冬に温もり イタルが未だにいる病院近くのコンビニ前に立って、大上は青い空を見上げる。片方の手には、小さなビニール袋が掛けられていた。
ふかふかとした湯気を立てている中華まんに仄かな幸福を感じながら口に運びつつ、以前の見回りの時、こうやってサボ……休憩するのは楽しいぞぅ?と笑っていたイタルの表情を大上は思い浮かべる。
明らかにサボる、と言いかけたのを誤魔化していたことは置いておいて、未だに病院に居る彼女は何をしているのだろうか。デモの後始末のニュースを聞いて、何を思っているのだろうか。
自分の方はもうほぼ治っているからこうやって見回りにも出るけれど、もう暫くは安静だと言い渡された彼女は。
こくん、と咀嚼していたものを飲み込んだのと、ほぼ同時──空に、見慣れた影を見つけた。思わず、小さな鳴き声と共に尻尾の毛が驚きでぶわりと膨らんだのを感じたのを隠そうと、一度だけ軽く尾を振る。
「大上殿」
緩やかに空から降りてきた人物に、思わず口元を隠しながら慣れ親しんだ呼び方を口にする。
「嘉良寿先輩、お疲れ様です」
「そちらこそ。……体の方は、もう大丈夫なのですか?」
「はい、加々宮さんはまだ安静にしているように、とのことですが、私の方はこうして……はい……元気です……」
思わず食べかけの中華まんへと視線を落とす。
ただ休憩中、といえば良いだけなのだけど、それより先に、どことない気恥しさがあるのは何故だろう。
そこを誤魔化すように言葉を続けながら、ビニール袋に入っていたもう一つの中華まんを差し出した。その袋からも、微かに湯気が立っている。
「空を見上げながらこうやって食べていると、ただ食べているより美味しい気がするのです。……お行儀は悪いかもしれませんが。
……あの、良かったら、嘉良寿先輩も試してみませんか?」
「……宜しいのですか?」
受け取ってくれたことに安堵しつつ、今の心情を有耶無耶にしようともう一口かぶりつく。──ほこほことした温かさと美味しさが、一瞬さざなみのようになった心を落ち着けてくれた。
彼も恐る、というように一口。
「風が冷たい中の温かい食べ物、ですか……確かに、何時もより美味しいような……そんな気もしてきますね」
温もる指先と、体の中。たとい風は冷たくても、それが和らぐような気さえするような。
しばらく黙々と食べている時間が続いて、もう食べ終わるという頃に、彼は口を開く。
「この後は、創務省の方に戻る予定なのですか?」
「いえ。私からそちらへの報告は先程終わりましたので、これから加々宮さんのお見舞いへ。……嘉良寿先輩は、創務省の方へ?」
「そうですね。報告すべきことが数件ありますので」
最後の一口を食べ終わると、彼は残った包装を丁寧に折り畳んでいく。ふとした時に目に留まる、そういった些細な仕草に、この人の好ましいなと思う部分が現れていて。
「──そうです、この分のお返しをしなくては」
そんな、律儀なところも。
「いえ、大丈夫ですよ! ……こういう楽しみを、嘉良寿先輩とも体験してみたかったので」
──こういった些細な日常の一幕こそが何よりも、どんなお返しよりも、優しくて、尊くて。それでいて、得難いものなのだと。
返した言葉には、些か困ったような、複雑そうな表情で「ありがとうございます」と口にして。
「それでは、僕は創務省の方に戻ります。……加々宮殿にも、宜しくお伝えください。またお見舞いに伺わせていただきたい、と」
「はい!」
そうして、彼は翼を広げて飛んでいく。
あっという間に見えなくなってしまった空を見上げて、大上は微かに目を細めた。
──何故だか、さっきよりも空が綺麗に見えた気がしたから。