うやむや「ア゙ア゙!? どう考えてもオレ様の方が上だっただろうが!」
「オマエちゃんと結果見てなかっただろ。勝ちは俺だ。つーかそもそも勝負した覚えはない」
「勝てねーからって逃げんのかよ」
「だから……! 仮に勝負だったとしても俺の勝ちだ!」
我が家のドアを開いた瞬間からこれだ。我が家と言っても築年数も長い素朴なアパート。玄関と居間の間に防音の性能なんてない。
「おーいただいま。すぐメシにするからな」
声を掛けるよりも前に二人が自分の方をさっと見た。その瞬間だけは静かになる。だが一瞬だ。
「円城寺さん、コイツが……」
「おいらーめん屋、チビに言ってきかせとけ!」
「オマエこそ円城寺さんに叱られろ」
「はいはい。わかったわかった」
「適当に返事すんな! ゼッテーわかってねーだろ!」
ヒートアップしたままどかどかと二人揃って廊下を歩いてきて自分に詰め寄った。今日の喧嘩は一体何が原因なのか、聞いていないからわからないが、ちょっと居間を覗いた感じだとゲームのスコアか何かだろうな。テレビの前にゲーム機が転がっている。タケルが事務所から借りてきたやつなんだからちゃんと片付けておかないと。
でもその前に買ってきた冷蔵や冷凍の食材を冷蔵庫にしまっておこう。
「コイツ本当にどうにかしてくれ……!」
「メシ、今日も鍋でいいよな?」
「野菜ばっかじゃねーか! 肉入れろ肉」
「肉はまだ冷凍庫に買い置きがあるから大丈夫だ。……よし。味はどうしようか……」
「オマエは好き嫌いばっかすんなよ」
「チビのくせにオレ様に指図すんな」
「そういえば、タケルは最近好き嫌いなくて偉いな」
「ん……いや、別に元々何でも食う方だ。ちょっと苦手なのがあるだけで」
料理の前にエプロンを付けないと。で振り返って眼の前に立っていたタケルの頭を撫でる。くすぐったさを精一杯口の中で噛み殺している顔。我慢なんかしなくてもいいのに――だけど我慢しきれずに顔に出ちゃってるタケルは、やっぱりいい子だ。
「オレ様はチビと違ってスキキライとかねー」
「知ってるよ。漣も、何でもたくさん食べて偉い」
自分に向かってほとんど頭突きの勢いで顔を近づけてきた漣の額を撫でる。すぐに満足そうに鼻を鳴らした。が、頭を押し付けてくる勢いがなかなか緩まない。もっと、ということらしい。素直なのはいいことだ。満足するまで撫でてやろう。
これで喧嘩も有耶無耶にできそうだし、二人ともいい子でたまらない気持ちになる……と思っていたが。
「オマエは好きなものばっか食おうとするじゃねーか」
「ハッ。ウマい食い物は全部このオレ様のものっつーだけだ!」
すぐにまた喧嘩が始まった。こうなったらもう少し強引に行く必要があるな。
「自分の作った料理を美味しく食べてくれるのは嬉しいよ。漣、いつもありがとな」
まったく二人ともすぐ喧嘩に夢中になって、自分の言うことを聞いているんだか聞いていないんだか……。だけどそれをいいことに自分の手に額を押し付けたままの漣の頭を捕まえて、そのまま眉間にキスをした。
ちゅっと。触れるだけ。
「あ」
びっくりした漣が固まってポカンと口を開けた。目はまんまるになって自分を見上げている。視線を少し横に向けると、タケルもだいたい同じ顔をしている。
「なっ、なんで今ソイツに……」
「ん?」
で、固まってるタケルの方に向き直って、今度は背を丸めてほっぺたにキスをする。
「えっ」
触れるだけのつもりだったけど、その柔らかさの誘惑に負けて軽く唇で喰んでしまった。
「ど、どうしたんだ円城寺さん」
「いやぁ、特に口実が思いつかないんだが……急にやりたくなったから」
「ハァ……!? らーめん屋わけわかんねえ!」
「そうだよな、さっきコイツただ騒いでただけだったのに……」
「るせぇ! 喧嘩売ってきたのはチビの方だろうが!」
「元はと言えばオマエが」
「はいはい。れーん、チューするぞほら」
「やめろ! やめっ……う、ウゼェ……」
「……タケルも?」
「え? ……じゃあ……」
タケルが自分の前に立ってぎゅっと目を閉じた。少し上を向いてぎこちなく唇を尖らせている。みるみる間に頬が赤くなってきて、緊張が伝わってくる。かわいい……。
「おいチビ、らーめん屋がやってんのそういうんじゃねーぞ。おい! おいらーめん屋! ……ふっざけんな! らーめん屋、次オレ様!」
漣にぽこぽこ背中を殴られているけど今はちょっと抵抗ができない。しかしともかく喧嘩は収まったな。