。お前らは普段から一緒に戦ってるんだろ?」
ペリードが問いかけると、カイヤーは軽く頷く。
「俺とガネットは、元々一緒に行動していたんだ。……とはいえ、戦闘は得意じゃない。特に俺はね。」
「へぇ? でもさっきの戦闘、支援の動きはなかなかのもんだったぜ?」
アンバールが口を拭いながら言うと、カイヤーは微かに笑った。
「慣れてるだけだ。商人ってのは、何かと気を回さなきゃいけないからな。」
「商人、か」
ペリードが興味深そうに目を細める。
「で、お前は?」
今度はアンバールが、ガネットへ視線を向けた。
「……俺は、サポート魔法を主に使う。一応攻撃の術もあるが、あまり使わないんだ」
短くそう答え、ガネットは淡々とスープを口に運ぶ。
(……なんつーか、落ち着いてるな。)
アンバールはぼんやりとガネットを眺めながら思う。戦闘中は的確に支援をしてくれたし、そもそも戦闘前の準備段階でも、すでに動きが洗練されていた。
(あの落ち着きっぷり……場数を踏んでるって感じか?)
ふと、横顔を見た瞬間、心臓が跳ねた。
——静かな炎のような瞳。
黒髪の隙間から覗くその瞳は、店内の灯りを受けて微かに赤く揺れている。戦闘中は気づかなかったが、こうして酒場の柔らかな明かりの下で見ると、まるで宝石のように深い色をしていた。
(……やべぇ。なんか……綺麗だな。)
「なんだ?」
ガネットがふと視線を向ける。アンバールは一瞬固まり、慌てて手元のジョッキを掴んだ。
「な、なんでもねぇよ! ほら、とりあえず乾杯しようぜ!」
「ああ。」
ペリードがジョッキを持ち上げる。カイヤーとガネットも、それぞれ手元のグラスを取った。
「じゃあ、改めて……俺たちの初陣に!」
「乾杯。」
四つのジョッキが打ち合わされる。酒場の喧騒の中、四人はしばしの安らぎを味わった。
---
「さて、俺たちは後衛の仲間を探していたんだが……お前らは前衛を探してたんだよな?」
ペリードが改めて確認すると、カイヤーが頷いた。
「そうだ。ガネットは戦闘のサポートが得意だけど、基本的に後衛だからな。さらに俺は戦闘要員じゃないし、前衛を任せられる仲間が欲しかった」
「なるほどな。俺たちも似たような理由だ。二人で前衛を張るのはいいが、後衛を雇うたびに出費がかさむんでな。」
ペリードが渋い顔をすると、カイヤーは軽く笑った。
「……どこも同じような悩みを抱えてるんだな。」
「確かに。で、こうして出会ったわけだ。」
アンバールがニヤリと笑う。
ガネットは静かに考え込んでいたが、やがてゆっくりと言葉を紡いだ。
「試しに、しばらく一緒に行動してみるか?」
「……ああ、悪くない提案だ。」
ペリードが頷く。アンバールも即座に賛成し、カイヤーもそれに異論はなかった。
こうして、新たな冒険の幕が開けたのだった。
=====
翌日、四人は朝早くから準備を整え、ギルドで新たな依頼を受けていた。今度の任務は、森の奥に潜む魔物の討伐。昨日の戦闘で手応えを感じた四人は、もう一度共に戦ってみることにした。
森へ向かう道すがら、簡単な作戦会議が開かれる。
「さて、昨日の戦闘で分かったことを整理しよう。」
カイヤーが手際よく話を切り出した。
「まず、俺たちの戦闘スタイルを確認すると——」
彼は指を折りながら続ける。
「ペリードは耐久力があるから、敵の攻撃を引きつけるのに適している。アンバールは攻撃的な動きが得意で、機動力を活かして戦える。でも、無鉄砲になりがちだ。」
「……おい、それどういう意味だよ?」
アンバールがむっとするが、カイヤーは気にせず続ける。
「ガネットは補助魔術に長けている。回復や支援で戦況をコントロールできるが、前線に出るのは危険だ。俺は直接の戦闘には向かないが、アイテムや状況把握で支援できる。」
カイヤーの分析に、ペリードが頷いた。
「なるほどな。じゃあ、戦闘中はどう動く?」
「そこで提案なんだけど……」
カイヤーは、隣のガネットに視線を向ける。
「ガネットをリーダーにして、指示役を任せるのが一番いいんじゃないか?」
「……俺を?」
ガネットは少し驚いたようだったが、カイヤーは当然のように頷いた。
「状況を冷静に見て、最適な指示を出せるのはガネットだろう? 昨日の戦いでも、アンバールやペリードの動きを的確に支えてたしな。」
「確かに……俺は考えながら戦うのは苦手だからな。」
ペリードは素直に認めた。アンバールも腕を組んで考え込む。
「ふーん……?まあ、言われてみりゃ確かにそうかもな。」
「……やってみるか。」
ガネットは少し考えた後、静かに頷いた。
「よし、じゃあ行くぞ。」
森の奥へと進み、彼らの二度目の戦闘が始まる——。
---
森の中、獣道を抜けた先の開けた場所に、今回の討伐対象である魔物がいた。大きな熊のような姿の魔獣が、群れをなしてこちらを睨んでいる。
「ペリード、前に出ろ。アンバールは右から回り込め。」
ガネットの的確な指示が飛ぶ。ペリードは素早く前線に立ち、斧を構えた。
「了解!」
「よっしゃ、ぶっ倒すぜ!」
アンバールはガネットの指示通り、右側へと移動し、攻撃の機会を伺う。カイヤーは後方から支援のアイテムを準備していた。
戦闘は順調に進んでいるかに見えた。ペリードが魔獣たちの注意を引きつけ、アンバールが隙を突いて攻撃を加える。そしてガネットの補助魔法が、彼らの動きを的確にサポートしている。
「いい感じじゃないか。」
カイヤーが呟いたその時——。
「おらぁっ!!」
突然、アンバールが指示を無視し、敵の群れの中心に飛び込んだ。
「おい!?」
ペリードが驚きの声を上げる。
アンバールは勢いよく剣を振るい、敵の一体を斬り伏せた。しかし、その行動によって、残りの魔獣たちの注意が一気にアンバールへと向いてしまう。
「……っ、アンバール、戻れ!」
ガネットの鋭い指示が飛ぶが——。
「へっ、こんくらい余裕だろ!」
アンバールはまったく気にしていない。むしろ勢いづいて、更に敵へと攻撃を仕掛けようとする。
——その瞬間。
「ぐぁっ!?」
魔獣の爪がアンバールの脇腹を引き裂いた。
「アンバール!」
ペリードが即座に駆け寄ろうとするが、魔獣たちはアンバールを集中攻撃しようとする。
「……チッ、無茶しやがって!」
カイヤーが毒づく。
「ガネット、どうする!?」
ペリードが焦りながら叫ぶ。
ガネットは一瞬、状況を見極め——すぐに指示を出した。
「ペリード、アンバールを援護しつつ敵の前衛を押し戻せ! カイヤーはポーションの準備!」
「了解!」
「……ったく、手間を増やすなよ。」
カイヤーが素早くポーションを取り出し、投げ渡す。ペリードが魔獣たちを斧で牽制しながら、アンバールをカバーする。
「くそっ……悪ぃな。」
アンバールは苦笑しながら、ポーションを口にした。
(……こんなことになるなら、最初から指示通りに動いておけばよかったか?)
痛みを感じながらも、彼は少しだけ反省していた。
——前途多難な、彼らの冒険はまだ始まったばかりだった。
戦闘が終わり、静寂が戻った森の中。
魔獣たちは全滅し、四人は息を整えていた。ペリードは戦斧を地面に立てかけ、肩で息をする。カイヤーは道具袋から新しい包帯を取り出しながら、アンバールを睨みつけた。
そして——。
「アンバール、お前……」
ガネットの低い声が響く。
アンバールはその声音にハッとして、思わず視線を向けた。
そこには、これまで見せたことのないガネットの怒りの表情があった。
「言ったはずだぞ。俺の魔法では、致命傷を治せない。 それなのに、なぜ勝手に動いた?」
静かで、だが強い怒りを孕んだ声だった。
アンバールは一瞬口を開こうとしたが、言葉が出てこない。
「……いや、その……」
「『いや』じゃない。お前が今受けた傷、もう少し深ければ、立てなかったかもしれない。治せなかったかもしれないんだ。それでも、同じことをするつもりか?」
アンバールはガネットを見つめたまま、無意識に拳を握った。
(……なんだ、この感じ。)
怒られることには慣れている。だが、こんなふうに本気で心配されるのは、久しぶりだった。
「……悪かったよ。」
アンバールはようやくそう呟いた。
ガネットは一瞬だけ息をつくと、鋭い目をしたまま振り返る。
「ペリード、カイヤー、傷の確認をするぞ。アンバールは動くな。包帯を巻く。いいか、動くなよ」
「お、おう……」
「頼む」
「わかった」
アンバールはガネットの怒りに気圧されながら頷いた。カイヤーは「自業自得だな」と小さく呟き、回復薬を取り出した。
ガネットは無言でアンバールの服を脱がせると、治癒魔法を併用しながら、患部に手早く包帯を巻いていく。その動きは冷静だったが、怒りが完全に消えていないのが伝わってきた。
「……もう二度と、こんな真似をするな。」
低く告げたその声に、アンバールは初めて、自分の行動の重さを理解した気がした。
「…すまねぇ…」
=====
それから。
ギルドの拠点にある広々としたテラス席。夜風が心地よく、空には満天の星が輝いていた。
「っしゃあ! 今日は飲むぞー!」
アンバールが豪快にジョッキを掲げると、ペリードも笑いながらそれに応じる。
「まあまあ、ほどほどにな。酔いつぶれて飲めなくなったら意味がないぞ?」
「お前も飲めよ、カイヤー!」
「おお、今日は遠慮なく飲むぜ」
カイヤーは落ち着いた様子でジョッキを傾けた。3人はテラス席の真ん中で陽気に笑い合いながら、これまでの冒険を振り返っていた。
彼らが今日受けたのは、少し格上の討伐依頼だった。難易度は上がったが、チームとしての連携は確実に形になり、無事に成功を収めた。そして、その報酬はこれまでとは比べものにならないほどの大金だった。
「いやぁ、高額報酬ってのは最高だな!」
「この調子で依頼をこなしていけば、もっと良い装備も買えるし、生活も楽になるな。」
楽しげな空気が満ちる中、その喧騒から少し離れたテーブルで、一人静かに書類を広げる者がいた。
ガネットだった。
彼はペンを走らせながら、3人の賑やかな声を背に受ける。
——このパーティーを組んでから、どれくらい経っただろう。
最初は衝突もあった。無茶ばかりするアンバールには何度も怒鳴ったし、ペリードの戦い方を細かく指導することもあった。カイヤーは比較的冷静だったが、それでも連携を深めるには時間が必要だった。
だが今、こうして彼らと共に戦い、勝利し、酒を酌み交わす姿を見ると——
「……いい仲間を持てたかもしれない。」
ガネットはふと、小さく笑った。
そして、その思いを胸にしまい、再びペンを走らせる。
だが、まさかこの数時間後、自分たちに「マンイーター事件」という悪夢のような出来事が降りかかるとは——
このときはまだ、誰も予想していなかったのだった。
おしまい。
そして、3話へ…