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    Szme_me

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    初期のバレンタイン 途中まで⚰️💉

    二月十四日。バレンタイン。

    今年もまた、この荘園はどこもかしこも甘い香りで満ちている。
    そんな多くの義理と少しの本命が入り交じるこの日、一際甘い一室にふたりはいた。
    「先生、まだですか?」
    「まあ! まだ五分しか経ってないわよ!」
    シンクの台に置いたタイマーはさっき押したばかりだ。彼もそれを知っているのに─押した張本人だというのに、なにを言っているのだろう。
    「もう…そんなにすぐは出来上がらないんだから」
    「それは、分かってるんですけど……」
    くす、と微笑めば彼はがっくり肩を落とす。珍しく幼子じみた様子がちょっと…いや、だいぶかわいい。
    (こんなこと言ったら「子ども扱いして!」なんて拗ねてしまうから言えないわね)
    作っているのはガトーショコラだ。
    なにを隠そう、本命用。勿論宛先はイソップ・カール─去年のこの日、私のこ、こい、…こいび、こ、恋人……になった納棺師である。
    そんな彼に本命以外、渡すものがあるはずない。のだけれど─去年と違うのは箱も包装紙すらも用を成さないというところだ。
    (まあ、去年は自分で箱を開けちゃったんだけど)
    だからこそ今年は気合いをいれなきゃ、と早めに注文を済ませていた。人の居ない隙間の時間を狙って、ナイチンゲールさんにこっそりと。それこそ年が明けてすぐ、彼にバレンタインの話題を出す前に。
    (だから、素敵なものを用意できた…と、思っていたんだけど…)
    シルバーの光沢滑らかなリボンと落ち着きのあるグレーの包装紙。
    …それから。
    我ながら浮かれすぎていたかもしれない。今はそう反省している箱。
    なにを作っても大体入れてしまえそうね、と選んでしまったハートの深型は確かに菓子用ではあったが存外しっかりとした造りだった。ビロードのような手触りで高級感もある。きっと小物を仕舞うにぴったりだろう。…彼がハート型を好んで使うかは置いておけば、だが。
    (だけど無理ね、今回は…)
    せっかく用意したんだけど…、と思わず溜め息を吐きそうになる。が、ゆるゆると首を振り吐息を逃がした。
    すぐ近くにいる彼に、その気落ちを悟られるわけにはいかなかったから。
    全ては、その彼本人の「箱も包装紙もなにも要りませんから」という言葉から始まったことだった。

    ─話は一月前に遡る。
    年越しを盛大な花火で祝い、ややもすれば二月という頃。すっかり当たり前となったティータイムの折りに軽い気持ちで聞いたのだ。バレンタインにはなにがいいかしら、と。
    「ん…、なんでもいいんですか?」
    「私に作れるものなら」
    だけどあまり大袈裟なものは期待しないでね、と一言添えれば手にしたカップに視線を落とす。ゆらゆらと、揺れる水面をじいっと見つめてついには考え込んでしまった。
    (去年はトリュフチョコレートだったから今年は違うのがいいって言うかしら)
    なんとなくいくつか見当をつけてもみるが、決めるのは彼だ。
    もしもまたあのトリュフが良いと言うならまた作るだけ。むしろ、去年たくさん作っただけあって丸めるのは上達したぐらいだ。
    ─あの日あのあと、これでもかというほど作らされた記憶はまだ新しい。このトリュフは全部僕のです、と頬張っていたけれど最後には甘さに負けて半日寝込んでしまった姿も。
    (そういえば、元々用意していたものもだけど…寝込んでいる間に残ったトリュフをみんなに配ったときは…)
    先生が作ったものですから、先生の思うようにすべきですけど。
    なんて言いながらもちょこっとだけ眉間に皺を寄せていたらしい。「なかなか複雑そうな顔でしたよ」と言っていたのは翌日のイライさんだ。どうしてかしら、と首を傾げれば「先生も悪い人だなあ」と盛大に笑われたけど。
    (…イソップくんの淹れてくれた紅茶、今日も美味しい)
    そろそろ考えはまとまったろうかと見やるが、まだまだカップとのにらめっこは継続中らしい。
    去年のことを思い出しながら、紅茶を一口、ゆっくり返答を待つ。
    まあ、別段急かす内容でもない。イソップくんの望むままにバレンタインを過ごせればそれでいいのだ。
    茶器の音が小さく響くだけの空間。最初はどぎまぎして身が持たなかったが、今ではすっかり無言も心地好い。
    そうして、長い長いにらめっこを終えた彼はぽそり、呟いた。
    「先生が…、貴女が僕に作ってくれるものをその場で一緒に食べたい。箱も包装もなにも要りませんから、ただ貴女と一緒に」
    「一緒に食べる、って…」
    そんなことでいいの、と拍子抜けして思わず聞き返してしまった。しかし、こっくりと頷きだけ返す彼は至って真面目な顔である。
    「分かった。勿論いいわよ」
    そう答えた私に手のひらを差し出しながら微笑みと共に落ちたのは「嬉しい」と喜色を隠しきれない小さな呟き。
    「ふふ。ねえ、なにが食べたい?」
    手に手を重ね、指先で擽りあう。笑って問えば、寸の間考えた彼は「ケーキがいいです」と答えた。
    「なんでしたっけ…、なんとかショコラ。…あまり大きくなくていいので…」
    そして許されるなら、作っている姿もずっと見ていたい。そんな言葉を頬をぽりぽり掻きながら、はにかんで付け加える。
    「見ていたい、って…あなたがずっと一緒に居るってことよね…?」
    「はい、ちゃんとお手伝いもします」
    だめでしょうか、と聞く彼の伏せた目に……頷く以外の選択肢は私にはなかった。
    そうしてこっそり始めたのはケーキ作りの練習だ。彼御所望のなんとかショコラ─つまりガトーショコラの。レシピ通りにするだけじゃない、と去年同様チョコレートの匂いにつられてやってきたツェレには呆れ、そして飽きた顔で言われたが菓子作りとはそう簡単ではない。そも、私は作ることは好きだけれど得意ではないのだ。いざ本番で失敗したら目も当てられない!
    ─それでもきっと、彼は美味しいと食べてくれる。そう分かるぐらいにはこの一年の間にたくさん心を交わしてきたけれど。
    しかし、それと同じぐらい箱も包装もないバレンタインギフトを二年連続だなんて本当にいいのかしら、と小さな不安が胸を渦巻いているのも確かだった。
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    Szme_me

    MAIKING先生の誕生日話だったやつ今夜、訪ねてもいいですか。

    エミリーがそう尋ねられたのは試合の真っ最中だった。
    「訪ねて…って…」
    すぐ隣にいるのは最後の一台を淡々と解読している納棺師。言葉を発した彼だ。
    空軍が上手く引き付けているおかげで通電までは難なく運べそうだった。もうひとりのメンバーである探鉱者には先に反対側のゲートで待機してもらっている。
    だから、たまたま近場に居たふたりで最後を回していたところだったのだけれど。
    「え、っと……」
    真意を測りかねて、返答に詰まってしまった。しかし、がたんばたんと暗号機を揺らしている姿は先ほどの言葉などまるでなかったかのよう。視線のひとつもくれやしない。真剣な眼差しで黙々と取り組んでいる。
    (もしかして空耳だったのかしら?)
    変に期待しちゃって恥ずかしい、と少し赤くなった顔を下げ、エミリーは口を結ぶ。
    (試合中なのになんてこと。集中しなきゃ!)
    最後の一台というのはとても緊張する。それまでが例えどんなに順調でも、一歩間違えれば形勢は一気に傾いてしまう。…マーサが頑張ってくれている分も、誤るわけにはいかない。
    「イソップくん、最後は」
    私がするからあなたもゲートへ、など皆まで 3357

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