ブレーザー綺麗だな、そう呟いた彼の横顔からは年相応の幼さを感じさせた。試合中に見せる全てを受け止めて逃さない掌と太陽のように輝く瞳は僕をどこまでも追い詰めて激しく揺さぶった。あの時は酷く苛立ったそれは味方である今一番の安心材料へと変貌したのだった。
満天の星が瞳の中で煌めいて弾ける。その美しさを瞳越しに眺めていると、悠然に動いた視線に僕が映った。
あれ、いま目があってる。
「ヒロト、星見てないじゃんか」
ははっと声高く笑う彼にどうも胸の高鳴りが止まなくて抱えた腕に顔を埋めた。見てるよと返せばええ〜?なんて疑う声音で返され、なんとなく気恥ずかしくなって視界に星を捉えることにした。
そのままただ黙っていると、端でなにかが流れて消えた。彼も見つけたのだろう、柵を乗り越えんばかりに身を乗り出している。
「流れ星だ!なぁヒロトも見たか?」
「うん、見たよ。願い事はできた?」
「一瞬だったからできなかった〜…ヒロトこそ願い事はできたか?」
彼の瞳に星が流れた。ふっと笑ってできなかった、と告げればまるで自分事のように彼は項垂れて広大な空のどこかで流れる星を探し始めた。
「ねぇ円堂くん。ここからだと夏の大三角がよく見えるよ。今日は空気が澄んでいてとても綺麗だ」
空に浮かぶ星座を指差した。琴、鷲、白鳥が織りなす代表的な夏のアステリズムだ。その中でもベガとアルタイルは七夕伝説の織姫と彦星の話で有名である。恋愛に夢中になった男女が天帝を怒らせ、温情で一年に一度のみ会うことを許されたそんな話である。初めて聞かされた時はなんとも馬鹿げた話だと一蹴したものだが、今なら分かる。彼以外が悪いのではない、彼が輝きすぎているのだ。周りが霞んで夢中になってしまうほどに。
できることならずっとこうして眺めていたいが、見つけられないのかうんうんと唸る彼を見ていると邪念は簡単に消散してしまった。自身も若干乗り出して教えてあげると肩が触れ合った。彼は変わらず必死に探している。僕だけが謎に意識してしまってなんとも言えず黙りこくってしまった。
ふと、隣からあ、と不意に零れた声が聞こえ反射で一瞥すると彼は目を細めて笑っていた。端正な顔立ちが微笑むとなぜか少しばかりゾッとしてしまって思わず星に視線を逃がした。彼は構わず話し続けた。
「あの赤い星をみて」
言われるがまま空を見上げて、遠くの赤い星に目が行った。指摘されるまで全く気が付かなかった。ヒロトの赤い髪に似てるな、なんて考えているとまた彼の指先がそれを捉えた。
「あの星から来たんだよ。」
空気が冷えた気がした。喉が引き攣って、呼吸がしづらくなった。気づいたら彼に向き直っていた。瞳を覗きこむのは己の癖だったが、やめろと脳のどこかで警告が鳴り響いていたかもしれない。
背筋が凍えて視界が揺れる。光のない、無垢な瞳が俺を見つめていたのだ。まるで、底無しのブラックホールに思えた。
「はは、冗談だよ」
もう寝るね、とバルコニーの扉を閉める音が背後から聞こえてきてようやく詰まりきった息を吐き出すことができた。窓越しの時計の長針と短針に慌てて彼の後を追いかけた。
嫌になるほど俺を揺さぶったあの赤い星は、最後に振り返ったときには既に姿を消していたようだった。