酔っ払った勢いで岐神さんを押し倒し汰郎くなとさァん、聞いてますか…?と呂律がおかしい癖に妙に熱っぽい甘えた声が耳を掠める。思わず出そうになった声を殺してのし掛かる相手の胸板を押した手は自分でもわかるくらいに強ばっていた。
「おい、その辺でふざけるのはやめにしろ。帰るぞ」
「嫌です。帰っちゃ嫌です」
稲汰郎は駄々っ子の様に頬を膨らませて目を合わせてきた――が焦点が甘い。言葉使いも何時もより子供っぽくなっている。呑みすぎだとため息を吐く。
「だって嬉しいんです。くなとさんいつも断るから。だから俺…今日は…」
稲汰郎の家に訪れるのは今日が初めてだ。
何度か誘われた事はあるのだが、なんとなく構えて断っていた。けれど流石に三度も誘われると――しかも捨て犬みたいに悲しい顔で誘われると――罪悪感で少しなら、と返事を返した。
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