【一場の春夢】首領の死で”梵天”は終わり、みなごく普通に解散した。
まるで、明日もオフィスで顔を合わせるかのような軽さ。オレ達らしい。
隠れ家へ移動しながら今後の身の振り方を考える。オレはどうしたモンか。
亡霊から解放された気持ちと長い夢から覚めた気持ちで頭がいっぱいだった。
使命や生きがいなんてご大層なモノが無くても、人は生きることができる。
オレはアイツらほど若くない。死にたくないから生きていた。
自分の才能だけを核とした生き方も、残された命を守り続ける生き方もできやしない。
あの兄弟はどうだろう。風のように自由で互いに縛られている二人。
二人なら大丈夫だろう。一人じゃないなら何とかなる。
アイツは、三途はどうだろう。マイキーの死後、一人行方が知れない。
──心酔する首領が死んだからアイツも後を追ったんじゃないか?
そう言われて確かにそうだな、と思った。我ながら薄情だ。弟なのに。
思えばオレといた時間よりもマイキーといた時間の方が多かっただろう。
王であるマイキーは孤高であるのが当然で、アイツはニッコリ笑って傍で生きていた。
マイキーがそう望んでいたのかもしれない。今となっては知るよしもないが。
オレはそれが酷く歪に感じて恐ろしかった。
頭が死んでも組織は動く。新しい頭になろうと動き出す。
オレよりデキのいいヤツらだ。心配は無用だろう。問題はオレだ。
寂れたパーキングに中古車を用意しているが、たどり着けるだろうか。
人気のない裏路地を急いでいると、突然ビルの隙間から声を掛けられる。
「明司武臣さんですよね」
「──ッ」
掛けられた声は問い掛けだったが、答えは求めていなかった。
オレを殴った男はチンピラ風でどこぞの吸収した組のヤツだろう。
デカい組織が潰れるのはデカい敵がいるからじゃない。腹から食い破られて終わる。
散々悪徳を積んだツケだ。どうしようもない。
デスクワークで衰えた身体は呆気なく殴り倒され、地面に転がった。
下卑た笑いを漏らしながら男はトドメを刺そうとナイフを手に屈む。
寝っ転がったままオレを殺そうとする男を見上げる。
死にたくはない。でも、酷く疲れて起き上がれなかった。
いつの間にか、チンピラの後ろにサンダルが見えた。
ジーパンを履いた長い足を辿って顔を視界に入れた途端、どうしてだか笑いが零れる。
「この後、ドライブでもどうだ?」
「? 何言ってンだ?」
「つまらねぇ場所だったらブッ殺すぞ」
「! グッ………」
三途は躊躇いなく手に持っていた酒瓶を振り下ろす。
身体を起こしたオレと入れ替わりにチンピラは地面に沈んだ。
遺体を隠すように室外機の影に押し込みながら、三途にルートを説明する。
「三途、ここから西通りへ──」
「春千夜って呼べ」
「…分かった。春千夜」
「……それでいい」
酒瓶を投げ捨てた春千夜はオレと目を合わせなかった。
二人並んで静かな路地裏を歩く。街の喧騒も遠くなった。
隣の頭を丸坊主にした春千夜を見て思う。薄汚れた蛍光灯の下でも脱色した髪はキラキラしていた。
「それにしても随分変わったな。パッと見お前だと気がつかないだろうよ」
「ずっと長いままだったからな」
「オレもイメチェンするか」
「テメェは白髪染めして髪を伸ばしゃいい」
「おいおい、それじゃ───うわっ」
「ワックスもいらねぇ」
突然、セットを崩される。崩した手は頭を離れてオレの右手首を掴んだ。
「行こう、タケ兄」
そう言ってオレの弟は泣いているような、不安そうなガキの顔で笑った。
※※※※
このあと臣が春千夜をぎゅっと抱きしめるか否かでEDが分岐します(大嘘)
悪夢にせよ吉夢にせよ、夢は終わったので二人でまた別の夢を見始める。
タイトル【一場の春夢】は人生の栄光や繁栄は、きわめて儚いということ 「一場」はほんの短い間。
春の夜にみる夢のように、すぐに消えてしまうということから