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    heimin_mugai

    @heimin_mugai

    「オークの樹の下」ネタバレ感想等を
    ここに補完してゆきます。

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    heimin_mugai

    ☆quiet follow

    エリオットがマクシーにねだられて
    昔の話をするお話。

    奥様に請われ、昔話をすることになった。
    あの頃の、団長とレムドラゴン騎士団の話を。


    あの頃のレムドラゴン騎士団の話題といえば…
    我らが誇り高き団長のリフタン・カリプスと
    才気溢れる美しき魔法使いのアグネス王女との
    縁談について盛り上がることがほとんどだった。

    いつ終わるかも分からないレッドドラゴン討伐、
    そして次々湧き出る魔物たちとの戦いで
    疲弊していた騎士たちにとって、
    明るい話題といえば
    それしかなかったからかもしれない。

    また団長とアグネス王女が
    痴話喧嘩のような口論をしていた、
    とか、戦いの中でいかに2人の息がぴったりで
    見た目も美男美女で目の保養になるか、
    などといった雑談が多数の騎士から報告され、
    その話題で盛りあがっていた。
    騎士全員が言葉には出さずとも
    (リフタン・カリプスは
    このドラゴン討伐が成功したら
    ルーベン王に請われアグネス王女と
    結婚するだろう。そしてそれを
    アグネス王女も拒まないであろう)
    と期待していた。

    団長は3年前に結婚はしていたものの、
    クロイソ公爵に義父を人質にされた上
    脅迫され、しかもレッドドラゴン討伐の役目を
    団長に押し付けるべく結ばれた
    不本意すぎる婚姻だった。
    しかも妻になったはずの
    マクシミリアン・カリプスは
    団長が大切にしている領地アナトールにも
    一切近よらず、領主の妻としての務めも
    ずっと果たさずにいる。
    その報告が領地の騎士からあるたびに
    気落ちしていたように見えた団長の気持ちを
    考えると、あまりにも悔しかった。
    名ばかりの妻が憎くてたまらず、
    騎士たち全員、クロイソ公爵とその娘に
    嫌悪感しか無かった。

    だから部下たちは皆、苦労して命懸けで
    ドラゴン討伐をようやく終えた尊敬する団長に、
    正当な名誉と幸せを手に入れて貰うことを
    心から望んでいた。

    ________________________________

    「何を迷うことがあるんですか?
    神殿も黙認すると言うのですから、
    あのクロイソの娘と離婚してアグネス王女と
    結婚したらいいじゃないですか」

    部下たちが喉まで出かかっていても
    かろうじて飲み込んでいた団長への問いかけを
    ウスリン・リカイドはあっさりとやってのけた。
    凍りつく食堂。息をのむ騎士たち。
    そんな雰囲気を読む必要などないという高慢さで、リカイド卿は団長に噛み付いた。

    「あなたは王に課せられた過酷な
    レッドドラゴンセクター討伐という困難を
    見事乗り越え、その戦果として幸運にも
    王族と縁を結ぶことを許されたのです。
    あなたとアグネス王女が子を成したら、
    その子も王族になる。
    この上なく名誉なことです。
    それでも断るのですか?」

    「リカイド、そのふざけた口を閉じろ。
    俺は既に既婚者だ。
    断る以外の選択肢は最初からない。
    頭がおかしくなったのか?」

    堂々と噛み付くリカイド卿などものともせず、
    悠々とした態度で、
    強い酒をなみなみと注がれたグラスを
    空にした団長にリカイド卿は
    大きなため息をついた。

    「頭がおかしいのはあなたです!
    アグネス王女との縁談を断るとは…
    あんなに息が合っていたじゃないですか!
    嫌いじゃないですよね?
    ずっと見ていたらわかります!
    なのになぜ縁談を断るんですか!」

    「既婚者に離婚を促し、
    自分の娘をあてがおうとする王のほうが
    頭がおかしいだろ。…とにかく俺は
    天地がひっくり返ろうが離婚はしない。
    この話は終わりだ。二度とこの話はするな。
    剣で真っ二つに割られたくなければな」

    静まり返る食堂、拳を握りしめて
    唇を噛み締め黙るリカイド卿。
    討伐を終えて団長とアグネス王女の縁談が
    持ち上がってからというもの、
    幾度となく繰り返されてきた口論だった。

    ______________________________

    「なあカロン、お前はどう思う?
    団長は本当にアグネス王女との縁談を
    断ると思うか?」

    剣の手入れをしながら仲間の騎士に問われ、
    困ったような笑みを浮かべるしか出来なかった。

    「さあな…団長のことは
    団長自身にしかわからない。
    真面目な人だから、無理やりとはいえ
    婚姻関係を結んだ妻を大事にすると
    決めたんだろう。」

    神殿が認めようが認めまいが、
    一度結んだ婚姻関係を破ることはしない。
    それはあのリフタン・カリプスという男の
    考えらしいといえばそうだった。
    彼は遠征中も、領地に帰ってからも、
    内外からの女性からの誘惑が絶えない男だった。
    団長自身は全く自身の容姿に頓着してなかったが、彼をひと目見ただけで女は魅了された。
    整った顔立ち、鍛え抜かれた体躯、
    他を寄せつけない迫力、オーラ…
    彼が望めばどんな女性も喜んで
    相手になるだろう。
    しかし、どんな魅力的な女性からの求愛も、
    後腐れのない女性からの一夜の誘いも、
    決して受けない男だった。
    それは結婚前も後も同じだった。
    その団長が離婚はしない、というなら
    もうそれは決して覆ることはないだろう。

    「もう、諦めろ。団長は考えを変えることは
    決して無い」

    リカイド卿にも聞こえるようにわざとはっきり
    大声で言った。リカイド卿はどうしても、
    彼が敬愛しゲッシュまで捧げた、
    美しい魔法使いのアグネス王女と団長の結婚を
    諦められないようだったから。

    自分だって団長にはアグネス王女が
    お似合いだと感じていたし、
    実際結婚したら似合いの夫婦になると
    思っていた。
    少なくとも未だに領地に近づかない
    高慢なクロイソの娘よりは素晴らしい
    結婚相手だろう。

    しかしどんな交渉をしたとて、
    団長の気持ちを変えることは不可能だろう。
    現に、団長は領地に帰るより先に遠回りして
    クロイソ城にわざわざ出向き、
    妻を迎えに行くつもりらしい。
    ドラゴン討伐の功績を称えられ、
    王都に招かれているにも関わらず、
    団長の最優先事項は妻を迎えに行くことだった。

    「……理解できない」

    ポツリとリカイド卿が呟いた。
    理解できなくとも彼はレムドラゴン騎士団の
    団長で、レッドドラゴンを倒した英雄だった。
    だから騎士団全員が不本意でも
    憎むべきクロイソの娘を迎えに
    彼と共に出向くのは
    当たり前に遂行されるべき任務だった。

    _________________________________

    「最悪だ!信じられない悪夢だ…」

    マクシミリアン・カリプスを
    アナトールへと連れ帰る途中で、
    大量のオーガに襲われ、
    恐怖で気絶した彼女を連れて
    それ以上動くことが出来ず、
    近くの適当な宿屋に宿泊した翌朝……

    いつまでも部屋から出てこない団長に
    痺れを切らし起こしに行った
    ウスリン・リカイドが
    あからさまに苛立ちながら戻ってきた。

    「なぜクロイソの娘なんかにあんな…!」

    それ以上喋ると下品なことを口走ってしまうと
    嫌悪したのか、彼は自分の口を抑えて
    黙り込んだ。

    そんなリカイドの潔癖な様子を眺めながら、
    へバロン・ニルタが朝飯代わりの
    リンゴを齧りながらニヤニヤと付け加えた。

    「あーんなに夢中で一晩中抱くとは、
    さすがの俺たちも驚いたよなぁ」

    「黙れ!その下品な口を閉じろニルタ!」

    お馴染みの2人の殺伐とした口論が始まり、
    団員は皆深いため息をついた。

    道中、団長は常に妻を気にかけていた。
    どんな時も意識を尖らせ
    彼女から目を離さなかった。
    彼女は団長をまだ怖がっているように見えたが、
    それでも団長は彼女の世話を
    甲斐甲斐しく焼いた。
    以前まで団長の姿を知る者ならその光景に
    自分の目を疑っただろう。

    その後も、長旅の間に
    スカートの裾の泥を綺麗にしたり、
    茹でたじゃがいもの皮を剥いて食べさせたり…
    常に彼女の側で真摯に尽くしていた。
    その団長の姿を見て、騎士団一同
    言葉が出ないほど驚いていた。
    女性をそのように扱う団長を初めて見たからだ。
    アグネス王女のことすら、
    そのように気にかけたことは1度もない。
    あの憎むべきクロイソの娘のどこに
    団長にそこまでさせる魅力があるのか
    誰にも分からなかった。

    「団長はレッドドラゴンとの戦いで
    疲れ果てて頭がどうかしてしまったんだ」

    うんざりした顔をしてリカイド卿はそう言った。
    周りの騎士たちも何人かは頷いて
    彼の意見に完全同意していた。

    _____________________________


    当時の記憶を頼りに、あの頃の
    騎士たちの気持ちや考え、雰囲気を
    奥様にわかりやすいように注釈を交えながら
    話をして差し上げた。
    結構長く話してしまったのか、
    途中でロドリゴが紅茶を淹れかえにきた。

    もちろん、アグネス王女と団長の縁談や
    レムドラゴン騎士団全員、
    団長が奥様と離婚して
    アグネス王女と結婚することを
    期待してたことは最小限に濁して、
    当時の思い出話をした。

    「そ、そ、そうだったんですね…
    そ…っ、その節は、ご、ご迷惑をおかけして…」

    いまだに緊張したりショックを受けると
    吃ってしまうマクシミリアンに、
    彼女と出会った頃を思い出し
    ふっと微笑んでしまった。

    彼女も吃音のことは気にしていたのか、
    (時期はリカイド卿の奥様への
    暴言の後だったかもしれない)
    ルース殿の指導の元、
    トレーニングを繰り返し、
    ゆっくりと落ち着いて話すことで
    だいぶ吃ることは少なくなっていた。
    ルース殿がさりげなく
    奥様のそんな日々の頑張りを口にしていた。

    あの頃は、陰気で元気がない貴族の娘としか
    思っていなかった奥様は、
    実は努力家で気高くて、
    負けず嫌いで、酒を飲むと面白い人だった。

    負けず嫌いな一面と、気高い一面を
    知ったのは騎士団の中では自分が一番
    早かったと思う。
    今はそれがとても誇らしい。

    「すみません…奥様にとっては辛い話ですね…
    昔話として請われたのでお話していますが、
    お辛いのならこの辺でこのお話は…」

    奥様が落ち込んだような素振りを見せたので、
    慌てて話を切りあげようとしたが、
    奥様はブンブンと音がしそうな勢いで
    頭を横に振った。

    「い、いえ!もっと聞きたいです!
    あ…あの時、騎士の皆さんが
    どんな風に考えていたのか…
    気になって…いましたので…
    ルースにはチラッと聞いたことがあったし…
    だ、大丈夫ですよ…」

    聞けば、レムドラゴン騎士団が
    レッドドラゴン討伐をしていた3年間、
    奥様は父親であるクロイソ公爵に
    なにもかもを隠されていて、
    何も知らなかったらしい。
    アナトールに、夫であるリフタン・カリプスの
    領地があることも、度々彼女を領地に連れて行こうと騎士が尋ねても門前払いされていたことも
    なにもかも知らなかったのだ。
    娘を虐待するような父親だから、
    リフタン・カリプスの妻である娘の立場や評判が
    どうなろうがどうでも良かったのだろう。

    リフタン・カリプスがレッドドラゴンセクターを討伐し生きて帰ってくるとも思っていなかったのだ。あまりにも腹が立つ話だが全てがあるべき場所に収まり、幸せになった今だからこそ奥様も
    当時を振り返る気持ちになったのだろうか。

    全てはクロイソ公爵が悪いのだが、
    奥様はいまだにクロイソ公爵が
    リフタン・カリプスにした非道な行為、
    そしてそれによってレムドラゴン騎士団が
    どれだけ被害を被ったかを気に病んでいて、
    クロイソ公爵の娘として責任を感じ、
    罪悪感に苛まれているらしい。

    もしかして懺悔の意味で、
    話を聞こうとしてるのかもしれない。
    何も知らないままでいるより、
    当時の騎士たちの無念を知っておきたいと。
    もう全ては終わったことで、
    償う機会は失ったけれど、せめて
    どんな事があったのか、
    どんな思いだったのかを
    無視したくないという奥様なりの
    誠意なのかもしれない。

    「あ、あの時は自分は皆さんに
    嫌われても当然だと思っていて…
    だから…皆さんが少しずつ…
    私と打ち解けてくれたのが…とても、
    嬉しかったんです」

    奥様は謙虚な方なのでそう言ったが、
    順番としては先に奥様が
    城の内装をルース殿と協力して
    見違えるように綺麗にしたり、
    オークの木を再び芽吹くよう甦らせたり、
    治癒魔法を学んだりして努力を続け、
    アナトールに愛情を注ぐ姿勢を
    見せてくださったから
    周囲の見る目が変わった気がする。
    騎士たちや城の人間に奥様が懸命に
    歩み寄ってくださったからこそ、
    皆が奥様に対して打ち解けていったように思う。

    かくいう自分も、最初は奥様が城の内装を綺麗にしても、魔物が侵入した領内で負傷者の手当てをしていても(何を無駄なことを。余計なことをするな。)と思ってしまっていた。
    なんてことだ。愚かな過去の自分。

    奥様自身を見ようともせず、
    あの憎きクロイソ公爵の娘、としか
    見ていなかった。
    領内に魔物が侵入し、負傷者の救護に駆けつけた
    奥様が、ウェアウルフを焼く匂いに
    吐き気を催し嘔吐した場面に遭遇したあの時。
    出来もしないことに顔を突っ込んできて
    余計な手間を増やされたとイラついていた。
    なんて足でまといなお嬢様だと。

    「あの時は…本当に申し訳なかったです…
    奥様に失礼なことを言ってしまい…」

    「あっ、あの、気にしないでください…
    うろちょろしてるとか、余計なことをするなって
    言われたことなら気にしていません…」

    「う…そこまで一言一句覚えてらっしゃるとは…」

    あの時の俺はとてつもなく感じが悪い。
    思わず頭を抱えてしまった。

    「で、でも、い、今…思い出すと、
    穏やかなカロン卿があれほど冷たい目で
    睨むなんて余程私に腹を立てていたのですね…
    ほ、本当に緊張しました…」

    そう、俺は奥様に冷たい視線を向け、
    面倒そうに排除しようとした…
    今もそれを思い出した奥様が
    身震いして萎縮してしまうような冷たさで。
    出来ればあの時の対応は忘れていて
    欲しかったものだが…

    しかし、その願いは届かず、
    奥様は全て覚えていらっしゃるらしい。
    奥様の記憶力の良さに項垂れていると
    カロン卿、頭を上げてください、と
    分かりやすく焦っている奥様。
    夫の部下にここまで気を遣わなくともいいのに。
    怒ってもいいくらいなのに。
    貴族の令嬢として生まれたが、
    生来優しい方なのだろう。
    城の使用人たちにも、夫の部下である俺たちにも、偉そうに振る舞うということがない。
    俺なんかに頭を下げられてここまで焦るなんて
    なんとも微笑ましく思ってしまう。

    「でも、あの時…奥様が私に強く
    反論してくださったことで…
    奥様がとても勇敢で、気高く、
    尊敬すべき人物であるということを知れて……
    本当に良かったです。」

    「カ、カロン卿、それは褒めすぎです…
    わ、私はその…ちょっと…負けず嫌いな
    性格があって…」

    褒められ慣れていなくて、
    慌てて顔を真っ赤にして俯く奥様は
    とても可愛らしい。
    奥様は自分のことを普通の容姿だと
    思っているようだが、それは比較対象が
    おそらく妹のロゼタル・クロイソしか
    いなかったためであろう。
    彼女は、あの沢山の美しい女性を見慣れている
    ガベル卿ですら見蕩れる程の美貌の持ち主だ。
    幼少時からそんな妹と比べられていたら、
    自分の容姿を必要以上に蔑むようになっても
    それは無理もない話だろう。
    最初はクロイソ公爵の娘という、
    最悪な色眼鏡で見ているからか
    彼女の容姿などマジマジ見たこともなかった。
    優しいウェーブがかかった、
    燃えるような赤い髪を揺らし、城内を
    歩き回り色々気を配る奥様。
    白い肌に可愛らしいソバカスが散り、
    その頬は薔薇色で、彼女が団長に見つめられると
    さらに綺麗に肌が赤く染まった。
    印象的なグレーの大きな瞳が輝き、綺麗。
    贔屓目なしで見ても、
    我らが団長の奥様はとても可愛らしかった。
    ユーリシオン・ロバールが彼女を
    度々絶賛する言葉は大袈裟とも言えないくらい
    的を得ていると思う。
    こんなふうに奥様の容姿を、
    ひとつひとつ吟味したことを知られたら、
    確実に団長に消されそうだけど。

    「あ、あの…話を戻してもいいですか…?
    みなさんはリフタンはアグネス王女と結婚してもらいたいって、お、思ってたんですよね…?
    じ、じゃあ…その…リフタンが私と離婚しないと知って…ガッカリしたでしょうね…」

    「……あの頃は皆、奥様のことを誤解してましたし…団長があんなにも奥様を大切に思ってらっしゃるとわからなかったからです。どうかお気を悪くされませんよう…」

    奥様がずっと昔の傷が痛むような顔を
    なさっているのが、気になった。

    「あ、あぁ…違うんです…
    私、確かにあの時は皆さんに
    望まれない人間だったと思ってるので…
    皆さんがアグネス王女とリフタンの結婚を
    望んでいたとしても文句なんて言えません…」

    そう言って申し訳なさそうに笑う奥様に
    こちらまで胸が痛くなってくる。
    今なら容易にわかることだが、
    団長は恐らく最初から奥様を愛していて、
    アグネス王女との縁談など考慮にも
    入れなかった。提案してきたルーベン王にも
    即、きっぱりと断っていた。
    リカイド卿の意見にも耳を傾けなかった。
    始まりはクロイソ公爵の汚らしい策略から
    義父を守るために結ばれた婚姻関係だったが
    俺たちが思うよりずっと妻のことを愛していた。
    レッドドラゴンを倒して直ぐに、休みもせず
    嫌な顔をする部下たちの反対を押し切って
    クロイソ城に出向いて逢いに行くほどに。
    そんな団長の気持ちにも気づかず、
    (団長、寡黙すぎるそして表情読めなさすぎる)
    あの頃は自分を含めた周りの人間は皆
    団長と奥様との離婚を望んでしまっていた。
    毎日団長とアグネス王女の仲睦まじい
    (実際、そのように見えた。)様子にニヤつき、
    自慢の我らが最強の団長が、王族の仲間入りをし、ムカつく貴族のヤツらを膝まづかせるであろうその日を心待ちにしていた。

    奥様のことなど少しも考えなかった。

    (あんな最悪な男の娘などろくなものでは無い)

    (3年も領主の妻の義務を放棄するとは
    責任感が無さすぎる。)

    (アグネス王女のほうがレッドドラゴンを倒した英雄の妻に相応しい。)

    そんなことばかり騎士たちはやいのやいの
    言っていた気がする。

    その当時を思い出すと奥様に
    申し訳ない気持ちがとめどなく
    罪悪感となって溢れてくる。
    奥様だって…クロイソ公爵による
    被害者だったのに。
    突然突きつけられた婚姻で、
    リフタン・カリプスに体を捧げた
    か弱い娘に過ぎなかったのに。
    クロイソ公爵に、実の父親に
    薄暗い冷たい部屋で鞭打たれで身も心も
    傷だらけになっていたあの奥様の姿を、
    俺の脳裏から永遠に消えることは無いだろう。
    奥様について、何も知らなかったとはいえ、
    奥様に無関心で、無責任だったのは
    我々の方だったのだ。

    せめて、今はレムドラゴン騎士団の面々も、
    アナトールの領民も、領主の最愛の妻である
    マクシミリアン・カリプスを
    心から受け入れ敬愛しているということを
    彼女に知ってもらいたいと思った。
    言うまでもなく団長が奥様に向ける愛情が、
    世界中の誰よりも強いことを
    領民で知らぬものは1人もいなかった。

    「奥様、今は…団長の奥様は
    あなたしかいないと皆…思っています。
    そして…団長の奥様になったのが
    あなたで本当に良かったと俺は思います。」

    一片の迷いもなくそう言うと、
    奥様は驚き、大きな瞳を見開いた。
    そして少しの沈黙の後…
    戸惑いつつも綺麗に微笑んだ。

    「あ、ありがとうございます、カロン卿。
    そう言ってくださって…とても嬉しい気持ちです」

    「社交辞令とかじゃないです…
    奥様、本当の気持ちです」

    俺の言葉を受け取った奥様の様子を見て
    無理やりの社交辞令と思われている気がして。
    そうじゃない、違うと否定したかった。
    念を押せば押すほど嘘っぽく受け取られる
    気がしてそれ以上言えず口を噤んでいる俺に、
    奥様は少し安心したように微笑んだ。

    「良かったです…心のどこかで、
    私なんかよりアグネス王女と結婚した方が
    リフタンは幸せだったのかなって
    そんな考えがどうしても離れなくて…
    リフタンに言ったら怒られそうだから、
    言えないんですけど…」

    それは絶対、団長が怒るやつだ。
    いや、これは何度かポロリと零して
    怒られてるな、と直感でわかった。
    団長の幸せなど奥様と共に
    在ることにしかないと分かりきってるのに。
    リフタン・カリプスの愛情を何年も
    一身に受けている奥様がまだそんなことを
    考えていることに驚いてしまった。

    「で、ですから、皆さんが…最初は
    アグネス王女とリフタンの結婚を
    望んでいたのに、今は私を受け入れて
    くださっているんだって聞くと嬉しくて…
    カロン卿もそう言ってくださって…
    す、凄く安心しました。
    あの時の皆さんのお話を聞くことが出来て
    良かったです…カロン卿、話してくださり、
    ありがとうございました。」

    あの頃の俺たちが心から
    団長とアグネス王女の結婚を望んで
    いた話など聞くのも辛かっただろうに、
    そんな話をした俺に感謝するなんて。
    少し涙ぐみながら微笑む奥様が
    すごく健気に見えて思わず手が勝手に
    その小さな可愛らしい頭を撫でそうになった。
    すんでのところで止めたが。
    危なかった。
    奥様は可愛らしいが俺の妹ではない。
    奥様は親しみやすいが俺の妹ではない。
    団長の最愛の妻だ。
    うっかり触れると命を失うぞ。
    冷静になれ、俺。
    そう自分に何度も言い聞かせ、
    頭を撫でるのはギリギリ我慢した。
    自分の危機管理能力はまだ機能していた。

    「…実は、リカイド卿にも、言ってしまったことがあるんです。私なんかよりアグネス王女と結婚した方がリフタンは幸せだったかもしれないと。」

    「えっ…?」

    秘密の話をするようにモジモジしながら
    そう打ち明ける奥様に、
    衝撃が走った。なんてことだ。
    いつの間にそんな打ち解けた会話を
    するようになったんだ?
    そういえば奥様は戦争から帰還し、
    平和に日常に戻ってきたにも関わらず、
    いまだにいつか役に立つかもしれないと言い、
    リカイド卿に剣術を習っていた。
    もしかして、その稽古の合間に話したのか?
    いずれにしてもリカイド卿に対して
    団長がアグネス王女と結婚した方が
    良かったのではないかと話すなんて…
    奥様は自分が傷つけられる危険に対して
    あまりにも無防備過ぎる。

    当時のリカイド卿は、周りが引くほど
    団長をアグネス王女と結婚させるべく
    日々無駄な努力と奮闘していた。

    そんなリカイド卿に当時の話を聞くなんて…

    そうですね、その通りです、と
    冷たく即答しなかっただろうか?

    あの男には奥様を深く傷つけた前科がある。
    癒しの魔法を勉強中の奥様に、
    吃りを揶揄する酷い一言を放った。

    思えばあの頃は、騎士たちの
    奥様への態度が軟化し始めた頃だった。
    へバロン・ニルタが語る奥様の話…
    団長に剣帯につける飾りを贈った話や、
    酒に酔い、意外と可愛らしい一面を見せた話…
    酔って騎士たちに「あなた達は大きすぎる、
    縮んでください!」と言った話は
    可愛らしくて思わず笑ってしまった。
    その頃はもう、妻と一緒にいて満足し
    幸せをかみ締め穏やかに微笑む団長の様子を
    毎日のように見せつけられていたから、
    奥様をクロイソ公爵の分身であるかのように
    憎み蔑む団員はほぼいなくなっていたのだ。

    ただ1人、頑固で気高い
    ウスリン・リカイドを除いては。

    もしやまた、あの時のように
    鋭い剣のような言葉で、
    奥様を酷く傷つけたのでは…?
    と不安になってしまった。

    「…な、なんて答えたんですか?
    リカイド卿は…」

    あまりにも恐ろしく、
    おそるおそる聞いてみると、
    奥様はその時のことを思い出したのか
    苦笑いしながら肩を竦めた。

    「そ、そんなことを考えるのは
    時間の無駄です、と言われました。
    リフタンは私と離婚していたら
    確実に死んでいたとも言われました…
    そ、そんなことはないんじゃ…と
    少し反論したんですが…
    その後…2時間半…お説教されました。」

    ……驚いた。

    なんだ、結局。
    結局そうなんだ。

    ウスリン・リカイド卿は
    いつの間にか奥様が大好きになったらしい。

    そう、俺や他のみんなと同じように。


    マクシミリアン・カリプスと
    レムドラゴン騎士団の出会いは
    最悪だった。

    でも

    時を経て、色んなことを乗り越え

    レムドラゴン騎士団は
    マクシミリアン・カリプスの幸せを
    守るためならどんな犠牲も厭わないと
    思えるまでに変貌した。

    だから奥様、もう過去の遺恨は忘れて
    ただ幸せでいてください。
    我らが敬愛する団長の隣で。

    心の中でそう願っていると、
    その心を読んだかのように
    奥様は花のように綺麗に微笑んだ。


    〖終わり〗
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