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    fs_raku

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    赤ずきんパロ(一二三とゆー)

     赤ずきんは両親からお使いを言い渡されました。離れた場所に住むおばあさんに、地方の自社グループ会社の四半期決算結果を持ってゆくように言われたのです。赤ずきんはたいへん賢く、四半期決算結果の意味はもちろん、自社においてそのグループ会社がどのような立ち位置か、売上高の何パーセントを占めているのかも十二分に理解していたので、よろこんでそのお使いを引き受けました。春の陽気がぽかぽかと暖かく、きもちのよい日のことでした。
     赤ずきんは車に乗ることが好きで、また徒歩よりもその方がはるかにスピーディであったため、おばあさんの家までの道を、運転手を使って車でゆくことにしました。大きな車窓からは、道すがらに森のゆたかな新緑や、すがすがしいすんだ空気を感じることができます。
    「すこし止めてくださるかしら」
     森の中のお花畑に差し掛かったころ、赤ずきんは運転手にそう指示を飛ばしました。そこには色とりどりの可憐な花がうつくしく咲いており、だれもがうっとりとため息をついてしまうほどでした。
     そのお花畑の中に、ぴょこんと動物の耳が一対のぞいていました。赤ずきんは車から降りると、運転手の静止もきかず、お花畑をずんずんと進んで近づいていきます。
    「こんにちは。こんなところでなにをしていらっしゃるの?」
     赤ずきんが声をかけると、その耳はぴこぴこと揺れ、持ち主の顔が花の中からあらわれました。
    「初めまして、お嬢さん。今、子猫ちゃんたちにあげる花を摘んでいるんだよ」
     それはスーツをまとった、一匹のうつくしい狼でした。すばらしい花々と、それに引けを取らないほどきれいな顔をした狼に、赤ずきんは思わず笑顔になりました。赤ずきんは、きれいでないものも好きですが、きれいなものはより大好きなのです。
    「まあ、すてきね。狼さんは、お花とねこが好きなのね」
    「可愛いお嬢さん。きみにも一輪どうぞ」
     狼が差し出した一輪の花は、この花畑の中でもいっとうあざやかに思えました。狼の金髪は、春の陽射しにうたれ、きらきらと輝いています。その瞳も、頬も、もふもふとした指の先までが愛らしく、赤ずきんは一瞬でこの狼に惹きつけられてしまいました。
    「ありがとう、狼さん。とってもとってもうれしいわ」
    「僕も、きみと出会えて嬉しいよ。でも、こんな森の中、一人でいるのは危ないな。お父さんやお母さんは、近くにいるの?」
     狼に諭され、赤ずきんは自分の使命をはっと思いだしました。おばあさんに、四半期決算結果の報告書を届けなければ。もっともっと狼とお話ししていたいのは山々ですが、赤ずきんは、言いつけられたことをきちんと守れる良い子どもです。赤ずきんは、ていねいに一礼すると、狼と泣く泣く別れることにしました。
    「お手伝いができて、えらいんだね。僕は近くに住んでいるから、またいつでもお話しよう」
     狼は、リップサービスを得意技としていました。いわゆる社交辞令ほどビジネスライクではありませんが、耳ざわりのよい言葉を用いておんなのこを虜にするのを、狼はなりわいにしていたのです。そんなこととはつゆ知らず、赤ずきんは、すっかり嬉しくなりました。早く狼とまた会いたい、とそればかりになりました。
     赤ずきんは車に戻ると、運転手に道路交通法をできるだけ無視するように言いつけました。無視はしてほしいが、警察には引っかからないくらいの、ぎりぎりを攻めてほしいと頼みました。運転手はほとほと困り果てましたが、雇い主の頼みをむげに断ることもできません。結局、車は森の中を、犯罪すれすれのドライビングテクニックで進んでいきました。
     赤ずきんは爆速でおばあさんの家にたどり着くと、おばあさんはとても元気に赤ずきんを迎え入れてくれました。赤ずきんは両親に頼まれたとおり、四半期決算の報告書をおばあさんに渡します。ただ渡すだけではなく、報告書のもっとも重要な点をかいつまんだサマリーと、この結果が信頼に足るものであるエビデンスも、しっかりと提示しました。仕事はきちんとやり遂げるタイプなのです。赤ずきんが手をぬかずに、きっちりと役目を果たすことを、おばあさんはとても喜びました。それから同業他社の動向と、業種に関わりそうな与党の政策を重ね合わせ、今後の自社の施策について少し語らい合ったあと、赤ずきんはおばあさんの家をあとにしました。おばあさんは、家族で食べるようにと、おみやげにしっとりとした上等なチーズケーキを持たせてくれました。
     さて、お使いは終わりました。赤ずきんは、おばあさんとの用事を済ませている間、運転手に、あの狼がこの森のどこに住んでいるかを調べ上げさせていました。この森はそんなに広くありませんし、花畑の近くに住む、顔の割れた狼の家を探し当てるなんて、一発です。赤ずきんは、帰り道の最中、今度はゆっくりと狼の家に向かうことにしました。あんまりせいて押しかけるのも、はしたないわ、と思ったのです。赤ずきんは、車内で自分の髪や、お気に入りのずきんによれがないかを確認して、ばっちりと準備をととのえました。
     狼の家は、花畑を少し過ぎたところにありました。白い煉瓦でこしらえた、立派なおうちでした。一人で住むにはおおきい気がするので、だれかといっしょに住んでいるのかしら、と赤ずきんは考えました。もしかして、恋人かしら。でも、そういうことはあまり赤ずきんには関係がありません。赤ずきんは、かってに狼のおうちのとびらをひらきました。幸いなことに(狼にとっては不幸なことですが)、鍵はかかっていませんでした。不法侵入、という言葉も、赤ずきんにはあまり関係がありませんでした。
     おうちの中は、きれいで、整頓されていました。きっと狼さんがきれいずきなのね、と赤ずきんは思います。狼がこまやかに部屋を掃除するようすに思いを馳せながら、赤ずきんは進んでゆきました。
     少しして、狼の部屋だと思われる扉の前にやってきました。確証はなにもありません。ただ、狼さんがいる気がするわ、と思ったのです。ドアノブを静かに回すと、赤ずきんの勘は、ぴったり正解だと分かりました。ベッドの上で、あのうつくしい狼がすうすうと寝息をたてていたのです。
    「狼さん、こんにちは」
     赤ずきんは狼に近づき、声をかけました。けれど、狼はまだすやすやと眠っています。赤ずきんには知る由もないことですが、狼は夜遅く職に従事していました。仕事から帰り、お花畑で花を摘んだあと、まだ明るいこの時間帯にぐっすりと眠っていたのです。
     赤ずきんは、愛しいひとが目覚めないとき、どうすべきかよおくわかっていました。それは、愛するひとからのくちづけです。
     赤ずきんは、おさない体でベッドによじのぼると、狼の顔にくちびるを近づけました。真実のキスをして狼は目覚め、ものがたりはハッピーエンドです。ハッピーエンドになるはずでした。すくなくとも、赤ずきんの中では。
    「え? ひっ、うわあぁああ!?」
     くちびるとくちびるが触れ合う寸でのところで、狼は目覚めました。そして、大きな悲鳴を上げたのです。狼に突き飛ばされ、赤ずきんはベッドの上をころころと転がりました。これもまた赤ずきんの知る由もない話ですが、実は、狼は女性恐怖症だったのです。スーツがないと、どんな女性であっても、怖くて怖くて仕方がなくなってしまうのです。そのスーツは、今はベッドの上で、きれいにハンガーにかけられていました。
    「お、おおお、女!? な、なんでっ、なんでここに、女がっ」
    「狼さんが、おっしゃったのよ。またお話しましょうって」
    「は!? なっ、ななな、なに? な、なん、の話? や、やだっ、ち、近づくなよぉ!」
     話が違うと、赤ずきんは不思議になって首を傾げましたが、もっとなんのことやらわからないのは、狼の方でした。そもそも、女性恐怖症ではなくとも、人の家に勝手に女の子が上がり込んで、さらに眠る自分をのぞきこんでいたら、誰だって怖いのです。狼にとっては、ホラー映画の上に、更にモンスターパニック映画が重なってきたようなものでした。もうめちゃくちゃなのです。
    赤ずきんは困りましたが、どんな表情で、どうあっても、狼のうつくしさが損ねられないことに喜びもしました。
    「狼さんがわるいのよ。狼さんの目は、どうしてそんなにきれいなの?」
     赤ずきんが、せまってきます。狼は必死に逃げようとしますが、ベッドの壁際に追い詰められて、これ以上逃げられません。
    「狼さんの耳は、どうしてそんなに魅力的なの?」
     そうだ、スーツだ! パニックになった頭で、狼はようやく思いつきましたが、スーツは赤ずきんを挟んで向こう側の壁にかけてありました。とてもではないですが、手を伸ばしたくらいでは届きそうにありません。
    「狼さんの口は、どうしてそんなにキスしたくなるの?」
     赤ずきんが、どんどん近づいてきます。狼は、もう気絶してしまいそうでした。
    「狼さんは、どうしてそんなに怯えているの?」
     もう、だめだ! 狼がそう思った、そのときです。
    「どうした一二三! なにかあったのか!?」
     手に猟銃をたずさえた猟師が、部屋に飛び込んできました。狼とは違い、陰気で冴えない顔をした男です。
     猟師は、部屋に見知らぬ女の子がいることに驚いて、ぽかんとしてしまいました。
    「あら、はじめまして。赤ずきんと申します」
     赤ずきんはベッドから降りて、ていねいに頭を下げました。将来、会社経営を担うものとして、必要な礼儀はきっちりとわきまえているのです。
    「あ、どうも、初めまして」
     猟師は思わず、自分が猟銃を持っていることも忘れて、深々と頭を下げました。
    「ど、どっぽぉ、た、た、助けてぇ……」
     狼の情けない声を聞いて、猟師はふと自分の使命を思いだしました。猟銃の先を、彼らからすれば得体のしれない少女に向けます。
    「き、きみ! 一二三が怖がってるだろ、出ていってくれないか」
    「まあ、こわい。とってもこわいわ。そんな恐ろしいもの、こちらに向けないでくださる?」
     言われて、猟師はそれもそうだな、ちいさな子どもにこんなのをむけているなんて、どうかしているのかもしれない、と自分で思いました。けれど、彼女は立派な住居不法侵入者なのです。おさないからといって、見過ごすわけにはいきません。
    「こ、ここ、こっちは本気だぞ!」
     猟師の声は、ふるえていました。実はなにぶん、猟師は銃をまだ一発も撃ったことがなかったのです。猟銃は、いつまでたったも猟師のおまもりで終わっていました。
    「まあ、あなた、すてきなナイトなのね」
     猟師の必死な姿がいじらしく、また微笑ましくもあるので、赤ずきんは、どこか嬉しく思いました。狼と猟師の、つつましくも温かい生活が目に浮かぶようでした。
    「わかりました。名残おしいけれど、今日は帰らせていただくわ」
     ふるえて定まらない銃口を見ながら、赤ずきんはそう言いました。猟師の勇気が、狼を救った瞬間です。
    「狼さん、またお会いしましょうね。今度はゆっくり、お話したいわ」
     お邪魔しました、とスカートの端をつまみ、赤ずきんは頭を下げました。
     何事もなかったように出ていく少女を見届けたあと、猟師と狼は同時に大きく安堵の息をつきます。
    「鍵、ちゃんと掛けないとなあ……」
     どちらともなく、ぽつりと呟きました。ふたりとも、ふるえはもう収まっていました。
     赤ずきんは、狼と猟師の家の前で待たせていた車に乗り込むと、家路へつくよう運転手へ指示を飛ばしました。後部座席に置いておいた、おばあさんから賜った上等なチーズケーキと、狼からもらったあざやかな花を、膝の上に載せてしっかりと抱えます。チーズケーキももちろん嬉しいものですが、なにより、狼からもらった花は、赤ずきんの宝物になりました。この花を眺めるたびに、赤ずきんは狼と出会ったときのときめきと、あの花畑のうつくしさと、運命のまぶしさにまどろむでしょう。赤ずきんにとって、今日はとても楽しい一日でした。家についたら、運転手の働きをしっかりねぎらうことも忘れないつもりです。
     車窓から見える空は、もうすっかり茜色に染まっていました。色濃くかがやく太陽を見て、赤ずきんは、まるで狼さんみたいだわ、と小さく呟きました。家に着くまで、赤ずきんは、いつまでもいつまでも、空を眺めていました。
     
     めでたしめでたし
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