ハンドクリームのおすそ分け「あ。しまった」
もう少しでなくなってしまいそうだ、と思って思い切り絞り出したチューブから、勢いよくハンドクリームが飛び出した。白く柔らかいクリームが手の上に飛び散る。
「どうした? おっ、わはは! それはいつものおまえの、珍しいうっかりだな!」
おれの手をひょいと覗き込んだキミが元気に笑いながらそんなことを言った。
「いつもの珍しい、って妙な言い方だな」
「おまえはいつでもしっかりしているが、ハンドクリームを絞り出すのだけは時々失敗する」
「……ん、欲張ってしまうんだ」
「むふふ。欲張るのはいいことだ。おまえの手はいつでもスベスベであってほしい! おれも欲張りだ」
「キミの手だってスベスベじゃないと」
「おう、いつものだな」
出しすぎたハンドクリームをおすそ分けに、とやっぱりいつもの調子でキミの手を取る。
何度もこれをやりすぎて、何も言わなくてもキミは手を差し出してくれるようになった。……と、いうことは、もしかしなくてもいつもわざと出しすぎているのがバレているのかもしれない。
お互い外から帰ってきて手を洗ったばかりだ。触れ合う手はひんやりと冷たい。でもキミの手は、さっきまで大地を相手にピッケルを振るっていたあの熱量の名残が、太くて大きい指の奥に感じられる気がする。
「グランツ、いつもありがとう!」
「あはは。採掘師の大事な商売道具だからな」
「ウンウン……しかしちょっと、照れくさいぞ」
向き合って、手を握りあって、見つめ合ったり照れて目をそらしたり。
キミの指に、自分の指をすり合わせる。手のひらも。分厚くて少し硬いキミの手のひらの指紋さえ、敏感に感じ取ってしまう。指と指の間も絡めあって爪の先まで指先でなぞって、形ぜんぶを知ろうとしてる。
もちろんこれは下心だ。だけどキミだって指を手を動かしてすり合わせて来るからソワソワする。でもキミには下心なんかないのかも、と思うと余計にだ。
いつもならこのあたりで、ハンドクリームは塗り終わっておしまいになるんだけど。
「今日はずいぶんぬるぬるするなぁ」
一向になくなる気配がない。いつもと違って本当に出しすぎたんだ。
……と言い訳するわけにもいかず。
ぬるぬると擦れ合う肌に、変な気持ちになってしまう。
「もう残り少ないと思ったんだ。それで思いっきりやってしまって」
「おれもときどきよくやってしまう! 歯磨き粉を出しすぎて口の中が泡だらけになったり」
「口の周りまで泡だらけのキミは、よく見かけるな。ふふ、あっはっはっは! 今朝のことを思い出してしまった!」
「次からグランツに歯磨き粉を絞ってもらおうかな? あ! いいことを思いついた! これは腕まで塗ればいいんだ!」
「わっ」
キミの手がスルリと動いて、手首を撫でて腕まくりしたところまで――。
「あははっ、くすぐったい!」
「ふっふっふっふっふ」
不意打ちだ。本当はくすぐったいなんて、それどころじゃない!