サプライズ「すっかり暗くなってしまったなあ」
そう言いながら、キミは焚き火の前から立ち上がった。
「また採掘に出るのか? 今夜はひょっとすると雪でもちらつきそうだぜ」
「いやいや遠くには行かないぞ。おまえにご心配をかけるわけにはいかないからな」
「ああ、そうしてくれると嬉しい」
なにしろ夜の山は真っ暗だ。キミの採掘師としての勘がこんな暗闇なんかでどうにかなるはずがないとは思うが、暗闇の中でキミを待つのはおれが不安だ。行くなら、ついていくけど。
「ちょっとやることがあってな……これだこれだ」
「ん?」
テントの中に放り込んでいた荷物をゴソゴソと探っていたかと思うと、キミはすぐに焚き火の前に戻ってきた。揺れる火の灯りに照らされたそれは、いくつかの小さな宝石の原石だ。
昼の間に掘り当てたものだろうか。キミは手袋を外して、一つずつ摘んで火にかざす。磨かれていないそれらはまだ小さな輝きだけど、きっと素晴らしい石に違いない。
「うう、寒い。お昼は暑いくらいだったというのに」
「昼間はピッケルを振っていたからさ。ムリに今しなくてもいいんじゃないか?」
おれもキミの隣に移動して、石を持つキミの手を両手でそっと包み込んでみた。ひんやり冷たくなっている。今はずっと焚き火に当たっていたおれの手の方が温かいらしい。
「おおお、あたたかい……。すまんな。しかし今やらねば間に合わない!」
おれの顔を見てキミはにっこり笑ってくれた。その笑顔だけでおれには充分あたたかい。
とはいえこのままってわけにはいかないようで、キミはおれの手を優しくほどくと、小さな原石と、テントから持ってきた小さなバケツに水、それに布ヤスリを手に持って、原石をゆっくり削り始めた。
「帰ってからじゃ間に合わないか?」
「いつもならそうしていたところだが、すっかりうっかりしておりまして。……山を降りる頃にはクリスマスだろう?」
「ああ、そんな予定だな」
「それまでにすっかり形にしておきたいんだ。これに関しては、おれはあまり上手じゃないけれども」
指の先ほどの原石を布ヤスリで包んでくるくると磨く。最初は大胆に、原石の形に沿って削り、そこに隠された宝石がどんな表情を見せてくれるのかを探っていく。
「手伝おうか」
「む! それは魅力的な提案だ! ……しかしそれには及ばない。これはおれからのクリスマスプレゼントなのだからな」
「そうか、キミがやらなきゃ意味がないか」
「そういうことだ。今日は夜なべかもしれない! おまえは先にテントで寝てもいいんだぞ?」
「寝るならキミの隣がいい」
「んム」
キミの隣に座って焚き火に当たりながら、ちょっとだけ寄りかかる。このくらいなら邪魔にならないだろうか。少し探りながらだ。キミの大きな肩はおれが寄りかかったぐらいじゃびくともしない。キミが宝石を磨くリズムが伝わってくる。
石を磨いて、水につける。
「ひょわっ」
「あはは、冷たいだろ?」
バケツの水は当然、氷のように冷たいらしい。キミがぷるぷる震えるのにあわせて、寄りかかってるおれも震える。思わず吹き出してしまったが、それどころじゃないか。
石を握って濡れたキミの手を、さっきと同じように両手でそっと握った。
滴る水は、やっぱり氷みたいに冷たい。だけどゴツゴツして大きいキミの手は、その内側に熱が湧き出ているようだった。
「これは……生き返る!」
「はっはっは。じゃ、おれはこうしてキミのために焚き火で手を温めておこう」
「実に頼もしい」
キミは研磨を再開して、おれは焚き火の前に手をかざす。雪が振り始めたらこの作業は中止になってしまうからできれば今夜は晴れていて欲しい。
「これはロックのぶん、こっちのそっくりなのはロッタナで、これは新しい弟子のぶんで、それから……そしてこれはデグダスのぶんだ!」
「ぷっ、ははは! デグダスってキミのことじゃないか」
「あ! しまった! おれはおまえじゃなかった! ……いやいや。ええと、これはヒミツのぶんだ。びっくりしてもらう」
「ふふ。見なかったことにして寝てようか」
「ン、しかしまあ、削り出すまでは何が出てくるかはまだわからないからな。きっと充分びっくりできるぞ!」
「キミが掘り当てた石、どんな輝きなのか楽しみだ」
「期待できるのは間違いない。なにしろおれが掘ったのだ!」
力強く宣言するキミの手の中で、一つ目の原石が焚き火の眩しさを柔らかく反射し始めている。オレンジ色の結晶に、黒のインクルージョンが入っている。そら豆のようなカーブがかわいい形だ。そろそろ二つ目だろうか? それもきっといい石だ。やっぱりキミが採掘しただけはある。
最後の一つが楽しみすぎて、とても今夜は眠れそうにない。キミの冷えた手を温める仕事も残っているし。