暑さのせいじゃない 夏って、よくないな。暑いのは嫌いじゃないけど。俺だけか、こんな焦ってるの……。
眠れない。このあいだ俺ははっきり言ったつもり、だ。返事は、まだ。なのにこんなに無防備、というかまるで少しも意識してないみたいに……。もしかして本気に取られてないってことなのか。
アパートの部屋は当然暗い。真夜中に目が覚めた。クーラーの風が涼しくて、きれいに洗濯された枕カバーやシーツの柔軟剤のにおいが心地いい。何よりもうずっと、何度も泊まりに来てる部屋だから、慣れた居心地の良さを感じる。だから、寝苦しいなんて感覚があるはずがないんだ。
ただ、俺が勝手に意識しちまって、眠れなくなってるだけだ。
余計なこと考えるぐらいなら、寝てたほうが楽なのに。寝返りも打てない。あっち向いたら円城寺さんが寝てるから。
夏は、よくない。円城寺さん、いくら暑いからってあんなゆるいタンクトップ一枚で……いや、俺だって似たような格好だし、円城寺さんは俺がどうとかじゃなくて前から寝る時はそういう格好みたいだし、そういやもっとだらしねー格好で寝てるヤツが円城寺さんのあっち側の隣で寝てるし。アイツは、何も考えてないんだろうな。もしかしたらアイツも俺と同じで、って思うときもあるけど、アイツの考えてることはよくわからない。でもあっちでアイツが寝てるかと思えば、こういう夜でも俺は間違いを起こせそうにないから、少し感謝している。
どうでもいいこと考えてたら熱くなっていた頭が少し冷めてきた。ただまずいことに、電気を消した天井ばかり見ていた目はこの暗さに完全に慣れてしまった。目、閉じて寝ればいいだけなのに、どこかムズムズしてそれができない。
少しぐらいならいいんじゃねーか。ちょっと寝返り打って、視界に入るぐらいなら。寝る前にだって見たし。円成寺さんが風呂上がってから布団に入るまで、全く見ないでいられるほど、この部屋は広くない。だから……完全に覚めた頭で、葛藤している。寝る前に見たの、結構鮮明に思い出してきた。
……早く寝ねーと。ずっとこんなこと考えてる場合じゃない。耐えて目を閉じよう、と決心した矢先、隣で円城寺さんがごろんと寝返りを打った。
思わずそっち見ちまったのは不可抗力だ。反射的にやっちまった。それより、思ったより円城寺さんが近くて、心臓が跳ねた。
横向いた円城寺さんの胸元に汗が滲んでいる。大きく開いたタンクトップの襟首から、胸の奥の方までかなり、見えている。横向いてるせいかすげぇ谷間があって、そこに汗が一粒浮かんでいる。頭ん中で想像してたよりずっと鮮明だ。汗が肌を伝って、流れ落ちそうだ。……ってのを、凝視している。目が離せない。
「タケル」
あ、と思って視線を上げた。円城寺さん、起きてる。
顔見てた方がマシだった。どこ見てたか、バレた。
円城寺さんが俺の名前を小声で呼んで、俺を見て笑ってる、その意味にまでは頭が追いつかない。
ただドキドキしてる。
「眠れないな。その、自分は結構意識してしまってるみたいだ」
円城寺さんの顔、赤くなってる。クーラー効いてて涼しい部屋だ。でも真っ暗で、いくらそれに目が慣れたからといって、俺の勘違い……かもしれない。
それでも今聞いた言葉は勘違いじゃない。
「円城寺さん、返事」
「しーっ」
円城寺さんが人差し指を自分の唇に押し当てた。そんだけのことが、エロく見える。これも暑いせいじゃない。
アイツの寝息がしっかり聞こえている。
「それはもう少し待ってくれ。今日はもう寝よう」
深夜だ。そうだ、そんな話をしてる場合じゃない。アイツの寝息が聞こえている。円城寺さんもまた目を閉じた。
夏、やっぱあんまりよくない。俺が一方的にそう思ってるってわけでもない、らしい。