ぬいぐるみ/鶯皇今日は、俺が卒業してから初めて蒼と会う日。ただ何をするわけではなくて、ぶらぶらと街を歩いたりご飯食べたり…つまりデートというものだ。
今は、たまたま入ったゲーセンのクレーンゲームの景品に、俺に似たぬいぐるみがあったとかで取らされている。
「あ!」
計三回で、俺に似たぬいぐるみが取り口に落ちていった。
「ほら、取れたぞ。」
少し垂れ目なのに凛々しい眉毛の鶯のぬいぐるみ。これのどこが俺に似ていると言うのか…俺には分からない。
「ありがとう!!」
俺からぬいぐるみを受け取ると、蒼は幸せそうな笑顔でぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。
…可愛い、ぬいぐるみが恨めしい。
「このぬいぐるみがあったら離れていても鶯樹先輩が側にいるみたいで嬉しいなぁ。」
「良かったな。」
「うん。…それより、クレーンゲームが得意なんだねぇ?あんなに早く取れるとは思わなくてびっくりしたよ。」
昔、結鶴がよくクレーンゲームの景品が欲しいと駄々をこねたことがあった。あいつはクレーンゲームが苦手で全く取れなかったが、俺には何故か才があったようで…得意な方である。
「まーな、弟がよくやってって言うからそれなりには。」
「そういえば弟がいたねぇ。」
「そう、蒼の一個上。」
「香学にはいないんだよねぇ?」
「本当は来たかったみたいだけどな。」
「鶯樹と兄弟になるんだ。」って言ってたけど、当時の俺は子規と兄弟だったし付き合ってたわけで…何となくそれを見られたくなかった。
きっと、あの時の俺を見られたら確実に失望させてしまうと思ったから。
「所で、いつまでそのぬいぐるみを抱きしめてるわけ?」
「え?」
蒼はこれまでの話の最中でも、大切そうに…ずっとぬいぐるみを抱きしめていた。
「だって…。」
目の前に俺がいるのに、俺に似たぬいぐるみばかりを構っているのが気になる。
俺に似ているから大事に扱うこと自体はいいけれど、…それは俺がいない場所でやって欲しいって言うのが正直な所。
「…没収。」
蒼がぎゅっと握っていたぬいぐるみを取り上げる。まさか取るとは思ってなくて、蒼は少し驚いているようだった。
「…怒ってるの?」
蒼に俺の気持ちが伝わっていないのか、本当にわからないという様子で顔を伺う。
「怒ってない。」
怒ってないのは本当の話で、怒っていると言うよりは…ヤキモチだと思う。変わることができるならぬいぐるみになりたい…と、怒りよりも羨ましさが勝る。
「このぬいぐるみ、よく見たら可愛くねぇな。」
垂れ目にキリッとした眉のそれは可愛いと言うより、少し憎たらしい顔をしていた。
「ごめんね…僕のせいだよね。」
俺の一言でどうして取り上げたのか察したようで、蒼は申し訳なさそうに謝って来た。
「別に謝らなくて良い。ただ、目の前に本人がいるんだから本人にして欲しい。」
「それは…。」
蒼は、今まで自分がぬいぐるみにしてきたことを思い出して動きが止まる。無意識に抱きしめられたりすることはあるけれど、多分改まってはまだ緊張してしまうと予想できる。
「ん。」
自分の両手を広げて、蒼が来るのを待つ。しかし、恥ずかしいのか…目が泳いでいるようだった。
「ったく、あんまりほっといてやるなよ?」
そう言って自分から蒼を抱きしめると、ぎこちないながらも俺の後ろに手を回してぎゅっと抱きしめ返してくれた。
「うん。」
「分かればいい。」
そっと頭を撫でて抱きしめるのをやめる。蒼はまだ恥ずかしがっているようで、顔が少し赤い。
「よし、帰るか。」
蒼にぬいぐるみを返し、…空になった俺の手を蒼の手に重ねた。
俺も蒼に似たぬいぐるみを買おうか…、そんなことを思いながら蒼の顔を見る。照れているような、でも嬉しそうに笑う蒼は…ぬいぐるみとかではなくて、蒼じゃなければ見られない。
「やっぱり蒼がいいか。」
「何かいった?」
「何でもねーよ。」
そう言う俺に変なの…と頭を傾げる蒼。こういう表情や感情がある蒼がいい、…ぬいぐるみなんかに負けてたまるか。