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    Szme_me

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    先生の誕生日話だったやつ

    今夜、訪ねてもいいですか。

    エミリーがそう尋ねられたのは試合の真っ最中だった。
    「訪ねて…って…」
    すぐ隣にいるのは最後の一台を淡々と解読している納棺師。言葉を発した彼だ。
    空軍が上手く引き付けているおかげで通電までは難なく運べそうだった。もうひとりのメンバーである探鉱者には先に反対側のゲートで待機してもらっている。
    だから、たまたま近場に居たふたりで最後を回していたところだったのだけれど。
    「え、っと……」
    真意を測りかねて、返答に詰まってしまった。しかし、がたんばたんと暗号機を揺らしている姿は先ほどの言葉などまるでなかったかのよう。視線のひとつもくれやしない。真剣な眼差しで黙々と取り組んでいる。
    (もしかして空耳だったのかしら?)
    変に期待しちゃって恥ずかしい、と少し赤くなった顔を下げ、エミリーは口を結ぶ。
    (試合中なのになんてこと。集中しなきゃ!)
    最後の一台というのはとても緊張する。それまでが例えどんなに順調でも、一歩間違えれば形勢は一気に傾いてしまう。…マーサが頑張ってくれている分も、誤るわけにはいかない。
    「イソップくん、最後は」
    私がするからあなたもゲートへ、など皆まで言わずとも察した彼は暗号機からすっと身を引いた。エミリーの顔をじっと見つめ、やはり無言のまま駆け出していく。
    (うん、空耳ね、あれは)
    離れ行く後ろ姿は実にあっさりとしていた。それもそうだろう、なんせ今は真面目な試合中なのだから。
    どうしてあんな聞き間違いをしてしまったのだろうと苦笑する。イソップかエミリーか、どちらかが翌朝に試合を控えている日は部屋の行き来は控えましょうと最初に提案したのは己なのに。
    (イソップくんが来ると、ついつい話し込んじゃって寝るのも惜しく思っちゃうから…)
    しかし寝不足のままで試合に出るわけにはいかない。し、出させるわけにもいかない。特に自分は運動が不得手だ。出来ることといえば誰よりも素早く的確な治療。そのためにも怪我人やハンターの位置は常に把握しておかなければならない。
    (そんな私が欠伸を堪えて試合に出るなんて、以ての外だわ)
    そうして、暗号機の最後の調整を行う。あと一度触れれば途端に通電するだろう、というところでほっと息を吐いたと同時にマーサから急ぎのチャットが入った。
    「“ハンターが目標を変えた”………!?」
    読み上げた瞬間、飛んできたのは黒い傘。現れたのは長身の黒い男─白黒無常の片方、黒無常だった。
    暗号機から離れようと地を蹴った足はしかし、無情な鈴に捕まってしまう。
    「く、ぅ……ッ!」
    くわん、と響く鈴の音に目が回り、よろけた体を傘が突く。鋭い一撃に背中が痛んだ。けれど、このまま地べたに伏せることはできない。…最後は、このまま!
    「みんな、お願い……っ!」
    よろめく体を叱咤して、暗号機に手の平を叩きつける。途端、湖景村全域に通電のサイレンが鳴り響いた。…そして、体の痛みが引くと共に後ろで爛々と輝きを点した赤い眼差し。
    (瞬間移動じゃないから三人逃げるチャンスは十分あるわ!)
    つい先ほどのマーサとのチェイスで耳馴染みのある鬼没音は聞こえたが、特質の変更をした気配はない。
    幸い、今日のエミリーは倒した板や窓枠を越えることで速さに弾みがつくようにしていた。
    解錠までに少しでも時間を稼がなくては、と駆け出すが相手も手慣れたもの。エミリーの背後から鈴を鳴らし、魂を吸い、着実に仕留めにかかる。
    (も、もうだめ…!)
    たくさんの白無常に囲まれ、一瞬怯んだ隙を狙われてしまった。焼きつくような痛みが体を走り、とうとう地に伏せてしまう。
    「やれ、随分お転婆な医生だこと」
    すっかり時間を取られてしまいました、と回る頭を押さえたエミリーを見下ろしながら白無常が嘆息する。
    「お仲間はもう間に合わないでしょうが…貴女だけでも吊っちゃいましょうね」
    その言葉に、エミリーは内心大きく頷いた。



    椅子に着くと同時に…ぐぅるり、目が回った。
    まるで、天と地が引っくり返ったような。それでいて温かさのある目眩。
    (この感覚は……)
    目の前で白無常が目を瞠って「納棺師!」と慌てている。いつの間に納棺を、と舌打ちしながら傘を構える。
    (ああ、だめ! せっかくみんな逃げられそうだったのに……!)
    “早く逃げて!”とチャットを送信した直後、すぐにどろりと意識は溶けた。






    ゲート通る前に
    「先生」

    「さっきの答え、考えていてくださいね」
    あ、と声を出す前に、背中に添えられていた温もりに強く押される。
    (空耳じゃなかった、んだ)
    もつれ転びそうになる足を懸命に踏み締めて駆ければ、ゲートの向こう側へまろびでた。慌てて後ろを振り返るが、一度ゲートを潜ってしまえば戻ることはもう出来ない。
    「イソップくん……!」
    あの赤い目はまだ光を宿していた。一度でも攻撃を受ければ彼はダウンしてしまう。しかも納棺による蘇生はエミリーの為に既に使ってしまった後だ。
    (早く確認しないと!)
    脱兎のごとく駆け出して、観戦部屋へと急ぐ。
    大きくドアを開けながら肩で息をするエミリーを見、既に荘園へ戻っていたマーサは椅子を倒して立ち上がった。
    「先生ッ!良かった、どうなることかと…!」
    今試合MVPの熱い抱擁を抱き止めながら、エミリーは隣に立ったノートンから四逃げの勝利を掴んだことを聞く。
    「イソップくんもちゃんと逃げましたよ」
    「そう……良かった……」
    へなへなと力が抜けていくのが分かった。マーサごと床にべたりと座り、胸いっぱいの安堵を溜め息に乗せる。
    イソップも逃げたとあらば、待っていればここに来るだろう。
    しかし、その考えは続いたノートンの言葉に見事砕かれた。
    「…まあ、所謂“殴られ出”ってやつでしたけど」
    「それを先に言ってちょうだいッ!」
    悲鳴のような声を上げ、エミリーは急ぎ立ち上がる。
    ハンターに攻撃を受けてゲートを潜ったサバイバーの行く先は荘園のシステムで決まっていた─医務室への直行便、そこには誰の例外もない。エミリーだろうと、イソップだろうと。
    「ありがとう、マーサ。ノートンくん。お疲れさま。ふたりともゆっくり休んでちょうだいね」
    先生もね、そう口々に返すふたりに頷き、観戦部屋を後にする。途中すれ違う仲間たちにも健闘を讃えられながら医務室に駆け込めば、ベッドには見慣れた姿が横たわっていた。
    「……ああ、先生」
    ご無事でなにより、などと呑気な言葉からするに意識ははっきりしているらしい。いてて、と盛大に顔をしかめながら起き上がる様子に目頭が熱く潤んで仕方がなかった。



    「…もう!無茶をして!」
    「いてっ!」
    思わずべちん、と強く叩いて湿布を貼ってしまう。大人しく向けられた背中から痛みに漏れ出た声は聞かなかったことにした。
    「良かったのに、私のことは……」
    背中にひたりと額を当てる。ツン、と鼻を突く湿布の匂いとその下に隠された青い痣がイソップの無茶を物語っていた。
    「そうはいきませんよ」
    先生のお顔は十分に記憶させてもらっていましたから。
    「それに、あのふたりは二度吊られていましたし。無傷だったのは先生と僕だけだ」
    まだ痛いだろうに腕を上げ、背中にあるエミリーの頭を撫でる。だから、と宥めるように笑う。
    「ああいうときこそ、僕の出番でしょう?」
    「そうかもしれないけれど…」
    攻撃の衝撃でゲートを潜る。確かにこれも脱出するひとつの方法だ。
    しかし、正規の手段─自ら潜るか、ハッチに飛び込むか、はたまた吊られて勢い良く飛び出すか─ではない以上、体への負担も大きい。医務室への直行便と決まっているのもその理由からだ。
    例え痣以外に目立った外傷がなくとも一日は様子を見なければならない。用心に越したことはないからだ。自由を制限するようで悪いが、これもこの荘園での決まり。
    「…今夜は、ここで過ごしなさいね」
    ふ、と溜め息を吐きながら離れればシャツの袖に通しながら機嫌良くイソップは頷いた。願ってもないことです、と振り向きながら。
    「先生も、当然居てくれるんでしょう?」






    などという。翌日の誕生日、一番におめでとうを言いたかったップくん。
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    Szme_me

    MAIKING先生の誕生日話だったやつ今夜、訪ねてもいいですか。

    エミリーがそう尋ねられたのは試合の真っ最中だった。
    「訪ねて…って…」
    すぐ隣にいるのは最後の一台を淡々と解読している納棺師。言葉を発した彼だ。
    空軍が上手く引き付けているおかげで通電までは難なく運べそうだった。もうひとりのメンバーである探鉱者には先に反対側のゲートで待機してもらっている。
    だから、たまたま近場に居たふたりで最後を回していたところだったのだけれど。
    「え、っと……」
    真意を測りかねて、返答に詰まってしまった。しかし、がたんばたんと暗号機を揺らしている姿は先ほどの言葉などまるでなかったかのよう。視線のひとつもくれやしない。真剣な眼差しで黙々と取り組んでいる。
    (もしかして空耳だったのかしら?)
    変に期待しちゃって恥ずかしい、と少し赤くなった顔を下げ、エミリーは口を結ぶ。
    (試合中なのになんてこと。集中しなきゃ!)
    最後の一台というのはとても緊張する。それまでが例えどんなに順調でも、一歩間違えれば形勢は一気に傾いてしまう。…マーサが頑張ってくれている分も、誤るわけにはいかない。
    「イソップくん、最後は」
    私がするからあなたもゲートへ、など皆まで 3357

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