回るセカイを何度でも どうやらオレは明日死ぬらしい。
「……信じて、くれないですよね。」
「まぁ、嘘みてぇな話だとは思うよ。」
目の前に座っている大悟は目を逸らしたまま、そう話す。
夜公演の後、大悟に「飯行きませんか。」と誘われた。こいつから誘ってくるのは珍しい、と思いつつも快諾し、空いていた居酒屋を探して入った。
ある程度酒が入り、大悟が突然「今から俺が何を言ってもちゃんと聞いてくれますか。」なんて言うものだから、何かと思えばそんな話をされた訳だ。
明日の千穐楽、夜公演の出番中にオレは舞台上で死ぬらしい。そして大悟はその死ぬ様を何度も見て、その度にオレを助けるためにこの世界を繰り返しているらしい。
世界を繰り返している、なんて全く現実味のない話だが大悟がここまで真剣に言うのだから本当の話なのだろう。
ある時は舞台上の装置の下敷きになり圧死。ある時は舞台下への落下死。ある時は小道具の刀が刺さっての失血死。と死因も多種多様らしく、防ぎようが無いらしい。
「んで、それを聞かされてオレはどうすればいいんだよ。……まさか、」
「そのまさかです。明日の公演、出ないことは出来ませんか……?」
「無理に決まってんだろ。」
確かに今聞いた死に方で共通していることと言えば、明日の夜公演の本番中のシーン8で必ず起きている、ということぐらいだ。
とはいえ、怪我もしていない、増してや千穐楽を休演するなどありえない。
「何も全部じゃなくたっていいんです!あのシーンにだけいなければ。」
「出とちりなんて有り得ねぇって。シーン8なんてオレとお前しかいないとこだし。」
他の役者も大勢いるシーンならまだしも、2人きりのシーンだ。人に紛れることも出来ないだろう。
「ですよね……。」
万策尽きたり、といった顔だ。無いはずのしょぼくれた耳としっぽが見えた。
「……なぁ、大悟。お前、このループ何回目だ?」
「多分、6回目ですね。」
オレ5回も舞台上で死んでるのか、と思いつつも会話を続ける。
「その中でオレにループのことを伝えたのは?」
「今回が初めてです。」
「じゃあ、今回は何かが変わるかもな。」
今聞いた死因たちは事前に聞いていればある程度気をつけようのあるものだ。
ループの話を聞いた今回は生き残れるかもしれない。
「公演が無事終わったら2人でお祝いしましょ。」
大悟にとっては悲願なのだろう。「分かった。約束な。」と返すと「約束ですよ。絶対ですからね。」と小指を絡ませた。
「緊張してんのか?」
「少しは。千穐楽ですし。」
本番10分前。舞台袖に待機し、大悟とそんな会話を交わす。客席は満席。観客たちの声がこちらまで聞こえている。
「あの、流司くん。」
大悟は遠慮がちに袖を引いてくる。
「ん?どうした。」
振り向くと、突然大悟に抱きしめられた。自分より大きな体で包み込むように抱きしめてくる。
「馬鹿!誰かに見られたらどうすんだ!」
小声で文句を言いつつ、引き剥がそうと抵抗するが、なかなか腕は解けそうにない。
「……大好きです。愛してます。」
そうか。こいつにとっては今がこの世界のオレと話せる最後の時間になるかもしれないのか。
「知ってる。オレも愛してる。」
そう返し、抱き締め返した。何度包まれたか分からない温もりが、今日だけは特別なものに思える。優しく背中を摩るとようやく離してくれた。
「何泣きそうな顔してんだよ。大悟。」
「だって、流司くんが……。」
「終わったらお祝いすんだろ。」
「……はい!」
会場内に流れていたアナウンスが止まり、開演のブザーがなる。いよいよ千穐楽が始まるのだ。
「また後でな、大悟。」
「はい、また後で。流司くん。」
暗闇だった舞台の上に1人の影が映し出された。