『温かい所なら何処でも』 外の気温は-5度。
厚着で家から出てきた旬は、180度回って家に帰りたかった。だいぶ前にレッドゲードで極寒地帯でダンジョンに居た時の恰好をすれば、寒くはないんだろうが、特に命の危険は無いので、インベントリから出す事はない。
しかし年が明けてから急激に下がった気温に耐えれず、体を温める為に自然と小刻みに震える。
手袋をはめ、両手で擦りながら白い息を吐く。
「無理、寒い」
そう呟き、どこか温まれそうな場所へと向かった。
[諸菱ver]
丁度我進ギルドの目の前を通った旬は、諸菱の気配を察知し中へと入る。
室内は暖房が効いており、暖かい空気が旬の頬に当たる。
「あ、水篠さん、おはようございま………凄い厚着ですね」
「おはよう………寒くて…」
偶然通りがかった諸菱が旬の厚着に驚く。なにせ厚着すぎてだいぶ太く見えるのだ。
「温かいお茶、入れましょうか?」
「うん」
事務所のソファに座り、手袋を外せば、手先が真っ赤になっていた。少しでも温めようと、息を吹きかけ指を擦る。
お茶を入れた諸菱が旬の目の前に置いた後、対向に座ろうとした所を旬は止めた。
「こっちに座って」
「え?……あ、はい」
疑問に思いながらも旬の隣に座ると、ゆっくりと体を横に倒し、諸菱の体にもたれかかる。
意外にも体温の高い諸菱で体と温かいお茶でぬくぬくになる旬に、諸菱は頬を赤く染めながら旬の顔を見れずに居た。
[犬飼ver]
寒い外を歩いていると、目の前に一台の車が止まった。形があっていればきっとあの人だろうと考えていると、窓が開いた。
「水篠さん、おはようございます。かなり寒そうですが…大丈夫ですか?」
「犬飼、さん……おはようございます…、寒いので乗せてください」
「え……、はい、いいですよ」
珍しく旬からのお願いで乗せる事に、少しだけドギマギしながら助手席のドアを開けて乗せた。
「少しだけ暖房、強くしましょうか」
「…………」
「水篠さん?」
「………っしゅ」
体を大きく跳ねらせくしゃみをした。旬が軽く震えるのを見て、犬飼は慌てて暖房の温度を上げる。
つけていた手袋を外し、車のギアに手を掛けていた犬飼の手の上にそっと冷たい手を乗せる。
「………温かいですね……」
「そう、ですね、ええ……」
積極的な旬に、犬飼も上手く反応できずにいたが、空いている右手を旬の手を挟むように置いた。
[黒須ver]
突然マフラーが首に巻かれた。振りかえれば彼も寒いのか、着込んだ格好だった。
「よ、寒いだろ」
「黒須さんは寒くないんですか?」
「寒いに決まってるだろ、さっさとギルドに戻ってぬくぬくと過ごしたい」
手を脇に挟みながら話す姿に旬はほんの少し笑う。
「なぁ、今から体の芯まで温めに行かないか」
「………?そんな所があるんですか?」
「もちろん、気持ちよくて温かくて……濡れるな」
「濡れ……?」
「細かい事は気にするなって」
腕を掴まれ、そのまま連行され、旬は次の日まで家には帰れなかった。
[白川ver]
いつものスーツ姿の上に暖かそうなコートを着ている白川を見かけた旬は、気配を消してゆっくりと後ろをついて行く。
どうやらカフェの中に入るらしく、ピッタリと後ろをついて行く。
「二名様でよろしいですか?」
「え?」
店員が人数を聞くと、白川は疑問符を浮かべながら後ろを振り向いた。
「み、水篠ハンター…!?」
「……二名でお願いします」
いつの間に居たのかと聞きだす前に、旬は店員に人数を伝え、二人用の席に座った。
「い、いつから居たんですか」
「結構前から後ろに居ました」
「それなら一言声を掛けてくださいよ……」
着ていたコートを椅子に掛け、店員がメニューを持ってくる。
白川は既に決まっており、見ずに注文を始めた。
「水篠、……ハンターだと硬いですよね…。水篠さんは何か頼みますか?」
「…これ」
無難に温かいコーヒーを注文し、数分待てばそれぞれ目の前に置かれる。
白川だけは何故かコーヒーとケーキが置かれた。
「……甘いもの、お好きなんですか?」
「いや、たまに食べるぐらいですよ、俺が食べるのが意外ですか?」
「………まあ、そうですね」
熱いコーヒーを息で吹きかけ、少しだけ冷めた所で口を付けると「あち」と旬は声を漏らした。
その様子に白川は微笑みながらケーキを口にすると、物凄い目力でこちらを見ていた。
「……食べます?」
「あ」
コーヒーを持ったまま口を開けると、少しだけ目を逸らしながら、旬の口にケーキを入れる。
あまりにも美味しそうに食べるので、繰り返し餌付けをしてしまった白川だった。
[最上ver]
寒すぎる。
もういっその事帰りたいと回れ右をしようとしたが、ふと最近会えていないなと、ある人物を思い浮かべた。
結露した窓を眺めながら、日に日に増えていく仕事の書類に目を通す。
部屋は暖かく、薄着でも問題ないほどには外との温度は違った。椅子から立ち上がり、少しだけ体をほぐそうかと歩き出した所に、自身の影がうようよと動き始め、中から人が出てくる。
「水篠さん、お久しぶりですね…所でその厚着姿はどうしたんです?」
「お久しぶりです、最上さん。これは寒いからです」
「丸々っとしてて可愛いですよ」
そんなに寒くない時期であれば、旬の服は基本は体のラインが分かる程度には見えるが、着込みすぎて体よりも太くなっている。
「寒い…」
「暖房つけてますけど、それでも?」
旬はコクコクと頷けば、最上はソファに座り、トントンと自身の間に来るようにと合図する。旬は素直に最上の足の間に座り、そのまま後ろからギュッと抱きしめられた。
「温かいです」
「それはなにより」
いつの間にか暖かさにやられ眠気が襲ってきたのか、段々と旬の瞼は落ちて行き、静かな寝息が聞こえた。
[美旬ver]
「あれ、水篠ハンター?」
「美濃部ハンター……」
同じぐらいに着こんでいる美濃部が旬の存在に気づき、こちらに向けて歩いてきた。
「水篠ハンターも寒がりなんですね、俺もです」
「美濃部ハンターもですか」
だってこんな時期にハンターの仕事なんてやりたくないですよ、俺。と言いながら手に持っているカイロを振ったりして手を温めてる。
「いいですね、カイロ…」
「温かいですよ」
美濃部が旬の手を取りカイロを持たせると同時に、両手で旬の手を挟み込んだ。
「ひー、冷たいですね…!」
手の平と手の甲が温められ、旬は気持ちよさに目を細める。
二人で何処か温かい場所へと移動するが、次の日にはハンターの記事にでかでかと二人の写真が載せられていた。