【夫婦motorsあれこれ】***しんおみ♀
そろそろ武臣用のツナギが届く。オレはエプロンでいいって言ったけど、武臣はツナギがいいらしい。
事故防止のためにサイズの合った作業服を着るのは当然だ。加えてぶかぶかのオレのツナギを着た武臣は可愛くてエッチだからしょうがない。人前とか絶対無理。
だからオレの店でエプロン姿で奥さんですよーってしてる武臣とはあと数日でお別れだ。
ま、オレは家に帰れば逢えるんですけど。悪ィな、ダンナ専用なんだわ。
「真、今日も店に残るのか?」
「おう。あとちょっとなんだ」
「間に合わせたい気持ちは分かるけど…最近ずっとじゃん」
「誕生日プレゼントだからな。遅れて渡すなんてダセェまね出来ねぇよ」
「わーったよ。夜食は?持ってこようか?」
「大丈夫。朝飯の方よろしく」
「オッケー。鍵閉めていくから」
「サンキュー。気をつけて──ン」
バイクと向き合っているオレに影が掛る。屈んだ武臣がキスしやすいように、横を向いて顔を上げてやった。
ようやく目を閉じなくてもキスをしてくれるようになった。人前では恥ずかしがってさせてくれないが。
自分の店を夫婦で切り盛り。弟達とバイク屋をやりたいと思っていたが、最初の従業員がヨメだなんて思ってもみなかった。家族も驚いていたし、オレが一番驚いている。
このバブが仕上がったら、二人でツーリングに行くか。万次郎はダチと走りに出るだろう。ホーク丸みてぇに引き摺ってこなきゃいいけどな。
緩む口をそのままに、スパナを握り直す。
───ああ、最高の未来だ!
***しんおみ♀
首元の絆創膏が皮膚を引っ張ってむず痒い。タダでさえ舐められ吸いつかれた肌はヒリヒリするのに。
朝から真を無視していたが、もういいだろう。怒りなんてとっくに消えている。あるのは気恥ずかしさだけ。
遊びに来ていたベンケイとワカにからかわれて唇を尖らせる真に近づく。あくまで仕事のフリをしてバインダーの影でキスをした。
ニヤけきった真の面にワカが口笛を吹いて、微笑ましくベンケイがオレ達を見ている時点で気が付いているンだろう。今も恥ずかしくて人前でキスが出来ないオレの頑張りを。
結婚式の時だって恥ずかしくて堪らなかった。浮かれた真はカメラの前でもお構いなしにキスをするから写真が残ってるし、ビデオも残ってる。
恥ずかしかったけれど、嫌だったワケじゃない。いつか二人でキスをしながら見返す時がくるのか、なんて───
思ってたよ。ソファーの上で一人膝を抱える。遺影のために写真を見て選んでいた。
一緒に選ぼうか、と涙を見せず気丈に振る舞う義弟の申し出を断った。だって、オレが出来る最期の贈り物だから。
───笑顔の真はオレの涙に濡れて泣いていた。
***ワカオミ♀
お揃いのツナギを着た夫婦。人の良さそうな兄ちゃんの面した店主がテッペンにまで登り詰めた族の元総長だと気が付くヤツは少ないだろう。
今だってニヤケ面してヨメの背中──尻を見つめている。うなじには絆創膏。昨夜はお楽しみのようで何より。
一方、魅力的な尻を持つヨメは顔も整っている。大きな傷痕が目を引くが、それが気にならない。魅力の一つだと思う。身内贔屓だと自分でも思うが。
口が悪くて顔に傷があって、族上がりだと誰もが気が付くだろう。気の良さそうな兄ちゃんに押し掛けた、と二人を知らないヤツらは思うんだろうナァ。
中々くっつかない二人に何度オレとベンケイが腹を立てたか。漕ぎ着けた結婚式で自分が視界がぼやけるタイプだなんて知らなかった。
嗅ぎ慣れた煙草の匂いを纏った女が肌を晒している。
特服やツナギ、痕を気にして長袖を着ていたからか、白い肌が黒い下着をより濃く浮かび上がらせた。
赤く腫れた目元が色っぽい。口煩い副総長時代によく泣いていたから、女の泣き顔は覚えている。
でも、こんなに男をそそる女じゃなかったハズだ。冷めた様に見えて頭に血が上りやすくて、喧嘩じゃ前に飛び出しては真の次に殴られていた。悔しそうに鼻水垂らして泣いていた、野暮ったい女。
分かっている。知らない振りをしていた。出逢った頃から二人は一緒だった。くっつけたのも吹っ切れたかったから。こんな形で手に入れたかったワケじゃない。
そう考えながら、オレの手はアイツの髪を梳いてキスをする。刺青だらけの肌に細い腕が回された。
「オレを許すな」
───真に、武臣にベンケイ、ガキだった頃のオレ。一体誰に向けた詫びなのか、もう考える気はなかった。
***ベンオミ♀
人が溢れる夜の街で見付けられたのは幸運だった。黒い噂が絶えないビルへ黒服に腕を引かれて連れて行かれるアイツを勢いのまま奪い去る。
武臣を担ぎ上げてビビった。見た目よりも軽かった。驚きに身体を止めるわけにもいかず、人混みを駆け抜けていく。
柄の悪い黒服を撒いて自分のアパートへ戻る途中、コンビニに寄った。繋いだ手を離すと武臣は座り込んでしまった。薄手のワンピースの上にスカジャンを被せて、そのまま駐車場で買い物を待たせる。
向き合うのが恐ろしかった。赤壁と呼ばれた不良が一人の女を恐れている。笑っちまうぜ。
オレの知っている武臣は、抱え上げると耳元でぎゃーすか騒いでオレの肩をバンバン叩いて自己表示するヤツだった。
マネキンみてぇにしおらしく抱えられて座り込む女じゃなかった。真一郎を亡くした時も大声で泣いた女だったのに。
手を引けば大人しく立ち上がってついてくる。掛ける言葉が分からなかった。
アパートの鍵を探していると、ビニール袋が揺れた。武臣が覗き込んだらしい。人らしさを感じてホッとする。
部屋に通して机にビールとツマミを並べていると、腹に白い腕が回されて背中に低い体温と湿った熱を感じた。
オイルの臭いが染み付いてとれない、と愚痴っていた武臣。背後の武臣からは甘ったるい花の香りが漂ってくる。
オレは振り返らなかった。ただ、回された手を握りしめた。
ワカが見たら意気地なしと嗤うだろうか。真一郎がいたらオレをブッ飛ばしてくれるだろうか。
───ブッ飛ばしてほしかった。ダチだったのに、女としてコイツから目が離せないオレを。
***マイオミ♀
最初に会った時は男女だった。髪の毛は短かったし、Tシャツは地味でスカートなんて履いていなかった。
オレを置いてシンイチローを連れてくからあんまり好きじゃなかった。チビとかうっせーし。
髪の毛は伸びたけど、特服ばっかで、いつの間にか顔に大きな傷が出来ていた。シンイチローが傷を見る度に怖い顔をしていたっけ。
族を解散したあとも変わらず家にいて、春千夜と騒げばすぐ怒ってきた。あと千壽を置いてくなって怒ってたな。
結婚式で真っ白いドレス着て真っ赤な口紅してたくせに、シンイチローと一緒に笑いながらボロボロ泣いていた。
じいちゃんとエマ、春千夜に千壽も笑って泣いてたけど、オレは泣かなかった。家族が増えたっていってもタケ姉はよく家に来てメシを食べて泊まっていたから。
実感が湧かなかったのかもしれない。
この人は義姉なんだ、と思ったのは、この人がスカート履いて髪を結んでエプロン姿で台所に立っていた時。
母ちゃんの居場所にタケ姉が立っていた時、オレは理解した。この人の特別はオレじゃない。ずっと兄貴なんだって。
思えば父ちゃんを話す時の母ちゃんのような”笑顔”でシンイチローの傍にいた。その顔が好きだった。ダセェよな。気がつくの遅すぎ。すげぇ泣きたい気分になった。
そのまま思い出になってほしかった。オレの中にあるキレーなモンとして変わらないでほしかった。
兄貴のバブがオレのモンになって、タケ姉とツーリングしようと思った。
そしたらちょっとは元気出るかもしれないじゃん。そう思ってタケ姉のバイクも整備しといてやろうとツナギ着て店に籠もってた。
そうしたら、あの人オレに”笑顔”を見せたんだ。バカだよな、いくら兄弟でも十も歳離れてるし、オレは金髪で体格だって違うのに。
───オレの傍にいることで”笑顔”になれるなら、オレがその”笑顔”を守るよ。
***サンオミ♀
義理の兄が死んだ。出来た人だった。クソ姉貴には勿体ない人だった。
その人はオレにも優しくて、怒ってばかりの姉貴とは大違いだった。
同時に狡い人だった。姉貴と遊んでいると、バイクに乗って姉貴を遊びに誘いに来ては姉貴を連れて行ってしまった。
姉貴と出掛ける時は大体あの人の家だった。二人でお喋りして、オレ達と一緒に遊ぶことはなかった。
あの人と結婚する前、姉貴と妹とオレの三人で遊園地に行った。相変わらず落ち着きのない妹のせいでオレは怒られるけど、一緒に乗り物に乗って遊んだし、ハンバーガーで口の周りを汚しても怒ったあと笑って許してくれた。
とっても楽しかった。遊園地から帰りたくなかった。けれども遊び疲れた妹は寝てしまい、オレも眠くて限界だった。
姉貴は寝てしまった妹を背負い、オレが寝ないように怒りながら家に帰ってその日は終わってしまった。
義理の兄が死んでから、オレ達の関係は変わった。
姉貴は遠くを見てはフラフラと動き回り、オレが姉貴を怒るようになった。騒がしい妹はガキの頃のオレのように大人しくなった。
乱れた黒髪に櫛を入れて梳かす。荒れた肌にクリームを塗る。今日も今日とて、この女は目を開けて夢を見ている。
昔から呼んでいたのに、姉貴は振り返ってくれなかった。あの人が姉貴の視線の先にいたから。
───もういないのにどうして、どうしてオレ見てくれないの
※※※※
全ては繋がっているかもしれないし、別の世界線の出来事かもしれない。
リーパーマンジロ、トリガー♀臣で塗りつぶされる過去と未来かもしれない。
マンジロとンズがリーパーとトリガーになったら地獄は確約される。
しんおみ♀:ご祝儀を受け取れェエエ!!!(妖怪ご祝儀贈り)
ダチの期間が長すぎて夫婦になっても初々しい。しかし普段の距離感は熟年の夫婦のそれで周りがバグを起こす。
絶対バイト先のツナギでセッ…はしている。でも自分の店のツナギはまた格別なので着てください!この通り!!!そしてセッ…をする。でもエプロンはエッチ界のカレーだよね、とセッ…する二人がいる。
ワカオミ♀:見ない振りをしていた恋心が誤魔化せなくなった大人。
二人の幸せを願ったのは嘘じゃない。でも全てではなかった。許さないでほしい。だがら、無かったことにはさせない。
ベンオミ♀:純粋にダチを心配していた。再び出遭うまでは。
助け出したこと、助けていくことに後悔はない。あるのは自分に燻る欲を知ってなお消せないことへの懺悔。
マイオミ♀:もう少し大人のマイだったら原作のように一歩引いて、手を出すことは我慢したかもしれない。初恋と母性を求める気持ちと絶対的な柱を喪ったことに耐えきれなかった。
※キッチンに立つオミを初めて見たから…ではなく、兄のダチだったヤツが女(母)の格好をしてキッチンに立ったことがきっかけ。タケ姉!と呼んでいたけど幼いマイにとっての特別な女性はお母さんだったので女とは意識していなかった。でもお母さんと似た特別な”笑顔”は好きだった。
♀オミは女らしさに反発するけど、女はこういうモンという固定概念を持ってもいるので真のために料理するし、手伝う。
サンオミ♀:昔から自分を見てくれなかった姉、妹が歩き回るようになってから自分に怒るようになった姉。そんな姉に代わって優しい義兄。亡くなって悲しい。尊敬する友人の兄で自分を見てくれた義兄だから当然のはず……それでも心の何処かで安堵したのは誰にも内緒。
真兄と呼ぶには姉に執着しているのでこのンズは呼ばない。家族になるには時間が足りなかった。
遺された姉が放って置けない。家族だから。姉は怒ることもなくなったが、笑うこともなくなった。それなのに泣くので煩わしい。手を握っているのはオレなのに。髪を整えているのはオレなのに。呼んでいるのはオレなのに、どうしてこっちを見てくれないの。