馬鹿と言って 女性の独居には心配になる薄さの扉。金具が擦れる滑稽な響きとともに街灯を遮り、足元の影を闇に溶かした。
たった一枚が男女を密室に押し込める。綾人が知らない暗闇と静寂の中、縋るように抱き締めた千織を壁に追い込んだ。
「千織さん」
震える自身の声を内心嘲笑うことでやっと平常心を保てる。布擦れの音にすら逐一心臓が跳ねて、それくらいの動揺、緊張。
落ち着かせるためにと深く酸素を取り込めば、綾人の胸をいっぱいに満たしたのは他でもない千織の匂いだった。抱き締めた目の前から、そしてこの空間から。壁紙の小さな傷ひとつにまで千織の存在が染み付いているようだった。腕の中の存在でさえ目を凝らさなければ判別できないこの暗がりは、確かに千織が暮らす家なのだと思い知らされる。
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