まなむくの話/愛椋部室に取り残されたのは私と、沢山の写真達。
そして、すっかりと冷めてしまった紅茶。
また、置いて行かれてしまったわ。
じんじんと痛む首元に手を当てながら、先程まで愛留がいた場所を見つめる。
「帰りましょう。」
愛留が放り投げていった写真を丁寧に一枚ずつ拾うと、自分の鞄の奥底にしまった。
まだ紅茶の入っているティーカップとティーポットを手早に洗い寮へ重い足取りで向かう。
兎に角、今はさっき起こった全ての出来事に蓋をして全て忘れたい…それしか出てこない。
寮へ向かう途中、私の前を何かが塞ぐ。
"邪魔"と一言物申そうと視界に何かを捉えようとすると…その何かに声をかけられた。
「園城寺さん…だよね?酷い顔をしているよ、大丈夫?」
「貴方は…。」
私の前に立っていたのは、写真部の部長である神倉咲蘭。
何の巡り合わせだろうか…よりによってこんな時に写真部の者に会うなんて運が悪い。
「具合が悪いなら保健室に行こう。」
悪気のない気遣いだけれど、私は今一刻も早く一人になりたかった。
「平気よ。」
精一杯の強がり、でもきっとこの人には見透かされてしまう。
思った通り彼は私の言葉に悲しそうな表情をしたが、…意外にもそれ以上を聞いてくることはなかった。
「そっか、……僕は君のことも心配だけど、早く良くなることを願っているね。」
君のこと"も"と言った事が少し引っかかったけれど、きっと私に会うまでの間愛留にでも会ったのでしょう。
「えぇ、ありがとう。」
彼は、愛留の写真について知っているのかしら?……と、すれ違い様に思いながら鞄の持ち手にキュッと力を入れた。
この写真は、部屋に着いたら一枚残らず破り捨ててしまいましょう。
部屋に着いて、同室がいないことを確認した後…鞄から写真の束を取り出した。
何枚あるかは分からないけれど、軽く見た感じ20枚ほどはあるだろうそれを再度一枚一枚確認する。
「これは…。」
写真はほぼ全てがこの学園に入学してからの物だったけれど、一枚だけ幼少期の写真が混じっていた。
私と彼がまだ主人と従者だった時の物、写真の向こうの私は何も知らず無邪気に笑っている。
________________________戻りたい。
しかし、戻ったとて私だけが幸せだったのだと今さっきの出来事で思い知った。
私が何も知らなかったからこそ、腹違いの…愛人との間に生まれた彼を苦しめてしまった。
彼の私の両親に対する恨み、私への嫉妬は私では到底計り知れないもので…それをしようものならまた彼の傷を抉ってしまうだろう。
「…捨てましょう。」
ハサミで一枚一枚切り刻み、袋に入れて捨てる。
今までの愛留との思い出ごと捨てている様で…少し寂しさを覚えたけれど…でも、こんな兄は見たくなかったのは確かで…蓋をしたかった。
私の知っている彼は、私の話に傾聴してくれて、優しくて…時には叱ってもくれた。
勉強、料理…ヴァイオリンにピアノ、全てにおいて私よりも優秀で…年は同じなのに何処か兄の様な存在で…。
本来であるなら親のすることの多くを彼からして貰った。
お父様やお母様は私のことが誰よりも大事、そう言葉では言うけれど…結局一番側で私に愛情をくれたのは従者である愛留。
そして、私が誰より信頼できるのも……貴方だけ。