ちゃんと鏡に映らない「いつもおまえを頼りにしてしまってお申し訳ないと思っているのだが、どうしても自分一人ではうまくできないんだ」
「『お』もいらないし『申し訳ない』も必要ないさ。おれが好きでやってるんだ」
「ウーム、グランツはおしゃれさんだものな。裁縫師になっても、きっと素晴らしい服や服……それに服なんかを作っていたのだろう」
「キミにおれが好きな服を勝手に着せてるだけなんだから、一から作る裁縫師とはわけが違うと思うぜ」
「そうだろうか? しかし考えてみれば料理も上手だから料理人もできそうだし、宝石を使ったアクセサリーへのセンスも素晴らしいから錬金術師もアリだな。腕っぷしも強いから傭兵の道もある」
「一体誰の話をしているんだ?」
「そりゃあグランツ、おまえだ」
「おれにキミの隣で採掘師やってる以外の未来なんかないな」
「ン、まあ、それもそうか」
「そうだ」
きっちり念を押しつつ、首元のネクタイをしっかりと締めた。大きな身体に合わせて結んでおかないと、すぐに緩むかキツくなるかのどっちかだ。これには長年のカンが要る。
キミが城での式典なんかに顔を出すときの衣装係は、いつもおれだ。大抵はおれも一緒に参加するし。
「しかしやっぱり、お申し訳が……いや『お』はいらないのか。『申し訳ない』も? いやこれは必要だ」
「おれにされるのは嫌か?」
「いやそうでも。そういうことではまったくなく」
しどろもどろになりながら、デグダスはおれの腰に回した腕にぎゅっと力を込めた。
そうしないとおれがバランスを崩して倒れてしまう、と心配をしたらしい。
「だっておまえが背伸びをして大変そうなんだもの」
「ふふっ。これも好きでやってることだぜ」
「背伸びが? もしかしてつま先を鍛えているのか?」
「ま、そういうことにしておこう。……本当のことを言うと、キミがソファにでも座ってくれたら、お互いにもう少し楽かもな」
「あ! そういう方法があったか。グランツ、さすがに頭がいいな」
「でも今日はもうこれで完成だからソファもいらない。さ、鏡で見てくれ」
「むむ? ほとんどグランツしか見えないぞ」
「あっはっは、この腕を解いてくれないと! だがこの姿見もキミには小さすぎると常々思っていた」
「あっちの壁まで下がればおれの肩幅までちゃんと入るぞ。よしよし」
「あははっ、おれは置いて行かないとやっぱりキミが鏡に映らないぜ!」
「グランツを置いていく!? そんなことはできない!」
クローゼットの扉に取り付けられた姿見に全身を映すために、キミが部屋の奥へとじりじり下がる。おれは腰を抱かれたまま一緒に引きずられる。つま先立ちでアンバランスだ。実際のところ、別につま先を鍛えているわけじゃないから、遠慮なく脱力してキミの腕の中に寄り掛かる。
いつものキミの肌に馴染んだ作業着のタンクトップとは違う、ちょっとカタいタキシードの胸元。キミの大きなシルエットにもよく似合っているはずだ。と自分で着せておきながら、だが自信がある。
だがこの体勢じゃちゃんと確認できてない。ちょっと近すぎる。離れてしまうのは名残惜しいけど、少し腕の力を緩めてくれないだろうか。