キャンプの中、星空の下で/れじゅむく零樹からの告白を受けて、どうも彼女と2人きりで居るあの空間が落ち着かず…受け止めたようで目を背けたかの様に出てきてしまった。
彼女の過去にも衝撃を受けたし、何より彼女の思考に私は初めて少しの嫌悪感を抱いた。これから零樹とどう関わっていくか、どういう関係で居るかを私が決めなくてはならないなんて…彼女の過去を思うとあまりに荷が重い。
零樹は私にとってのお気に入りであり特別。
でも、人をモノの様に扱う…私の大嫌いな行為をしている彼女に対して私は一線を引く、それができるのかしら。
勿論それは否、過去や今がどうであれ…彼女が私を思って接してくれた数々を思い出せばそれも出来ない。
「私は…どうすれば良いのかしら。」
ひとまずは落ち着いて考えたくて答えを先延ばしにしたけれど、それが良かったのかも分からない。
勇気を振り絞って打ち明けてくれた彼女を1人置いて私はあの場を去ってしまった。
きっと今頃零樹は、私に嫌われたくないと、今後の私達の関係について不安に思っているでしょう。
そんな貴方を置いて1人出て行ったこと、少し後悔しているわ。
でも、私自身が考えを整理しなくてはいけない…先ほどの私の貴方への接し方、悪く思わないで頂戴ね。
私のお母様は、愛留を私に支える従者としてあの家に置いた。お母様の愛留に対する接し方は、子どもに対して接する様なものではなかったけれど、私は幼いながらにそれを見て、そう言うものなのだと思って疑わなかった。
愛留が大きくなると、いつしかそれも無くなってきてはいたけれど、今振り返ってみると、お母様は愛留を人の様には扱っていなかったのかもしれないわね。
私は、私を愛してくれてるお母様やお父様が大好きだった。
でもいつしか、"人をモノの様に扱うなんて考えられない"と、心のどこかで拒絶していた。お父様はお母様の様ではなかったけれど、そんなお母様を黙認して見てみぬふりをしたら…それも同等でしょう。
愛留は人をモノのように思う、扱うことは無いけれど…それは愛留も言っているように、自分を自分として見てくれる存在がいたから。
では零樹は?そんな人、彼女の側にいたのかしら?
彼女の兄は見放しはしなかったそうだけれど、……それにしたって零樹に対する関わりが酷いのではなくて?と思ってしまう。
私が貴方のそばにいたなら、少なくとも自分の使い古した玩具なんて渡さない……とも思ったけれど、彼の置かれた環境を考えればそれも致し方ないこと。…やはり、どんなに容姿が似なかったとて、そういう関わりをした両親の方に非があるとしか思えない。
それはそうとして、零樹の性情に関しても耳を塞ぎたくなることばかりだったし、少しの嫌悪感は抱いたけれど、やっぱりそれがあの子を拒絶する理由にはならないわ。
そんなことよりも、零樹をそうさせた環境に腹が立つ。
暫く星空を見た後、自分の気持ちも落ち着いたようで、改めて問題を一つ一つ解こうと…そうした時、地面と靴が擦れるようなジャリ、ジャリという音が鳴った。
気になって後ろを向くと、そこには長身の男性の姿があった。
暗くて誰なのかはすぐには認識できなかったけれど、近づくにつれてそれが愛留と仲の良い写真部の部長だということがわかった。
「悩める子羊さん、今度は何に悩んでいるのかな?」
少しイタズラっぽく言いながらも表情は穏やかで、私の心配をそっと包み込んでくれそうな気を感じる。
「神倉咲蘭…、貴方はいつも……。」
彼はいつも私が何かを抱えている時に姿を見せてくる。それが愛留の差金なのか、単に神出鬼没なのかは分からないけれど……もしかしたら私の抱えているものを軽くしてくれるかもしれない。
でも、零樹の事を言えるわけもないし私の過去についても話すことは出来ない。
どうしようかと考えていると、気を利かせてくれたのか、彼からまた話を進めてくれた。
「クラスが違うのに僕のこと覚えていてくれたの?君のことは、大切の人の為なら自分が傷つくことすらも厭わない人だって…、愛留からよく聞いているよ。」
彼はそう言っているが、愛留がそんな風に私について語ることは有り得無い。だからこそ冗談だと分かるけれど…そう言う言い回しをするっていうことは、ある程度知っていると言うことにもなる。
彼がどこまで私と愛留のことを知っているかは分からないけれど、もしかして彼に対して遠慮はあまり必要ないのかもしれないわね。
「私の大切な人に傷ついて欲しくないだけよ。」
「うん、僕も誰かを傷付けるぐらいなら僕自身が傷ついた方がいいと思っているよ。だから君の気持ちはよく分かるんだ。」
声音は穏やかだったせれど、そう言う彼はどこか苦しそうで、彼と一年先輩の女性との間に起きた去年の出来事を思い出させる言い方だった。
「でもね、自分自身のことも大事にしなきゃ駄目だよ。」
「そう思うなら、どうしてあの時貴方は…。」
"略奪を良しとしたの?"とは聞けず、言葉を詰まらせた。
でも、私が言おうとした事は見透かされていた様で…彼は話を続けた。
「リードを外さないで奪い返すことも出来たと思う。でもね…それをしても僕には虚しさと罪悪感が残るだけだよ。だったら過ぎたことは心の中に閉まって新しい世界を見た方がいい。この世界は広いんだから色々見てみないと勿体無いよ。」
「それで今は彼女に?」
「ん〜、どうだろう?僕ね、鍵持人であるからには誰かの鍵開けはしたいなって思ってて…一番に彼女が思い浮かんだんだ。他にも大好きな人は沢山いたんだけど…不思議だよね。」
「…そうね。沢山いたのにその中の1人だけが思い浮かぶだなんて…その時から気持ちがあったのかしら?」
私がそう聞くと、彼は頭をフリフリと左右に振って否定した。
「何でだろうって…僕も思ったから、ずっと彼女を見ていたんだ。そしたら、僕にとって彼女はシリウスの様に輝いて見えていることに気づいたんだ。彼女は日向を歩くのが得意じゃないけれど、それを言い訳にすることなく直向きに頑張っている。僕と話すのだって始めは辿々しかったのに、いつの間にか少しずつ目を見て話してくれるようになったんだ。それが嬉しくて、もっと沢山の彼女をこの目に納めておきたいって…無意識に彼女を目で追う様になったし、探す様になってしまった。……もう好きな人は作らないって決めたのに、その決意が揺らぐほど僕は彼女を大切に思っているし好きなんだと思う。………そう言う人、園城寺さんにはいないの?」
そう聞かれてその様な人を思い浮かべると、愛留と……それ以外にもう1人いた。
でも、無意識に目で追ってしまったりと言うものは全く無い。
「私の大切な人に対する大切と、貴方の思う大切な彼女への大切では…少し意味合いが違うようね。」
「恋としての好きや大切は人それぞれだから、僕の彼女に対しての考えが全てじゃ無いよ。でも正直、好きかどうかじゃなくて、大切だと思う人を自分自身がどうしたいかが一番じゃないかな?」
「私が、どうしたいか…。」
私の零樹に対する"大切"。
彼女は私の大切に再び会う切っ掛けを作ってくれた恩人で、ただのお気に入りの後輩だから…というだけでは済まされないぐらいには大切だと思っている。
危うい部分もあるけれど、結果的には彼女達の介入があってこその今に至るわけで、私はその時の恩をまだ返せていない。
零樹…。
貴方に貰った恩を返すというわけではないけれど、私が辛い時に貴方が支えてくれたからこそ今の私がある。
私も貴方が辛い時は支えたいと思っている。でもそれは…私が愛留に対して抱いている感情と何の違いのがあるのかしら?
貴方のいう恋愛という意味での"好き"が、私には分からない。
私には……、同じに思えるわ。
「僕、さっきも言った様に…大好きな人がいっぱい居るんだ。そのみんなが大切だから、困った時はみんなを支えたいと思う。でもね、彼女だけは…僕が他の誰よりも一番に支えたいし、彼女の側に、隣は誰にも取られたく無いって思う。園城寺さんはどう?」
「私は…。」
愛留にもし好きな人が出来て、恋人が出来たら…私を一番に思って欲しいだなんて我儘を言うつもりはない。愛留が自分で選んだ大切な人を、他の誰よりも大切にして…お互いに支え合っていって欲しい。
では________零樹は?
彼女が他の誰かを慕うだなんて、…先ほど彼女が言った事を考えればない事かもしれない。でも、もしその時が来たら…少し寂しいわね。
私の隣に零樹がいて、私の目の前には愛留がいる。
それが今の私にとっては当たり前になってきていて…。
何も言えないでいる私を見て、彼はふぅっと一息ついた後にその場に立ち上がって、星空に向けて手を挙げた。
「あーぁ、僕余計な事をして君を困らせたって愛留に怒られちゃうなぁ。」
「そんなことは…。」
「そんなことあるよ。だって愛留は君のこと大好きだから。…愛は歪んでるし、君のことを沢山傷付けたみたいだけど…それでも君に愛される愛留は幸せそうだよ。」
…そうだ、私は…、
愛留の事が大切で、貴方がそう思っていなくても…私だけは貴方の味方でありたいと、それだけを伝えたくてここまで追ってきた。
…愛留の知りたくなかった事を知ってしまったことについては蓋をしてしまったし、少し欲が出てしまったけれど、結果的には何も後悔していない。
「…確かに、愛留の愛は歪んでいるわね。」
零樹の過去は零樹が話してくれたことしか分からないし、過去を変えることは出来ない。
でも、もし私が隣にいることでこれからの彼女の未来が変わっていくのなら……、
「考え、纏ったみたいだね。」
「えぇ……貴方と話して、私がどうしたいか分かったわ。」
「それなら良かった。……夜はまだまだこれからだ、風邪を引く前にそろそろ戻ろう。」
「そうね。……そうだ、今度紅茶部にいらして?貴方の為に私が紅茶を見立てておくわ。」
「本当?!……楽しみにしておくね!それじゃあ園城寺さん、おやすみなさい。」
私の提案に、ぱぁっと効果音が鳴るほど喜ぶ彼はまるで太陽の様だった。
神倉咲蘭________。
不思議な人だわ…と思いながら、私は彼と別れて零樹の待つ場所に帰ったのだった。