そもそも間接キス「わかったわかった、順番な。どっちが先だ?」
二人の動きが揃って止まった。こんなとき、喧嘩になるかどうかは半々だ。よく喧嘩をする二人だけど、時には意外なほど意見がぴったり合うこともある。
「オレ様が先だ」
「コイツが言い出したから、コイツから」
と、目配せをしてからほとんど同時に答えた。わざわざ目を合わせたのに、結局二人同時に喋り始めてるところもある意味息ぴったりだ。
「わかった。漣、おいで。タケルはいい子で待っててな」
「ああ」
頷くタケルの頬を撫でる。それをニンマリとして見つめてから、漣は自分に飛びついてきた。
「くはは」
と、いつもの嬉しそうな笑い声が溢れる。自分の唇に触れるほんの少し前に。それを「しょうがないな」なんて言わんばかりに目を細めたタケルが聞いている。
さて、で、自分はてっきり漣にキスをしてもらえる、とばかりに思っていたんだが——どうやら何かが違う。二人は一体何を話し合っていたんだろう?
「あいたっ」
「おい!」
思わず声を上げてしまったら、タケルが心配してくれた。反射的に声を出してしまったものの、大したことはない……と言葉にする代わりに、もう一度タケルの頬に手を当てる。……漣にがじがじ、とされているのにつられてか、その頬の柔らかく膨らんだ形を手のひらで包んで軽く揉んでしまった。口を尖らせていたタケルが困ったように小さく笑う。そういう表情が、かわいい。
「このくらいで痛ェとか弱ェな、らーめん屋」
「だって不意打ちだったじゃないか。自分はてっきりキスをしてもらえるものだと……」
「ハァ?」
自分の鼻を噛んで、おしゃべりして、ぺろっと舌を出して鼻の頭を舐めた。まさに甘えるようなゆるい甘噛みも、声と一緒に肌をくすぐる吐息も、ざらざらした舌先も、全部がくすぐったい。
「まじぃ」
「えーっ。勝手に味わっておいてそりゃないだろう。さっき二人で話し合ってたのは、自分を食べる算段だったのか?」
「サンダン?」
「……いや。円城寺さんには、秘密だ」
「気になるな」
「ごちゃごちゃうるせ」
小さな声で漣は呟いたけど、その言い様とは裏腹でご機嫌だ。鼻の次は口、唇の周りをべろべろと舐め回される。これはキス、に入るかな……? 舐めた後にはまた噛まれて、ちょっと違うか、と思う。さらに自分の口の周りのお肉は大きな口を開けた蓮に噛まれたあとにはそのままちゅうと吸われて口の中でべろんべろんと弄ばれた。
「らーめん屋は食っても食ってもなくならねー」
「あはは、いいだろ?」
「ン……まぁ、褒めてやってもいい」
唇を自分の顔に押し当てたまま、もごもごと答えてくれる。こういうところが、漣のかわいいところだ。
しかし好き放題しゃぶられて顔がべちゃべちゃになってきた。漣の舌と唇は自分の顔を大胆に堪能して、そのうち自分の唇ももにゅもにゅと唇で食んできた。これはキス、だな。違うか。
「おいオマエ、そろそろ……」
「あん?」
「順番だ」
どういう取り決めなのかさっぱりわからないまま、ともかくそういうことらしく漣は渋々と自分の顔から離れた。漣がたっぷり味わって唾液まみれにした自分の顔、頬から顎にそれが滴り落ちそうなほどだ。
「やりすぎ、だ……。オマエ、円城寺さんの顔、こんなに濡らして……」
タケルがぐっと背伸びをしながら自分の膝の上に乗ってきて、漣がしたのと同じように顔を、近づける。やっぱりキス……じゃないのか。なんだろうこれは。
タケルの小さな舌が自分の顎をなぞるように張っていく。滴り落ちそうだった漣の唾液を、舐め取って。
しかもそのまま濡れた自分の頬にスルリと肌を押し当てて、……でやっぱりキスではないんだが、ともかくその猫のような仕草がたまらなく、かわいい。
キス、はしてもらえないが。しかし間接キスではあるな……。
「アイツの味が混ざってる……」
「ええと、タケルも? なんだか珍しいな」
「が、柄じゃねぇか」
「いーや。いつもと違う一面も、かわいくてたまらないというだけさ。ほら、もっとお前さんたちの好きなようにしていいぞ」
と、全てをタケルと漣に擲つつもりで言ったら、タケルは気恥ずかしそうに、
「ん」
と喉の奥で返事をした。漣はちょっとつまらなそうに口を尖らせたものの――もう自分の順番が終わってしまったからだろうな――タケルのすることを、じっと熱心に見ている。
タケルはそのまま自分の顔を、漣が舐め回してたっぷり濡らしたのと同じところを、やっぱり味わうように口付ける。でも漣の仕草とはやっぱり違う。普段こんなことはしないタケルは、そもそもキスだってするのもされるのもどちらのときも緊張した顔を見せてくれるから――いや、そこは漣だって同じか。
でも自分のことをまるで実際においしそうに、食べるみたいに触れてくるってことには、緊張を超えて慣れないぎこちなさすらあって、探るように控えめに舌が這う感覚は……はっきり言ってくすぐったいなんてもんじゃない。その、色々なところが反応してしまう。
漣の傍若無人に好き放題してくるのもかわいかったけど、タケルのこれは、これで。焦らされてる気分で余計にマズい。
……焦らされているわけじゃあ、ないんだよな?
「……ん。ふ……っ」
ひとしきりゆっくりと自分の頬に舌を這わせていたタケルが、自分から離れた。随分長く舌を出していたせいか呼吸は浅く乱れ、それを整えるように呼気とともにかすかな喘ぎを漏らす。そして自分の胸に体重を預けて膝にくったりと座り込んだ。
ダメ押しのように、とてつもなくグッとキた。言うまでもなく堪え性のない自分はタケルの頬に手を伸ばそうとしたが、漣が身を乗り出してタケルの顔を覗き込もうとしているのに気付いて、ギリギリのところで思いとどまった。まだ同意が貰えていないのに自分だけそういう雰囲気だと解釈して無理にするのは良くない。
タケルと漣が自分の胸元で額をくっつけて小声で何か頷き合っている。結局、話し合ってたのは何だったんだろう。それも気になるし、本当に二人ともキスの気分じゃないのかどうかも……。
「らーめん屋の目付きがうるせェ」
「円城寺さん、どうした?」
「え。いや、おしまいなのかな、と思って。……キスはしてくれないのか?」
「ハァ!?」
漣がびっくりして自分の顔を見上げる。そして目があった瞬間にぴょんと飛び退くように膝から降りた。顔が真っ赤だ。さっきあれだけやったのに、やっぱり何かが違うらしい。
「ダメかぁ」
「いや、俺は……円城寺さんがいいって言うなら」
「してもいいのか? タケル……」
で、自分はすぐに手を出す。やはり我ながら堪え性がなさすぎる。そういう自己反省が頭に浮かぶ前に抱き寄せようとしてタケルの肩を掴んでいた。しかもそのタケルは、ちょっと驚いたように身を強張らせている。
「ちょ、ちょっと待ってくれ円城寺さん。心の準備が……」
照れて視線を泳がせて、伏し目がちに言う。頬がぽっと赤くなっている。かわいいな……。さっきまでやっていたのがなんだったのかはわからないけど、タケルが自分とのキスを特別なことだと感じてくれているのは確かだ。さっきのがなんだったのかはわからないけど。
「おい。……モタモタすんな、さっさとやれ!」
「んん? 漣も?」
「順番! 待っててやってんだよ!」
「オマエ、したくないんじゃなかったのか?」
「ンなことひとっことも言ってねえ!」
言葉は不機嫌そうだけど、顔はさっきの真っ赤なままだ。ムッとして口をへの字にして、こちらを睨んでいる。照れ隠しの顔だ。さっきまでは好き放題に自分の顔を食べようとしてたのに、やっぱりキスとなると違うようだ。
「うんうん、漣も順番が待てていい子だ」
手を伸ばすと自分からちょっと近づいてきて、手のひらに額を押し付けるようにして撫でられた。口は尖らせたままだけど。
そんな漣の様子を、タケルが口元を緩めて見ている。心の準備はできたのだろうか? また二人、間接キスになるな。