ある夜に「っは、ぁ、はぁ……っ、はぁ……っ……夢、か……。」
「……どうした、大悟。大丈夫か。」
目が覚めると隣に寝ていた流司くんの心配そうな顔が瞳に映る。触れ慣れた彼の手が優しく背中を摩る。俺の声で起こしてしまったらしい。
「大、丈夫です。」
心配をかけたくなくて、そう言葉を絞り出す。
背中を嫌な汗が伝う。手の震えを隠すように布団の中に潜り込ませた。
「悪夢でも見たか?」
じっと目を見てそう尋ねてくる。いつにも増して優しい声をしている。
ああ、この人には本当に敵わないな。
「公演が終わっても役が入ったままで、段々自分がなんなのか、分からなくなって、役に自分を乗っ取られる、みたいな夢を見ました。」
役柄を上手く切り離せず、自分との境界線が分からなくなった。おそらく、最近稽古している作品のせいだろう。
「そっか。眠れそうか?」
「いや……あ、流司くん先寝ててください。」
悪夢のせいか変に目が冴えてしまった。流司くんは明日は朝から仕事のはずだ。付き合わせる訳にはいかない。
「ちょっと待ってろ。」
流司くんはそう言うと、部屋を出ていく。
数分後、戻ってきた彼の手には2つのマグカップがあった。同棲を始める時にお揃いで買ったものだ。
「ん、コーンスープ。温かいもの飲んだら少しは眠くなるだろうし。」
「あ、ありがとうございます。」
手渡されたマグカップを持ち、スープに口をつける。
「すみません、起こしちゃって。」
「気にすんな。オレも悪夢見て飛び起きることなんてよくある。」
意外だった。前になにかの作品で追いかけられる夢を見る、といった話をしていたのは知っていたが、よくある話だとは思っていなかった。王様のようなこの人も悪夢に苛まれる日々があるのか。
「だから、いくらでも頼れよ。オレはお前の恋人で先輩なんだし。な。」
こちらから視線を逸らさず、彼は笑って見せる。この人は今までどれだけの苦しみを乗り越えてきたのだろう。
「流司くん。」
「ん?」
「少しの間で良いので、手握っていてくれませんか。」
スープを飲み終わるほどの時間が経っても左手の震えと背中を伝う嫌な汗は収まっていなかった。流司くんは「なんだ、そんなことか。」と笑うと捲れたままになっていた布団をかけ、両手を優しく包み込んでくれた。
ほんの少し自分より低い彼の体温が心地好い。あんなに早かった鼓動も平常を取り戻しつつある。
「おやすみなさい、流司くん。」
「おやすみ、大悟。」