こぼれた一口分 例えば麦ジュースなんかの炭酸の瓶を開けるとき、どうしてもキミの手元をじっと見てしまう。今日も気になる。キミの太い指が、ちょっと窮屈そうに栓抜きを握って瓶の口に指をかける。
よく冷えた瓶の表面に小さな水滴が無数に現れている。キミの指が冷たい水滴で濡れているのを見ていると、こちらまで涼しくなってくる。熱いキミの手のひらにその水滴は、きっとちょうどいい冷たさだろう。
と、そんなことを考えていると、いつの間にかデグダスはおれの方を見て笑っていた。
「グランツ、今日も期待をしているな?」
「え? あれ、気付いてたのか? そんなつもりじゃないんだ」
まさか気付かれているとは思わなくて、慌てて否定する。まるでキミの手付きが危なっかしいって失礼な心配をしていたみたいじゃないか。もちろんそんな気持ちは微塵もない。
おれはただキミの手付きを見るのが好きなだけなんだ。少しこぼしそうになったときの、慌てる仕草とかも。それはそれで失礼かな?
「いいんだいいんだ。おれだってお前が飲み物を持っていても同じ期待をしてしまう」
「そうなのか?」
「ああ」
キミは笑いながら頷いて、そして危なげなく麦ジュースのフタを外した。ポンっと子気味のいい音が鳴る。それからシューッという音とともに瓶の口から泡があふれ、そのままキミが瓶に口をつけて飲んでしまった。
「おっとっと。失礼! お行儀が悪かった!」
「どうせおれとキミで飲むんだから構わないさ。もしかしていつもこぼれそうな分を先に飲めるかもしれないって期待してるのか?」
「そうだ。あっ、グランツも期待していたのに、おれが先に飲んでしまったな。またまたすまない!」
「いいんだよ、おれの期待はもう満たされたからな」
「ん? そうか?」
キミが首をひねる。ちょっとした行き違いだ。でもおれにとってはそれもいい。先に一口飲んだ麦ジュースで、キミの頬はもう赤くなって上機嫌だ。充分すぎる。
それで満足して、キミを眺めながらもう一本の瓶のフタを、今度は自分で開けようとした。
やはりポンと子気味のいい音がする。そして同じくシューッと炭酸が弾ける音が。
「うわっ」
さっきのキミと全く同じで、瓶の口から泡があふれた。
「しまったな。冷蔵庫から出した時どこかにぶつけたか?」
さっきのキミと違うのは、キミのように素早くこぼれる麦ジュースを飲めなかったことだ。キミほどの反射神経がなかったし、すっかりキミに見とれていた。
その結果、瓶を握っていた手のひらがベトベトになってしまう。
「もったいないな」
おれよりキミの方がしょんぼりして、おれの手を見つめる。そうだな、キミの期待も叶わなかったってわけだし。
「仕方がないさ。それともこれ飲んでみるか?」
もちろんこれは冗談半分、期待も半分、で濡れた手をキミの前にかざす。するとキミはおれの期待に応えて、
「いいのか!?」
と目を輝かせた。
「いやっ、しまった! 食いしん坊なところを見せてしまった! お恥ずかしい!」
「あっはっは。食べ物や飲み物を粗末にしないのは、いいことじゃないか!」
「そうかな?」
キミは照れつつおれの手をぎゅっと握った。
キミがどんなつもりでおれの提案に頷いたのか、それはどっちでもいい。どっちにしてもおれの期待通りだ。
だけどそれにしても、キミがおれの下心には気付いていないなってことは、純粋な笑顔でおれの指に口をつけたことからよくわかる。本当にさっきの一口目でもう酔ってしまったのか?
あんまり純粋にそういうことをされると、我慢するのが大変だ。