メイドじゃない日 我ながら、別に全く似合っていないと思う。鏡の前でポーズを取ろうとしたけど、ポーズを取りきる前に思わず一人で吹き出してしまった。
「ぷふっ」
どうにかこらえて、小声で。もうすぐデグダスが帰ってくる頃だから。あまり似合ってはいないけど、びっくりさせることはできそうだ。笑ってくれるかな?
「ただいま!」
ちょうど元気のいい声が玄関から聞こえてきて、おれは慌ててそっちへ向かった。
「デグダス、おかえり」
いや、この格好で言うならそれじゃないな。こういう場合は、と考えてやっぱり一人で照れる。が、それどころじゃない。着慣れない服で慌てて階段を降りると、足がもつれそうになる。
このひらひらと長いスカートは、走り回るのにはあまり向いてないんじゃないか? 足に絡まって動きにくいし、その割にはまるで下半身に何も履いていないみたいでスースーするし! さらに裾で揺れるフリルのせいで足元も見えない。
短いのにすればよかったか。でもなんとなく、キミは長い方が好きそうな気がするし。どちらにしろ今更だし。
階段で転んだら大惨事だ。どうにか踏ん張って転ばずに階段を降りきるものの、ドタバタととんでもない足音が家中に鳴り響く。
そしてそうやって転びそうになりながら階段を降りた先はすぐに玄関だ。
キミが目を白黒させておれを待っている。
「だっ、大丈夫かグランツ!?」
「あっ、えっ、えっと、お帰りなさい、旦那様」
「ええ!?」
その胸板にぶつかるまえに急ブレーキ。息が切れて気が動転して、さっきチラッと頭に浮かんだセリフを口走る。
しまった。やっぱりこんな服、似合ってもいないし……そもそもおれが何を着ていようと、それほど気にしてなさそうだし。それよりおれが転びそうだったことを心配してくれた!
喜んでいる場合じゃない。キミがポカンとして驚いている。驚かせるか笑わせるか、と思っていたのにこの反応はかなり恥ずかしい。冗談で通じないほど似合っていないのか?
「あの……デグダス? これはちょっとした冗談というか……」
「だ、旦那様? ……おれにこんなにかわいいお嫁さんが!?」
「え」
突然ガバッと、ギュッと抱きしめられる。力強い腕に抱き寄せられて、あっという間に視界にはキミの胸板しか見えない。採掘帰りの、泥と汗まみれのタンクトップ。目の荒い麻の布地は薄くて、すぐ向こうにキミの素肌を感じる。……ヤバい。
「もう一回言ってくれ」
「ん……だ、旦那様」
「うおおおお」
確かに、それも旦那様だ。確かに。確かにそうだけど! 自分で言い出しておきながら、気付くとさらに照れてしまう。
キミは感極まったように唸ってさらに腕に力を入れる。苦しい。が、それが気持ちいい。
「幸せにしてください! あっ違う逆だ、幸せにします!」
「ふ、はははっ! いま既にかなり幸せなんだが!」
「えっそうなのか!? じゃあそのまま幸せでいてください! ……ということなのか?」
「ああ、わかった」
そしてそのままひたすらにぎゅーっと、キミの腕と胸板に押しつぶされる。ずっとこのままがいいな。考えてたのとは違うけど、考えてたのより最高だ。
ただ……この服、どうしようか。キミにまじまじと見られる前に脱いで隠してしまいたい、が……。