デグダスのもふもふ 毛足はちょっと長めで、髪と同じ甘いオレンジ色だ。一本一本がツヤツヤで太くて丈夫そう。だけど指に絡めるとふわふわで柔らかくて、最高の手触りだ。
撫でると毛と皮膚の奥にしっかりした骨が入ってるのもよくわかる。触るほどにもふもふでやわらかで、こちょこちょするとぴくぴく動いて、奥を確かめるように指でなぞるとしっかり太くてごつごつした骨が入っている。
さすがデグダスだ。
「グランツ、むむむ……そろそろ」
「くすぐったいか? もしかして痛い触り方をしてしまっただろうか」
「いや、そうではなくてな……あっ、にゃん!」
「あっはっは。それってムリして言うものじゃないんじゃないか?」
「そ、そうなのか? どうもおれは流行には疎くて、だにゃん」
「ふっふっふっふ」
こんな状況だからって、またムリして猫の声真似をする。その言い方がぎこちないけど明るくて楽しそうで、それだけでおれは笑顔になってしまう。
流行り病も悪いものじゃないな。急に誰も彼もが猫の獣人化してしまうのなんてなんとも突拍子のない風邪ではあるが。ま、熱や咳も出ないみたいだし、すぐに治るみたいだし、猫の耳と尻尾を生やしたり、腕や胸にいつもより濃い茂みを生やしたキミはセクシーでキュートだし……悪い部分がない。そう思いながら、またキミに突然生えた尻尾を撫でて、ついでに頬擦りをした。
やわらかい。それに不思議ないい匂いがする。いつものキミの匂いに、さらに晴れた日の草原の匂いが合わさったような。
ここでお昼寝をしたくなるな……。キミの尻で。流石にダメか。
「あのう、グランツさん」
「ん、ああ! すまない、嫌なんだったな」
「嫌なわけではないぞ! むしろ夢みごこちだ。……ウム……にゃ」
もっと撫でるとキミの鳴き声もふにゃんとなった。いつもの凛々しくて男らしいキミの声が! 新鮮だ。そして最高だ。もしかして、風邪の影響で本当に猫の鳴き声が出ちゃってるのか?
「……はっ! ではなくて、だ!」
そう言いつつキミの尻尾はおれの首に柔らかく巻きついて、頬をくすぐってくる。長い毛足がくすぐったい。吹き出してしまいそうだ。キミの尻尾をびっくりさせてしまいそうだから、それは我慢してる。
「ずうっとそればっかりじゃないか。おれに尻尾が生えてから」
「耳と胸毛と腕毛もな」
「実は背中とお腹もムズムズしております。……それはちょっとこちらに置いといて」
「見せてくれ」
「あと! 後でな! えっと……お風呂とかで! それよりもグランツ、こっちだ」
「うん?」
キミに呼ばれて、ソファから起き上がる。キミの尻……いや、尻尾とはしばしのお別れだ。
呼ばれるままにキミの前に回ると、キミはソファに寛いで座ったまま膝をぽんぽんと叩いて促す。
「ここに座ってください!」
「ん、ああ」
そんな風に誘われて、嬉しくて返事を噛んでしまった。だってキミの膝の上に、キミに誘われて座るなんて。つまり、こういうことだろう?
がっしりとした骨と筋肉で盛り上がったキミの太腿の上に跨る。それで背の高いキミと同じくらいの目線になる。で、対面で、抱きついて……肌を密着させる。もちろんお互い服は着ているけれども。まだ昼間だ。
それにしたって……。
「よしよし、いい感じだ」
「そうか?」
「だっておまえ、ずっとおれの尻尾にばかりかまっていたじゃないか」
ム、と尖らせた唇と、しかめた太い眉毛。なんだ、そんなこと……なんて、かわいいんだ!
「尻尾もいいけどおまえの顔が見えないのが困る」
「ははっ、そんなこと、か」
キミの鼻先で吹き出してしまった。これはおかしくて笑っているわけじゃない。おかしいくらい、キミの何もかもが最高だから、耐えきれず笑顔になってしまうんだ。
ムっと唇を尖らせたキミの顔が近づいてきて、額がコツンとぶつかる。いつものキミの眼差し。流行りの風邪だって、そんなのこの強い眼差しには関係なさそうだ。
真っ直ぐギラギラしている。
「耳や尻尾が生えたのを、気にしてるってわけじゃないんだな」
「うむ……最初はびっくり仰天したが、おまえが気に入ってくれたからな。悪くはないかもしれない。しかしおまえがずっとそっちに構ってばかりなんだもの。尻尾はな、後ろに生えているんだぞ。おれの背中とお尻の間のところに生えているんだ。おまえがそこにじゃれついていると、おれからはおまえの顔があんまり見えない」
「悪かったって」
いじけた顔から、シュンとした顔。猫より犬の方が似ている気がする。でもそれはそれ、こんなに大きくて素直でかわいい猫も、大歓迎だ。
「じゃあ、今日はしばらくこのまま」
「お嫌でなければ」
「うれしすぎてこのまま死んでもいい」
「それは絶対にだめだ!」
ほとんど肌が触れ合うくらいのすぐ近くで、キミが大きな声でおれを叱りつける。真剣な眼差し。好きだ。
「なあ、耳は触ってもいいか?」
「うむ? うーん、おそらく大丈夫だ! 棘や毒とかはない!」
「あっはっは」
おれが心配してるのはそういうことじゃないんだが。キミは優しい。
赤い髪に混じって、少し質の違う猫の毛が生えている部分がある。もともと、人間の耳があるのと同じ場所だ。この不思議な風邪によって、耳の形が大きく変わって、猫と同じ三角形のもふもふの耳が生えてきている。
そこも触っていいとキミが言ったので。
「うぉおふ……」
触られる方は、何やら予想外の感触らしい。触る方は、見たままの通り、もふもふのふわふわのふにゃふにゃで、尻尾と違う感触も、これはこれで最高。
「ぬ、ぬわ……これは、いけないぞ……ちょっといけないことに……」
「だめか? 尻尾よりも敏感なのかもしれないな。痛みとかに」
とは言うけど、やっぱりおれの手はなかなかキミのそこから離れきれない。大きな耳を指に挟んで指の腹で表面を撫でると、それはまるで上質な暖かいカシミヤのような手触りだ。
「痛くはない! が! しかしいけないことになってしまってからは手遅れ……に、なる!」
「そうか、残念だ」
キミがあんまり動揺するものだから、流石に申し訳なくなって手を離した。
耳を触っていた手は、そのまま首に回して緩く抱きつく。……あ、本当だ。うなじから背中の方にも、柔らかいもふもふが増えている。これはいつものタンクトップからはこぼれてしまうな。
「ふう」
キミがほっと一息つく。名残惜しいが、仕方ない。
「キスは、だめか? キスがしたかったな」
「キス? いいとも! もちろん!」
元気よく答えたキミが、きゅっと両目を閉じた。
あ、しまった。キミの猫の耳に……のつもりだったが、言葉足らずだった。でもいいか。もちろん唇へのキスも、欲しい。目を閉じてニコニコ笑って待っているキミは、最高に素敵だ。
そっと唇を重ねると、キミは猫のようにぺろりとおれの唇を舐めた。
でも猫の舌ってのは、もっと薄くてザラザラしているイメージだったな。キミの舌は分厚くて、デカくて、熱くて、ぬるぬるしている。おれの口の中に入ってくる。おれの中をこじ開けるような力強さで、それは舐めるというよりも、食べられているような、そんな気分にさえなってくる。そうして腕ではおれが動けないようにしっかり押え付ける。
やっぱりキミと猫のイメージは少しかけ離れているかもしれないな? それでもこんなにかわいい耳と尻尾が似合うんだから、さすがだ。