ドーナツ揚げたて なんて嬉しそうな顔をするんだろう。家のドアを開けた瞬間から、ただいま! とキミは大きな声で言って――そのとき家に帰ってきたのはおれの方だったんだが、キミはいつものうっかりをした。
「あっはっは。それを言うならおかえりだろう?」
「あ! そうだった! おかえり、グランツ!」
「ただいま。なんだかいい匂いがしてるな」
「わかるか? むふふ。食いしん坊さんめ」
「台所の方からいい匂いがする……ってことは、キミがなにか美味しいものを作ったわけだ。あってるだろ?」
「名探偵だな」
「ふふっ、おれは食いしん坊だから、キミの作るものはなんでも大好物なんだ。揚げ物かな?」
「そうだ」
キミはスキップで台所の方に戻る。キミの大きな歩幅でスキップしたらほんの二、三歩の距離だが、たったそれだけの距離でもキミはしっかりとしたステップを忘れない。そして台所のカウンターの中から手招きする。
「秘密だぞ。本当は夕食の後のデザートなんだ」
と言って、芳ばしい匂いのするドーナツを二つ、皿の上に乗せて差し出した。
そのキミの嬉しそうな顔といったら、こっちの方まで幸せが伝染するような、そんな目一杯の笑顔だ。やっぱり笑うことは素晴らしいことだ、とキミが身を持って教えてくれている。
「揚げたてだな」
しかしいつまでもキミの笑顔に見とれているわけにもいかず、視線をドーナツに移す。
もちろんキミの作ったドーナツだって世界で一番のドーナツだ。ドーナツだから当然輪っか型、しかしゴツゴツした岩みたいな形でもある。不格好かもしれないが、それがすごく美味しそうに見える。実際、美味しいに決まってる。
「冷えてしまわないうちにおまえが帰ってきてよかった。ロッコとロロナには内緒で味見の時間だ」
くふふ、とキミが口元に手を当ててイタズラっぽく笑った。知らない人間の名前が出てきたが、ま、それはいいとして。
「こうして先に味見できるのも、料理当番の特権だな」
「そうそう。だからおれは結構、料理当番が好きなんだ。まあ、うまいか上手かは別としてな。あっそうだ、お砂糖が必要だ!」
さっそく貰おうと思ってドーナツの片方に手を付ける。じんわりと熱い。甘くてサクサクのドーナツの匂いが、さっきからたまらない。砂糖をまぶさなくても十分に美味そうだが。
しかし再びスキップをしながら台所に戻るキミの姿の方が、もっとたまらない。その嬉しそうな顔をもっとじっくり堪能するために、ちゃんと待っていようじゃないか。