【ウィスキー・フロート】酒の香りを邪魔しない無香料のジェルを掌に伸ばし、後ろに髪を撫でつけた。
髭のそり残しはなし。白いワイシャツにネクタイが映えている。
顔に走る傷のせいで爽やかとは世辞にも言い難いが、鏡に映るのは一端の社会人の面構えだ。
そういやダチの弟がこの髪型にケチをつけてくるが何なんだ、一体。
「若作りしたら?」とかオレはまだ二十代だろうが。ガキが何考えてンのかサッパリ分からねぇ。
オレは水商売に手を出した。といっても女はつけねぇ。ただのバーだ。
水商売に注ぎ込んで借金で死にかけるハメになったのに、喉元を過ぎれば何とやら。
収入が不安定な商売だが、不思議と反対するヤツらはいなかった。
「武臣は夜の男なんだろ」
「酒瓶に囲まれてンの、よく似合ってるぜ」
「今更武臣にリーマンなんて無理だワ」
最後のは褒め言葉として受け取っておこう。腹が立つが、悔しいほどに事実だった。
かつての仲間はバイク屋にジムトレーナー。地道に真っ当に生きていた。
オレといえば過去の栄光を食い潰して地面を這いずり回り、死なないように生きていた。
そんな毎日生きるので精一杯だったオレが、この店を始めることを誰もバカにしなかった。
真やワカ達のようにオレもテメェの場所が欲しかったんだろう。
彼らのような陽だまりではないが、暗がりで薄暗い灯りに安らぎを覚えるヤツが集まる場所。
──そんな営業前のオレの城へガキ共が眼鏡片手に遊びに来ていた。
「というワケでコレですよ!」
「どういうワケだ」
「やっぱさ、傷がイチゲンサンバイバイを呼んでると思うんだよ」
「まぁ、そうかもな」
「だからタケ兄が眼鏡掛ければ解決する」
「マジで言ってンのか?」
「マイキーが言ってンだからマジだろ」
マイキーは真に似て一度決めた事には頑固だ。興奮冷めやらぬ手から眼鏡を受け取って掛けてみる。
「ハァ…オラ、どうだ?」
「傷より眼鏡が目立ってマシになってる!」
「そうかぁ?」
壁の姿見を覗くと、確かに黒縁が印象に残って傷に目が行きにくい……か?
「その眼鏡オレ達からのカイキイワイだから!」
「それを言うなら開店祝いだろ」
「もう店開いて半年経ってンだが…ありがとな、お前ら──」
「タケ兄、ジュース頂戴~シンイチローにツケでよろしく」
「ダメだよマイキーくん! 冷蔵庫開けたら!」
「──って勝手に奥に入るな!」
***
BAR-BD-には眼鏡を掛けた顔に傷のあるマスターがいる。
概ねカタギには見えないが、店の空気は悪くない。
ネオンの看板に惹かれる客にはマスターの過去よりも店の居心地の良さが重要だ。
カウンターでは常連客がマスターと語らっている。
女運がないことを嘆く男にそれを猫のようにからかう男、しょぼくれた肩を叩いて励ます男が楽しげにグラスを空けていた。
夜が更ければ、マスターの弟が友人を連れて遊びに来るだろう。
※※※※
真が昼間の溜まり場になるなら臣は夜の溜まり場になってよ!から生まれた妄想。
あと某如く7の冷麺さん(仮)が滅茶苦茶格好良くてな…
借金苦にはなっているので27~8歳くらいでお店をスタート(それでも凄いんだけどね)
ノウハウ知ってそうなので目標があれば無駄なく動けそうなイメージある。あと覚悟。
真の店に居たいけど、今のオレには居心地が悪い(自業自得)
だったら、自分の場所を持とう。そこに来てもらうかって発想。
お金は真達から借りろ、臣。銀行の融資はまず無理だよ、臣。助成金を上手く使え、臣。資格と届け出を抜かるな、臣。酒屋をやってる後輩にナシつけろ、臣。真にいい店舗紹介して貰え、臣。オレにベルベット・ハンマーを作って、臣。
うろ覚えですが、マツコさんが今から他の仕事するとなったら、知り合いに頼んででも(雇われでも)ママになるわ、とTVで仰っていたので、臣もそういうタイプだろうな、と。名誉や贅沢を知ってしまったら、会社勤めとか出来なさそうだな~と。なのでバーの店長でマスター。小さいバーを城としてくれ。従業員は雇うな。揉める。
眼鏡持って遊びに来たのはマイバジチヨとミッチです。
最初に眼鏡の可能性に気が付いたバジさんが発案してマイは面白がって採用して、マイが言うならそうなんだろ系男子のチヨが異を唱えることなく、止められないミッチもソレはありかも!と思って突撃した。
マイは”あった未来”を思い出すので、タケ兄には髪型を変えてもらいたいとちょっと思ってる。
ネクタイは弟妹からのプレゼント。妹に任せたらえげつない柄を選んできたので、次男が選んだ…が次男もヤンキーセンスなのでド派手。通りすがりの三ツ谷が最終的に選んだ物になった(ありがとう三ツ谷くん)
開店から居座る初代に成人してお客としてお店に遊びに来るマイキー達。これも幸せの形。
店にはミントアイスと癖の少ないチーズも置いてあるかもね。
初代からするとタダでさえアダルティな臣がon眼鏡することで更にアダルティになるので、常に店に初代の誰かしら居座ることになる。→初見さんバイバイ。
たまに客に付き合って酒を飲むが、ハメを外して崩れた前髪に眼鏡、緩んだ目元に赤い頬、だらしなく開いたYシャツというコンボを決めるマスター臣。オレ、シャンパン入れます。コールよろしく(フルボッコだドンッ!)
もしかしたらこの臣はある店でボーイとして働いていた過去があるかもしれない。そして裏社会の王を目指すブラジルの男が通っていた店かもしれない。気に入っていたボーイの独り立ちに祝いの花を持って訪れるかもしれない(願望)
タイトルの【ウイスキー・フロート】のカクテル言葉は「楽しい関係」