歯磨き後 そう広くもない洗面所だから、二人で並んでいるとギチギチだ。キミはとても大きいし、歯を磨いているとどうしても腕を動かすせいでその分幅を取りがちだ。
洗面台の前の鏡もほとんどいっぱいにキミが映っている。歯磨き中のキミの大きな口は泡だらけ。ニッと笑うように口を開いて、シャカシャカといい音を立てている。
口を濯ぐのも、順番。
「きれいに磨けたかい?」
「もちろんだ! 見てみるか? あーん」
「あっはは、真っ白でピカピカだ。おれの方はどうだ?」
別に毎日こうして確認しあっているわけではないが、たまには。口を大きく開くと歯磨き粉のミントで冷えた舌や唇がスースーする。覗き込んでいるキミの視線にも、ドキドキだ。
「きれいな歯だなぁ」
「ん」
キミの親指が急におれの上の八重歯を触って、思わずビクッと震えてしまった。少し濡れたキミの大きな指が、歯の表面をそっとこする。ゴツゴツして硬いキミの親指はとても大きいから、八重歯だけじゃなくおれの唇をそっと押し開ける。
ドキドキ、なんてそれどころじゃない。キミは「うーん」なんて言いながら真剣におれの口の中を覗き込んでいるわけだが。どんどん顔が近づいてきて、鼻と鼻がくっつきそうなぐらいだ。
キミの少し赤い鼻、かわいくて大好きだ。こっちからくっつけちゃおうか? でもキミは真面目におれの口の中をチェックしているらしいから、そんなよこしまなこと。
それにしてもキミの視線が向いているかと思うと、口の中、舌をぴくりとでも動かすのも恥ずかしい。――逆に意識しすぎて、舌がピクピク動いちゃってるような。
「て、てふはふ」
「ムム?」
助けを呼ぶような気持ちで、閉じれない口でキミの名前を呼んだ。するとキミは不思議そうに首を傾げ、それから……ちゅ、と。
「んん……」
大きく開いていたおれの口を、もっと大きなキミの口が塞いだ。
キミの熱い唇、熱い舌が……ミントの刺激で冷えていた口内をあっという間に熱くした。なんだかいつもよりたっぷり濡れているような気がする。口の中が、だ。もちろん。
でもやっぱり歯磨き直後のキスって、いつもと違う味がする。お互い同じ歯磨き粉を使ってるから、ミント味には変わりはないけど。
おれの口の中に入ってきたキミの舌は、今日はなんだか美味しいものを探しているみたいに口の中をまさぐって、厚い唇はもぐもぐとおれの口を食んだ。
「……ふぅ。……はっ!」
「んっ、ふはっ……あはは。結構激しかったな」
「しまっ……た! なにをしていたんだっけ!?」
「歯磨きのチェック、のはずだぜ」
「そ、そうだった……うっかり……」
「うっかり、キスしてくれたのか?」
いつの間にか腰に回されていたキミの腕にぐっと力がこもる。狭い洗面台の前で身体は密着して、背の高いキミと話をするに上目遣いで顔を覗き込まなければいけない。
「ううむ、おまえの口を見つめていると思わず」
「そんなうっかりなら大歓迎だ」
「しかしせっかく一緒に歯を磨いたばっかりじゃないか」
「おれもキミも口の中はピカピカだったろ? ならいくらキスしたっていい」
「む? それもそうか!」
「だろ? じゃ、もう一回」
「うむ。あ、ちょっとまってくれ。改めて……緊張してきたぞ……! グランツと、き、きき、キ、キスを!」
「さっきもしたじゃないか」
さっきもそうだし、いつもしてるんだがな? しかしキミはこんな冗談は言わないし、顔はゆでダコのように赤くなっているし、抱き寄せられてくっついた胸に耳を当てるとすごくドキドキしてる。どうやら本気だ。キミはいつだって、とても真剣だ!