本編から数年後。就職した夕介。


　丁夕介はカッターを握り締める。刃渡約十センチメートル。十分人を殺し得る長さだ。この狭い五畳半のワンルームに引っ越した時は、まさかこのカッターで他人の命を奪うことになるとは思ってもみなかった。

　夕介は人を殺したことがある。が、彼はその時のことをあまりよく覚えていない。どうやら夕介には別の人格があり、その人格が殺人を行ったらしい、と保護観察官には教えてもらった。
　加えて、裁判の直前まで夕介は自分の別の人格を認めておらず、全て自分のしたことだと主張していた、そして裁判の途中で別の人格が顔を出し、夕介ではなく自分が殺人を犯したと自供を始めた、と監察官は言っていた。
　夕介はその事件のほとんどを記憶していない。気がつくと自分を苦しめていた全ての要因が消えていて、まるで神様が気まぐれに自分を救ってくれたみたいだ、と思った。

春野伊吹について（文学百景ネタバレあり）春野伊吹について。

春の伊吹を感じさせる、爽やかで希望に満ちた作風が特徴。

人と自分の違いを受け入れる器の広さがある。ただそれは賛同とは違って、貴方は貴方だけど僕も僕だよね、ってスタンス。話はちゃんと最後まで聞いてくれるけど本当に聞くだけ。簡単に言えば頑固。
自己肯定感は高め。でもこれは自分大好き！ていうよりは、他人を否定しないのと同様に自分も否定していないだけ。自分の実力と本への愛には絶対的な自信がある。
自分の過去と罪について。多分作品を書かされることを受け入れたのは、家族を人質に取られていたとか何かしら理由があったと思う。自分の命可愛さに書きたくないものを書くような人間ではないと思う。著書が人の命を奪ったことについて、ごめんなさいごめんなさい……と思っているし、たまに夢に出てきてうなされたりする。でも普段の生活でずっと囚われているわけではない。過去に拘ることが無駄だって理性ではわかっているから。