記憶 渋滞を見越して早めに家を出発したものの、撮影の集合時間よりかなり早く到着してしまった。車の中で時間を潰すにも時間がありすぎる。暇を持て余しそうだ。
外で時間を潰すか、と仕方なく近くにあったカフェに入ることにした。
チェーン店ではなさそうなそのカフェは入口からいいコーヒーの香りが漂っている。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
メニューを見ながら店員の問いかけに「ブレンドコーヒーで。」と返す。
「かしこまりました。ご一緒に軽食はいかがですか?」
生憎だが、朝食は食べてきてしまった。「大丈夫です。」と顔を上げたその時、随分と見慣れた顔がそこにあった。
「か、とう。」
そう書かれた名札を思わず読みあげてしまう。
大悟、そう続けてしまいそうになった口を咄嗟に押えた。
「あ、名札!もしかして知り合いとかと似てますか?」
見慣れた顔立ち。高い背丈。聞き覚えのある声。
「……ああ。そっくりだったから驚いた。」
咄嗟にそう返し、支払いをする。レシートを受け取り、注文カウンターがよく見える席に移動する。顔に出ずらいのが幸いだった。向かいに荷物を置き、席に腰かける。
「お待たせしました。ブレンドコーヒーです。」
そう言って持ってきてくれたのはあの店員だった。
こちらに向けた笑顔はあまりにも見慣れすぎたもので。ずっと記憶の中にあったものだった。
別人だと言うにはあまりにも似すぎている。
しかし、それなら何故こんな所で働いている。何故オレに気が付かない。何故6年前突然消えた。
何故、何故、疑問ばかりが頭の中を駆け巡る。 他人の空似かもしれない。世界には自分と同じ顔の人間が3人いる、なんて話もあるし。
「お知り合いの方とそんなに似てるんですか?」
「え?あ、ああ。かなり。」
自然に気が付かれないよう普通の態度を取ろうとしていたはずだが、視線に気が付かれたらしい。
「お友達とかですか?」
「オレの後輩。最近会えてねぇんだけど、真っ直ぐで太陽みたいなやつでさ。」
「へー!そんなに似てるんだったらお会いしてみたいです!」
「そのうち、連れてくるよ。」
「はい!お待ちしてます。」
喋れば喋るほど、疑惑が確信に変わっていく。
彼は「では、ごゆっくりどうぞ。」と軽く頭を下げると店のカウンターへ戻って行った。
コーヒーに口をつけながら見つめる。いつの間にか仕事の時間が迫っていた。
慌ててコーヒーを飲み干し、鞄を持つ。カップを返却しにカウンターへ向かう。ちょうどあの店員がいた。
「ありがとうございます。また来てくださいね!」
「うん、また。」
カウンター越しにそう答え、足早に店を出る。
車に乗り込み、鞄を置くとため息を漏らした。
「……生きてたんだな。よかった。」
あの日から何度も何度も記憶から消そうとした。しかし、ずっと消せなかった。どこかで探し続けていた。後輩で恋人だった大悟を。ずっと。
「オレのこと、忘れてんじゃねぇよ馬鹿。」
車の中、1人そう呟くことが今の精一杯だった。