明暗ブルーベリー学園校舎の一角。所謂相談室の役割を一応担っている部屋にて。
平常運転で粗雑に座るオイラ、カキツバタの真正面には、同じ白髪と金眼……だが似ていると言うには体格も面構えも違い過ぎる祖父、シャガが鎮座していた。
「……………………」
「……………………」
腕を組み背筋をしっかり伸ばしている祖父と、背凭れに寄り掛かり足を組む行儀良くする気の無い孫。他人が見れば随分おかしく映るかもしれない。
まあ今この場に居るのはオイラ達二人だけなので、「似てないね」なんて不名誉な指摘を受けることもありゃしないが。
「…………久しいな、カキツバタ」
「…………遠路はるばるご苦労様ですわ、当主サマ」
「……………………」
「……………………」
暫しの沈黙の後、お互いやっと口を開いたかと思えばこの程度。また大して広くもない室内がシンと静まり返った。
一体いつから自分達はこんな関係性になったんだか。大体オイラの所為だけど、気まずいったらねえ。
今日事前に連絡もせず祖父が現れた理由もなんとなく予想がつく。ぶっちゃけてしまうと「今直ぐお帰りください」と追い出してしまいたいが、そんな力はオイラには無い。物理的にも、精神的にも、立場的にも。
「…………カキツバタ」
「なんでしょーか」
なのでハイハイしょうがねーなという態度で受け止める姿勢を取った。
祖父は抑揚の少ない声で言う。
「今年は、進級する気はあるのかい?」
ほらな、案の定だ。
三回も留年しているオイラにほとほと呆れてるのだろう。いつも同じことを訊いてくるんだから、笑うしかなかった。
「さあね〜〜。するかもしれないし?しないかもしれないかな?」
「カキツバタ、真面目に答えなさい」
「真面目よ真面目、大真面目。オイラにも分かんねーからさあ」
「ちゃんと勉強はしてるのか?授業は?また放り投げているのではあるまいな」
説教ばかり垂れてくるジジイに五月蝿えなあと思いつつ、目を逸らす。
「カキツバタ……きみももう将来を考えるべき年齢だ。ちゃんと答えてくれ」
「へっ、将来ねえ」
そんなのドラゴン使いの一族に生まれた時点で決まったようなモンなのに。まるでオイラは自由みたいに言ってくれる。
「私が嫌いなのであれば、顔に泥を塗りたいのであればもっと自分にデメリットの無い方法を取りなさい」
「面白えこと仰る!説教のつもりかい?……自意識過剰なんだよ、馬鹿馬鹿しい」
「では何故留年なんぞ」
「さあ?なんでかねぃ?」
毎度毎度、いちいち回りくどい。
進級する気がどうとか、卒業したくないのかとか、この堅物はオイラにオイラの人生の決定権があるかのように宣うが。
「前々から言ってやるつもりだったけどよお」
もう三年このやり取りを続けてると流石に面倒になってきて、天井を見上げながら溜め息を吐いた。
「そんなに卒業して欲しいなら"命令"すりゃあいいじゃねえの。ソウリュウシティ市長、我が一族の当主サマ」
「…………それは、」
「オイラはアンタの孫の前に一族の人間だ。つまりアンタの部下。アンタの駒。体裁だかなんだか気にしてるんだったらよ、一言放てば済むだろぃ?『今直ぐ卒業しろ』ってね。オイラはそれに逆らえないし逆らう気も無えんだから。なーんにも指示もせず放流しておいてやる気云々問われても困るんですがー?」
「…………きみがその気でないのに強制するつもりは、」
「じゃあなんでいちいち構うんだよ。どうでもいいならそう言いな。それともオイラなんぞ捨て駒にすらならねえかい?」
「そういう意味ではない!!そもそもきみを駒だと思ったことは」
「あーはいはい、熱くなんなよ。血圧上がんぞ」
急に怒鳴ってくるのが鬱陶しくて耳を塞ぐ。
「どうでもいいといつ言った。私はきみが心配なだけだ」
「ふぅん?なんで?」
「何故、とは」
「別にちょーっと怠惰に過ごしちまって留年してるだけだぜ?単に居心地の良い場所に居座ってるだけ、何処をどう見たら心配になるんでぃ」
「心配だろう。学校を居場所だと思えているのはなによりだが、きみのそれは少々目に余る。留年という手段は取らずとも、きみは優秀なのだから教師にでもなれば……」
「なれねえよ」
「…………」
「向いてねえしなれねーよ。そもそもこの学園、碌な先生居ねえから憧れらんないしかったりぃし。オイラが好きなのはリーグ部と後輩でーす」
ていうか、おい。話が逸れてる。
「とにかく命令する気も無いなら放っといてくだせえや。どうせオイラなんて居ても居なくても同じだろぃ?」
「そんなことはない。アイリスも皆も心配している。放置など出来るわけが」
「あっそー。まあオイラは無視するけどねー」
「カキツバタ!」
例の如く平行線だ。このまま話してたって仕方ない。
オイラは「もう帰れ」と立ち上がり、部屋のドアを開けた。
「カキツバタ!」
「なん、」
出て行こうとすればまた呼ばれ、しつこいな、なんて思いながら振り向いたら、
「進級しなさい。今年こそは」
「…………………………」
そう目をしっかり見据えられ、数秒黙って。
やがてオイラはいつもの笑顔で頷いた。
「仰せのままに、当主サマ」
どうせ已むを得ずってやつだろうが……何処かでその言葉を待っていたような気がした。
「卒業しろ」じゃなくて「進級しろ」なんだなあ、とか妙な気分になりながらその場を後にする。
引き留める声はもう無かった。
「んー、手始めに……スグリかな」
兎にも角にも、あの家に戻る日が近づいた。この学校に居られる時間もきっと限られてきた。ならばギリギリまでとことん楽しくぶっ放してやろうじゃねえか。
先ずは元チャンピオン様に勝つところかなあ。楽しけりゃいいと公言してるとはいえ、負けっぱなし言われっぱなしがスッキリしないのはそうだ。オイラだって人並みにプライドある負けず嫌いなんでね。
「おーっす!元チャンピオン!」
「はぁー……なにさ」
リーグ部部室に戻って直ぐ目的の人物を見つけて肩を組んだ。
もうオイラの距離感や絡み方に慣れたらしいスグリに問われて、モンスターボールを頬にグイグイ押し付ける。
「ちょっ、え、ホントになに?」
「ポケモン勝負しようぜーい」
「いや誘い方。やるけどボール押し付けるの止めろ」
案外あっさり受けられたのでニコッと笑んでやる。
「ていうか、いつにも増して急過ぎね?」
「実はちょーっと新顔も鍛えててさあ」
「えっ本当!?見たい!」
「そら今から見せてやるとも。エントランス行こうぜ」
進級するとなると、明日以降びっちり授業を詰める必要がある。なにせ単位が足りないのは明らかだから。
後腐れ無くするならリーグ部の方も考えなきゃいけねえし……そう考えればあと何回バトル出来るかは正直分からない。
なのでサクッと楽しく勝っちまおうと、オイラはガチめに意気込んでコートへと出た。
「なーぁ、スグリー」
「……?なに?」
もっかい部長やってみたいとか思う?
「…………いや、やっぱなんでもねえわ!楽しくやろうぜ、キョーダイ!」
「なんだべそれ……まあいい!さっさと始めるべ!」
変に動揺させる発言は避けて、オイラはボールを投げた。
(あーあ、楽しかったなあ、学園生活)
あと一年以上残ってるにも関わらず、とっくに終わりの気分になってしまい、自分の女々しさに笑えた。