【お前に似てる】「へぇ。格好いいじゃん」
繁華街の賑わいが消えて、その声だけがオレの耳に届いた。
「は?」
「真? 信号変わったぜ?」
「あ、あぁ」
人波に押されて交差点を渡りながら、楽しそうに競馬の話をする武臣に相槌を打つ。
真っ白な頭で口から溢れでないように必死だった。なんで”あの男”のこと褒めてンだよ、と。
事の始まりは、馴染みの飲み屋に移動している時だった。
交差点で武臣を見つけて声を掛け、長い信号を二人で待つ。
巨大な広告のスクリーン前は妙に女の子が多くて、疑問に思っていたら俳優の男が出てきて映画の宣伝をし始めた。
すらりとした男で背も高そうだ。黒髪で眼鏡を掛けていて、男が喋る度に女の子達がキャーキャー騒ぐ。
イマドキはあんなタイプがモテるのかね、と少々僻みながら武臣に話し掛けようとしたら───
『へぇ。格好いいじゃん』
──格好いいじゃん。褒め言葉だ。あの武臣が男を褒めている。
グラビアや女優を褒める言葉はあっても、俳優やメンズモデルを褒めたことがない武臣が、褒めている。
顔の良い弟や妹を持つ武臣は容姿にうるさい。興味の無い男を褒めることなんてマジでない。
それが、巨大な画面に映った”あの男”を『格好いい』と言った。どうして。
そのまま武臣に聞く機会を逃し、近くの実家に帰った。
翌日、二日酔いで死んでいたオレは、まず”あの男”を知ることにした。
「エマ、ちょっといいか?」
「何? ってお酒臭い! シャワーぐらい浴びてよ!」
「悪い悪い。後で入るから」
「もう! ──それで?」
「お前、今やってるヤンキー映画の俳優知ってる?」
「全員は知らないけど…どうして?」
「ちょっとな。えーっと黒髪で眼鏡の…」
「あ~高○■○? 確か今日の番組欄に名前が……あった! この人だよ」
「ふーん」
「映画の宣伝で最近TVによく出てるよ」
「高○■○ね…夜のバラエティに出ンのか」
「急にどうしたの? 俳優なんて興味無かったじゃん」
「んん、まあアレだよ…エマはコイツどう思う?」
「ウチ? 格好いいと思うよ。イケメンだし、私服もお洒落で」
「イケメン…オシャレ…」
「でもウチはケンちゃんに似てる山田○○クンの方が──」
「サンキュー、シャワー浴びてくる」
「も~変な真兄」
敵情視察だ。夜のバラエティ番組にチャンネルを合わせると、画面の上で笑う姿が映っていた。
芸人達のネタで歯を見せて笑っている。もう一人俳優がいたが、ソッチは何となく万次郎に似ている気がする。
大人になったらこんな感じになるのかもなぁ。芸人のネタをフツーに見て笑っていたら”あの男”がアップで映った。
映画の宣伝をする”あの男”は人当たりが良さそうで歯が白くて綺麗なヤツだった。
まあ、清潔感って大事だよな。いつもより丁寧に歯を磨く。
鏡の前で”あの男”のような笑顔をしてみたら、風呂から出たイザナに気味悪ィと吐き捨てられた。泣くぞ。
あとはオシャレか。オレのダチでオシャレと言えばワカだが、割と…いや大分尖っているからなぁ。
あのセンスがオレに似合うか分からねぇ。服屋の店員に聞くのが安パイか。
休日に服を買いに出掛けると、駅からうなだれた武臣が出てきた。
「おい! 武臣!」
「あ? 真~! 聞いてくれよ~!」
「おう」
「△△-■■が今期調子良くてさ~」
「絶対差しきってゴールすると思ったのによぉ」
どうやら、この前話していた大穴が負けたらしい。
この様子じゃ晩飯代どころか家賃も注ぎ込んでいるかも。
今日の財布はいつもより多めに札が入っている。
服選びは今度でいいか。ひもじそうな武臣に飯を食わせてやるのが先だ。
「負けちまった武臣くんに飯奢ってやるよ」
「マジか! 流石真だぜ! 倍にして返すからな」
「ギャンブルはほどほどにしとけ」
「今回はマジで勝つ流れだった」
「負けてンだよなぁ」
「そういや、今日はバブじゃねぇの?」
「…まあな。駅ナカぶらつこうと思って、歩き」
「ふーん」
「あ! 飯の前に映画でも観るか? あのヤンキー映画!」
「ハァ? 別に構わねぇけど…なんでヤンキー映画?」
首を傾げる武臣に映画広告の”あの男”を指さして答える。
「えっ…だってあの俳優格好いいって武臣が…」
「そうだっけ? 覚えてねぇわ」
「ヘーソウナンダ。覚エテナインダー」
覚えてねぇのかよ。闘志燃やしたオレがバカみてぇじゃねぇか。
そんな男心を知らずに”あの男”を見た武臣が、オレの顔を覗き込む。
「…ああ、でも──」
****
ファミレスでの女子会は流行のドラマから好きな男の子の話まで話題が盛りだくさんだ。
しかし、ちょっと気になっていることを親友に聞いてみた。
「なんか真兄がさ、俳優の高○■○のこと気にしてるみたい」
「俳優さん?」
「そ。やっぱモテたいのかなぁ」
「あの俳優さんって真一郎さんに似てるよね」
「ヒナもそう思う? ウチも思うけどなー」
「けど?」
「親父臭いのとダサいとこ直したら、真兄もあれくらいイケてると思うの」
「ふふふ、でもそんなところも好きなんでしょ?」
「まあね」
※※※※
じっしゃ版の自分に嫉妬する真。
臣は真に似ているから高○格好いいじゃん、と思っただけ(伏せ文字が役に立っていない)
臣のマイボスマイヒーローは真だから心配するな。それはそれとして金稼ぐ為に別のヤツの下につく可能性あり(最低)
このお話の二人は二十五歳くらいでお送りしています。
現在だとエマが嫁いで家にいないし、四十三歳が俳優に嫉妬するのはちょっとアレかなぁ、と。