疑惑のメッセージ 引っ切り無しに、というほどでもないのだが、書類をこなす合間合間にそれはやってくる。あらゆる仕事への集中力が切れるとも言えるし、ちょうどいい休憩になるとも言える。
どちらにしろ自分にとっては大事な商売道具だ。そのスマホが、また充電器の上で着信音を鳴らした。持ち上げて通知を確認する、と。
――今どっちが合鍵持ってる?
少々ドキッとした。というのも、画面に流れ込んできたメッセージが、予想外というか……非常に個人的な内容に見えたからだ。
うちの事務所のアイドルたちは非常に個性的だし、四九人も居る。社内で使っているSNSサービスのメッセージ機能で突拍子もない内容を送ってくるのは珍しくもない。しかも送り先の間違い、いわゆる誤爆というものもときには発生する。つまり自分宛ではない個性的なメッセージを意図せず見てしまう——ということも、事故としてあり得るわけだ。
しかしその内容。含まれているキーワードに心臓が跳ねた。”合鍵”というキーワードの印象に。
これはもちろん自分宛ではない。自分は誰の家の合鍵も所持していないし、そういう関係はない。いや事務所のどこかの扉の合鍵かもしれない。しかしその場合、送ってくる可能性があるのは山村さんか社長で、こんな形のメッセージでの確認になることはまずない。
つまり四九人のアイドルのうちの誰かが、誰かに渡した合鍵の行方を探している……しかも”どっちが”となると、その関係は二人以上とのものになる。
頭に過ぎったのは”スキャンダル”の文字。ここはアイドル事務所だ。今の所はそういった騒動とは無縁だが、もちろん今後も無縁であると信じているけれども、外部には当然それを狙う週刊誌なども存在するわけで。
通知に一瞬見えたメッセージでそこまで考えて充分に肝を冷やしてから、意を決してSNSの画面を開いた。届いた瞬間には内容のインパクトに目が奪われて、一体誰からのメッセージだったのかを見損ねた。これが一体誰からなのか、が問題だ。送り主によっては、もしかすると自分の予想していることなんか全くの的外れ、で済むかもしれない。
緑の画面に表示されたSNSアプリのロゴがいやに長く表示されたように思えた。やっと見えたメッセージルームの一覧に小さな丸の通知バッジ。それは予想と一番離れた場所だった。
詳しく見る前にルームを開く。先程の短いメッセージの下に、既読の文字が付く。
送り主は……道流さんだ。ほっと胸を撫で下ろした。というのも、その人物の顔を思い浮かべたとき、この誤爆メッセージの意味がすぐに察せられたからだ。
――自分は今日これから打ち上げに誘われたから、今夜もうちに来るなら二人で待ち合わせをして
次のメッセージが届いて、また続きが入力中。道流さんの入力スピードは速い。ぼーっと眺めていると、この誤爆を指摘もせずに眺めている状態になってしまう。
――送り先、間違えてませんか?
と、ともかく急いでメッセージを送った。一旦入力中の表示が止まる。かと思えば、すぐに連続してメッセージが届いた。
――師匠!?︎
――間違えました!漣とタケルのとこに送ったつもりだったんスけど
――そうだと思いました。
と言うのは半分嘘で、本当は送り主を確認するまでは大いに焦っていたのだが、それは保身のために秘密だ。
考えてみればなんてことはない、道流さんは漣さんとタケルさんの保護者のような存在だ。二人に自宅の合鍵を渡していたって何の不思議もない。それを合鍵というキーワードだけで、スキャンダルにまで結び付けるとは。疲れているのか、それともあまりに自分自身そういう話題に縁がなさすぎて、煩悩が溜まっているのか。
ともかく、これが道流さんからのメッセージとなれば何の不安もない。
――漣とタケル、今日は事務所に来てないッスよね
――来ていませんね。二人とも、別な現場ですよ。でもここのメッセージに気が付いたら返信が来るんじゃないでしょうか。
こちらの勝手な誤解も勝手に晴れたことだし、道流さんも誤爆に気にせず続きを送ってくる。このユニット用グループには漣さんもタケルさんも加わっているのだから、今二人がスマホを見る余裕がないとしても、そのうち返事があるだろう。内容としても、今の所はここに送って特に問題はないメッセージだ。自分だけは部外者だが。
――う
ほら。一文字だけの不可解なメッセージのあと、入力中のアニメーションが長い長い間表示される。今は休憩中なのだろうか、どこかで手のひらの上のスマホを睨みつけながら格闘している人物のことを想像し――恐らく道流さんも同じように想像しただろう――続きが届くのを待った。
――るせ
二文字だ。どう考えても入力中アニメーションが表示された時間と釣り合わないのが、とても彼らしい。
――すまんすまん。漣、うちの合鍵は持ってるか?今朝はどっちが後に家を出た?
――しらね
――じゃあタケルが持ってるか
――自分は帰りが遅くなるから、今日はタケルと待ち合わせをして来てくれ
――めんどくせそとでまつ
――駄目だ、夜は冷えるぞ?風邪でもひいたらどうするんだ
私がタケルさんから合鍵を預かって、漣さんにお渡ししましょうか。と提案を送ろうかと途中まで入力して、その前にタケルさんのスケジュールを確認しようと手帳を開いたところだった。
スマホのスピーカーからメッセージが届く音が鳴り、画面にもう一つ新しいアイコンが増える。
――今気が付いた。円城寺さん、すまない
――タケル、おつかれ
――急ぎの要件じゃないから大丈夫だ
――鍵は俺が持ってる
――現場、早く片付きそうだから、コイツも俺が回収しとくから安心してくれ
――そうか、それなら安心だ
どんどん流れていくやり取りを眺めながら、さっき送信しかけたメッセージを入力欄から消去した。漣さんからの返事が来ていないが、きっと異論はないということだろう。
――合鍵の扱い、はっきりさせとかないといつか本当になくしそうだな
――今朝は俺がちゃんと円城寺さんに連絡しておけばよかった
――コイツが起きるのを待っていたら時間に遅れそうで慌ててたんだ
――今朝はまたいつも以上に気持ちよさそうに寝てたからな
さてこの流れをどうしよう。当初予想していたスキャンダルとは異なる話に落ち着いたようではあるとはいえ、かなりプライベートな会話になってきた。もちろんアイドルたちのプライベートな会話を聞くことに大抵の場合問題があるわけではないのだが、ここまで来るともしかして自分がこのルームに入っていることを忘れられているのではないか、という気がする。そうなるとそれはそれで、盗み聞きのようで申し訳ない。
――もう一つ合鍵を作って、お二人に一つずつお渡しするのはどうでしょう?
その問題を解決するため、至極無難な問題解決策を送ることにした。これで存在を思い出してもらえるだろう。
入力中になっていたタケルさんと道流さんのアイコンが一度消える。これはいわゆる話の腰を折ったという状況かもしれないが、仕方がない。
少し間が開いてから、改めて道流さんからメッセージが届いた。
――いい案ッスね!師匠、ありがとうございます
――明日にでも仕事の合間に作りに行ってきます!
――いいのか?
――じゃ、自分は仕事に戻るんで
――タケルと漣も、また夜にな
まだ続きを入力中だったらしいタケルさんの返事を遮るように、道流さんが素早くメッセージを送り、会話は終了になったようだ。タケルさんの入力中は消えてしまったし、漣さんからは相変わらず返事はない。こちらのメッセージに既読が付いた様子からすると、一応見てはいるらしい。
ともかくこれで一旦スマホの通知は落ち着いた。そなるとまた、退屈な書類仕事に戻らなければいけない。