俺リュ青春一直線❗️心も体もすっきりしてアダムの家から出たら、突然誰かに呼び止められた。
「おい貴様!どうしてボスの家から出てきたんだ?」
振り返ると、涼しげな銀色の肌と髪、鋭い眼光、スレンダーな体にむちんと大きなおっぱい。
「げぇッ」
思わず声が出た。
マブい女に逆ナンされたなら良かったが、残念ながら違うだろう。
アダムといつも一緒にいる女だ。
「おい答えろ!貴様のような男がボスになんの用だ!?」
俺まだ何も言ってないのにすでにアクセル全開じゃねえか。やばい。
「な、何でもねえよ。俺はあいつに呼ばれただけで…」
「あいつだと!?」
「あ、いえすみませんアダム様にですねえ…」
どうやら話して誤魔化せる相手じゃないようだ。
それに下手するとこの女、このままアダムの家に突撃しかねない。アダムに手を出したことを知られたら、最悪ぶっ殺されるかもしれん。
どうする、どうする…。
「答え次第では貴様、ただじゃ…」
「ええいもうどうにでもなりやがれ!オラッ催眠!」
みょわわわ〜!
咄嗟に起動したアプリから、もはや聞き慣れた不協和音が響く。
今にも掴みかからんとしていた女はぴたりと動きを止め、まんじりともせず画面を見つめている。
「ち…畜生…派手に動くとバレるから、なるべく他の奴には使いたくなかったのに…」
後悔はするが、方法は無かったのだから仕方ない。
てか今どんな設定にしてたっけ?終わったあと適当にいじくってたから全然覚えてねえや。
スマホを確認しようとする俺の腕を、細っこい手がむんずと掴んだ。
「うわっ!?」
さ、催眠が効いてないのか!?そんなはずは…!
「おい貴様ァ!」
「は、はい!!」
「上官の前でよそ見をしようとは度胸があるな!」
「はい!??」
「その性根、私が叩き直してやるから覚悟しろ!さあついて来い!!」
「はああ!?」
とんでもない力で腕を掴まれたままどこかに引きずられていく。
アダムの家から離れたのは良かったが、事態が好転してる気がしないのは何故だろうか。
スマホを確認してどんなモードにしたかだけでも知りたいのだが、そんな隙は全くない。
連行されてきたのはどこかの訓練場のような場所だった。
目の前の女と同じ格好をした女たちが何人か、軍事訓練のようなものに勤しんでいる。
天国にこんな場所があったとは…
「キョロキョロするな!!」
ばちぃん!!
「ギャッッ」
耳の真横で空気の弾ける爆音が鳴り響いた。
こ、このアマ…!いつの間に鞭なんか…!?
「私は厳しいが公平だ。貴様は男だが、私が立派なエクソシストに育て上げてみせる!貴様もしっかりついて来い!」
「え、何それは…」
「上の口からクソを垂れる前と後ろに「サー」と言え!分かったかこのウジ虫野郎!!」
ばぢぃぃん!!
「ひいっ!サー、イエッサー!!」
マムじゃないのかという突っ込みを入れる元気すら出ない。
呆然と突っ立っていると、ぽいっと真っ黒な槍が投げ渡された。
「は??」
「まずは槍で突き1000回!休まず突き続けろ!」
竹槍訓練かよアナログすぎるだろ天使の武器!
結局どうあっても逃げられないので、やけっぱちの猿叫を挟みつつ目の前の案山子に向かってひたすら槍を突く。それにしても、一体なんのための訓練なんだこれは。
腕に乳酸が溜まり尽くして手のひらに感覚がなくなってきた頃、やっとカウントが1000を迎えた。
「ぜはー…ぜはー……せ、1000回、終わったぞ…」
「なに呑気にバテてるんだ!次はランニングだ。死ぬ寸前まで走って来い!」
「ちょ…ちょっと、待て…無理む、」
ばちぃん!!
「…いッたあああ!」
破裂音が聞こえたコンマ数秒遅れて、尻に弾けるような激痛が走った。
「ば、馬鹿おまえ、シャレにならんって、」
「言い訳をするな!」
ぐぐっ…と再び鞭を構える女。2撃目がくる!
「ま、待った!タンマタンマ!……よ、用便願います!!」
俺は片手をビシッとあげて咄嗟に叫ぶ。
「…ん、トイレか。よし、許可しよう」
鞭が振り下ろされる寸前でなんとか止めることができた。
痛む尻をかばいながら便所に駆け込むと、すかさずスマホを取り出して催眠アプリの設定を確認した。
「し…『新兵教育モード♡』!?誰が喜ぶんだこんなもん!」
思わずスマホをぶん投げそうになるが、いかんいかん。とにかく何でもいいから設定を変更して奴を止めなくては…
ダンダンダン!!
「おい、いつまで篭ってるつもりだ!さっさと出て来い!」
激しいノックと共に怒鳴り声がドアに叩きつけられる。もう追ってきたのか!?
「わああ、ちょっと待て!今ウンコしてるから!!」
焦る指では余計に操作がおぼつかない。その間にもドアへの打撃はどんどん強くなっていく。バーサーカーかこいつは!
ダン!ダン!ダン!!
「出て来ないならこちらから行くぞ!」
「ひいい!」
便所の鍵がバキ、ベキ、と頼りない音を立て始めた。まずいまずい、時間がない!
バキィン!
ついに鍵が完全に壊れ、ものすごい勢いでドアが開く。飛び込んでくる女の恐ろしい形相に体が竦み上がるが、俺は間一髪でスマホを女の顔の高さまで掲げていた。
そして胸ぐらを掴まれると同時に催眠ボタンをタップする。
「さ、催眠!!」
みょょょょ〜〜!
状況に不釣り合いな、間抜けな音とともに催眠電波が飛び散る。
胸元を締め上げていた女の手から力が抜け、俺はなんとか再び地面に両足をつけた。
「ゲホッ、ゲホ……う、うまくいったか…?」
咳き込みながら女の顔を窺い見ていると、ふいにぐるりと首が回った。
「ヒィ!え、エクソシスト(映画)!?」
「はあ?何を言ってるんだお前は…。まったく、ほんとにバカなんだから…」
女の顔がこちらを見る。単に首を回してこっちを見ただけのようだ。
先ほどより幾分優しい口調に少しだけほっとする。
「ふふっ…甲子園目指してるからって、ちょっと練習のしすぎじゃないか?」
よ…よかった。
催眠のかけ直しには一応成功したらしい。
時間が無くて「新兵教育モード♡」にパラメータが近い「強豪野球部の女子マネモード♡」にしかできなかったが。
「さあ!練習を再開するぞ。確か、訓練場を100周ランニングの途中だったな?」
「え"っっ」
結局、俺は死ぬかと思うくらい走らされた。
「お"あ"ぁ"………」
全身の筋肉を使い切った気分だ…。
俺は槍にもたれかかるように、地面にぐったり座り込む。
「よく頑張ったな。(ボス以外の)男にしては中々根性ある奴だ」
見上げると、リュートが俺にスポドリを差し出していた。
ありがたく受け取って喉に流し込む。冷たくてとても気持ちがいい。
「途中で逃げ出すかと思ったぞ」
練習中とは打って変わった優しい笑顔に、なんだか俺も妙な気分になりそうだ。
「そんな隙がありゃとっくにやってるよ」
「ふふ、口の減らない奴だ」
甘酸っぱいスポドリの味が疲れた体に染み渡る。
ああ、久しく忘れていた感覚だ。
これが青春というものなのかも…。
「お前がいれば甲子園も、次のエクスターミネーションも安泰だな」
「エクス…何?」
「一緒に罪人を皆殺しにしてやろうな!」
「え??」
ニッコニコのリュートからよく話を聞くと、何とこいつら、1年に一度地獄に降りてはあろうことかそこに居る悪魔どもを虐殺してまわっているらしい。
ああ、天国にこんな訓練場があるのってそういう……。
殺した悪魔の数を嬉しそうに語るリュートの天使のような笑顔に、ぞぞぞっと背筋の凍る思いがする。
やはりこの女に関わるのはもうやめておこう。
俺はそう心に誓って、ポケットから取り出したスマホを構えた。