チキンのトマト煮 続 玄関のチャイムが鳴る。昔馴染みの相棒の「流司、来たでー。」という声を聞き、玄関の鍵を開けに行く。
「いつも通り頼まれたもん持ってきた。」
ドアの向こうには見慣れた相棒の姿があった。手には頼んだ荷物であろう紙袋を持っている。
「ありがと、ぴーちゃん。助かる。」
紙袋を受け取り、家へ招き入れた。壁伝いにリビングへ向かっていく。
「最近は?なんかあった?」
「祭の稽古が始まったぐらいや。皆張り切っとる。」
祭。もうそんな時期なのか。最近発表されたのを見た気がしていたが。ほとんど外に出ないせいか季節が進んでいる感覚がない。「適当に座って。」と伝え、キッチンに移動する。「別に長居する気ないで。」と返ってきたが、「お茶ぐらい出すって。珈琲の方がいい?」と聞き返す。
「珈琲で。お前の方は?」
「脚本1本と歌詞3曲分並行してる。他にも書き物がいくつか。それなりに忙しくさせてもらってるよ。名前もバレそうにねぇし。」
珈琲を2人分煎れ、テーブルに置く。動かない右足を引き摺りつつ、椅子に座った。
「体は?」
「見ての通り、変わんねぇかな。あれから6年も経ってるし今更治ることもないって。」
6年前の事故。オレは舞台の稽古中セットから足を踏み外し、奈落へ転落した。幸いなことに命は取り留めたものの、それがきっかけで右足はほとんど動かなくなった。手術しようが、どれだけ時間が経とうが元に戻ることはないらしい。
「やっぱり信じられへんわ。お前が舞台にいないなんて。寂しそうにしとるやつも多いし。」
「今更?もうこうやって脚本とか作詞とかしかやらなくなってだいぶ経ってんのに。」
足が動かなくなったことを聞いてすぐに"俳優 佐藤流司"を殺すことを決めた。事務所にはかなり止められたが、それはもう1つの提案によって渋々だが了承して貰えた。
「まさか、あの佐藤流司が名前変えて裏方で生きてるなんて誰も思わへんやろ。」
そう、この提案によって。
「まぁね。事務所の方にもかなり協力してもらったし。」
俳優として入っていた仕事のキャンセルや説明。ファンへの発表、関係各所への連絡、家族への説明。相当な業務量だったはずだが、俺が入院している間に全て済まされていた。事故から3日後には俺は死んだことになり、葬儀が行われた。
後輩、先輩、同期、関係者その他各所から相当な人数が駆けつけてくれたらしい。立てなくなるほど泣いている人もいたと聞いた。両親からの連絡でそれを知った時は自分で決めたこととはいえ罪悪感に押し潰されそうになった。
「俺もかなーり上手く騙されたわ。あんなに泣いたのあん時ぐらいや。」
彼は珈琲を飲みながらそう口を窄める。
「ごめんって。結局ぴーちゃんにはバレたんだし許してよ。」
死んだことにしたはいいものの、仕事をしているうちに数名にはバレてしまった。ぴーちゃんには違う名前で発表された作品を見つけられ、異常な数の電話とLINEをしてこられた。最初の方は無視するようにしていたが、ついに事務所にまでかけたらしく、逃げきれないだろうと諦め、生きていることを伝えた。伝えた時はかなり怒られ、泣かれたが、今ではこうして良き協力者になってくれている。
「後輩たちは未だに寂しそうやで。特に大悟は。まだお前を引き摺っとる。頻度は減ったけどたまにみちのく初演の動画ぼーっと見とるの見かけるし。」
最初で最後の共演になったあの公演の動画をまだ見ているのか。もうあの作品には新しいキャストがいるはずだ。去年、新キャストとの再演も行ったというのに未だに忘れてくれないらしい。
「もう忘れてもいい頃なのにな。」
「あいつは忘れる気ないみたいやで。最近、イヤーカフと指輪常につけてるし。」
大悟があまりアクセサリーを多く付けている印象は無い。この数年の間に変化することもあるかとは思うがSNSをみる限りそんな様子は見当たらなかった。
「お前が6年前に用意したプレゼント、誕生日に見つけたらしい。それからずっとつけとる。」
大悟が30歳になった時に渡そうと俺 オレが6年前に用意したものだ。こんなことになるとは全く予想していなかったため、すっかり忘れていた。
まさか本当に30歳の誕生日に見つけるとは思ってもみなかった。
「……そっか。」
6年経っても大悟の中でオレの存在は変わらないままなのか。もういなくなってからの時間の方が長いだろうに。少しの嬉しさと罪悪感に胸が痛む。
「そうや、渡したいもんあったん忘れてたわ。」
ぴーちゃんは鞄を漁り出す。そして、1枚のチケットを差し出してきた。
「何これ。」
「来週の大悟の主演舞台のチケット。取ってもらった。」
SNSで発表していたのを見た記憶がある。大悟にとっては今までで1番大きな劇場での主演だろう。
「俺その日仕事入ったから行けへんの。だからやるわ。好きにせえ。」
「は」
思わず驚愕の声を上げてしまった。スケジュールは問題ない。直近の締切もなく、行ける日程だ。それを見越してチケットを取ってきたのだろう。オレがどれだけ覚悟を決めてこの道に進んだか分かっている彼がチケットを差し出してくるとは本当にタチが悪い。
行けば生きていることがバレる可能性がある。大悟の主演姿を見たいのは確かだが、見つかれば今の生活が成り立たなくなる可能性がない訳では無い。
「大悟、相当頑張っとるみたいやで。」
努力家な大悟のことだ。主演のプレッシャーを感じながらも、前を向いて頑張っているのは見なくても分かる。
「はっきり言わねぇのずるいよな、ぴーちゃんは。」
溜息をつきながら少し不貞腐れたような顔をすると「ずるい先輩で悪かったな。」と笑われた。こういうところは敵わない。
「ま、とりあえずチケットはやるから好きにせえ。行くも行かんもお前の自由や。」
彼はチケットをオレの手元まで持ってくる。受け取らない、という選択肢は無いのだろう。
「じゃ、そろそろ帰るわ。珈琲美味しかった、ごちそうさん。」
荷物を持ち、家を後にしようとする彼に「下まで送る。」と言うと「いい、一緒にいるとこ見られたらまずいやろ。」と返された。玄関まで見送り、姿が見えなくなったのを確認してドアを閉め、鍵をかける。昼寝から起きてきたらしいみるたがじゃれついてきた。みるたを抱き上げ、リビングに連れていくといつの間にかキャットタワーの上にいたもちおが「なぁーん」と鳴く。
「どうすっかなこれ……。」
チケットを手に取り、じっと見つめる。日付は1週間後の夜公演だ。まだ考える時間はある。
2日後、オレは打ち合わせのため某ビルに来ていた。普段ほとんどのやり取りはオンラインで行うのだが、プロデューサーの希望で対面での打ち合わせになった。正直オンラインでも良かっただろ、と思うような内容だった。
長引かずに済んだのが幸いだった。どこかで遅めの昼食でも買って帰ろうか。
無駄に長い廊下を歩いていく。足を引き摺りながら歩くせいで昔の倍は時間がかかってしまう。これだから対面での打ち合わせにはあまり出たくないのだ。
その時、曲がり角から出てきた人物に反応しきれず、ぶつかり、バランスを崩して転んでしまった。足元に気を取られ、気が付かなかった。
「すみません!大丈夫ですか。」
謝る声が聞こえ、顔を上げて起き上がろうとすると懐かしい顔がそこにあった。
「しゅ、んや、」
しまった、と思った時には遅かった。峻也は目の前で驚愕の表情を浮かべたまま固まっている。
「あ、えっ、りゅ、」
名前を呼ばれる前に慌てて口を塞ぐ。人違いで誤魔化せるような仲でもない。「峻也、この後時間あるか?説明させて欲しい。」と言うと言葉も発さずに頷いてくれた。
飲食店で出来るような話でもない。仕方なく、峻也を家へと連れていくことにした。
「事情は分かったけど、俺隠されてたのすごく納得いかないんだけど。」
6年前の事故から現在に至るまでを大まかに説明すると、峻也は驚きながらも冷静に聞いてくれた。
「俺何回も泣いたし、寂しかったんだから。」
涙を大量に貯めた目でこちらを見てくる。言葉も事実だろう。
「本当にそれは悪かったと思ってる。けど、」
「舞台に立てなくなった自分を俳優仲間に知られたくなかった?」
「……うん、まぁそういうこと。」
色々理由はあるものの、"俳優 佐藤流司"を殺そうと決めたのはこれが一番の理由だった。期待してくれた先輩、信用してくれた同期、尊敬してくれた後輩、応援してくれたファン。そんな仲間達に動けなくなった姿など見られたくなかったし、腫れ物扱いされるのも耐えきれなかった。
話を聞いただけで言い当ててくるのは流石の付き合いの長さと言ったところだろうか。
「他に知ってるのは?鳥くんは聞いたけど。」
峻也はお茶を飲みつつ、そう尋ねてくる。
「涼くん、公輝くん、ゆうだいくん、ぴーちゃんの4人だけ。本当はバレないようにするつもりだったんだけど、色々あってこの4人にはバレた。」
皆それを事実を知った上でこの数年隠し続けていてくれている。本当に頭が上がらない。
「大悟くんには、伝えてないんだ。」
峻也はオレが大悟と付き合っていたことを知っている数少ない人間でもある。「うん、伝えてない。」と答えると「通りであんなに寂しそうなんだ。」と返ってきた。
「ぴーちゃんにも言われたけど大悟あいつそんな分かりやすく引き摺ってんの。」
心配はしていたがそこまでとは思わなかった。
「表向きは普通に出来てるけど、お守りみたいに写真ロック画面にしてるし、りゅーくんからのプレゼントだってアクセサリーは常につけてるし事情知ってる俺達から見たら相当分かりやすく引き摺ってるよ。」
「っ……。」
この6年間、大悟はそんな状態のまま生きてきたのか。ずっと俺の存在を引き摺ったまま。
「俺がどうこう言える立場じゃないけどさ、少しは遺される側の気持ちも分かってあげて。」
分かっている。いや、分かっているつもりだった。
「みんな、りゅーくんのこと大好きなんだよ。今でも話題になるぐらい。なにもかも覚えてる。」
思わず目を逸らしたくなったものの、彼の視線からは逃げられそうになかった。
「……もしかして峻也、滅茶苦茶怒ってる?」
「うん、かなり。だって誰も知らなかったならまだしも鳥くんとか涼くんが知ってるのに俺が知らなかったの悔しいもん。」
峻也は頬を膨らませ、不貞腐れたような顔をする。「ごめんな。」と言うと「今度居なくなったら許さないから。」と返ってきた。
深いため息をつきながら、劇場の入口を見上げる。結局、来てしまった。
峻也と会った日、大悟の主演舞台の話になり、チケットをもらった事を話すと「俺もいるから来てよ。」と言われてしまった。一度は断ったものの、「俺ずっと寂しかったんだけどなぁ。俺もいる舞台だし、来て欲しかったんだけどなぁ。」と悪態をつかれ、気がつけばこの劇場に足を運んでしまっていた。
自分でもあまりどうしたいのか分からない。公演を見れば少しは判断が出来るか、と思ったのも理由の一つだ。
あまり階段を上がらなくても済む席にしてくれたのは有難い。近くはあるが、かなり下手なこともあり、舞台上からはそこまで見えないだろう。
大悟に会いたい気持ちはある。しかし、本当に会うべきなのだろうか。舞台に立てなくなった自分を見せるぐらいなら、いっそ会わずにもう会えない憧れのままでいる方が大悟のためになる気がする。
チケットをもぎってもらい、中へと入る。劇場自体に来ることすら久々だ。事故以来、ほとんど劇場には来ていない。
物販を横目に席へと直行した。ただでさえ男1人で来ている姿は目立つのだ。マスクをしているものの、下手に人に顔を見られたくない。
席に着くと開演時間までまだ余裕があった。チケットをもぎって貰った際に渡されたフライヤーを眺める。6年経ったはずだというのに大悟も峻也もあまり変わらない。メイクはしているものの見慣れた顔立ちに見える。
まだ幕の開いていない舞台は暗いが、美しいセットがそびえ立っている。前に自分が演出や脚本、原案を担当し、出演もした舞台のセットに少しだけ似ていた。もう、舞台の上に立つことは無いだろう。客席から舞台を見ることもすら久しぶりで舞台に立つことが当たり前だった日々が懐かしい。
周りの席が埋まりだし、時計を見ると開演10分前だった。平日にも関わらず、席はほとんど埋まっている。女性客が多いが男性客や家族連れの姿も見えた。ブザーが鳴る。開演の時間だ。
会場が暗転し、明転すると、0番に大悟の姿があった。
すぐに曲が入り、息を吸ったのが見えた。歌い出しから圧倒的な声量が出ている。安定感も抑揚の付け方の上手さも6年前からあったが数倍上の域に達していた。曲が終わると、下手から別の演者が登場し、台詞を交わし始めた。芝居にも1ミリの隙も見えない。
ちゃんと、前に進めている。大悟はオレがいなくても大丈夫だ。6年前のほんの僅かな期間の記憶などじきに忘れるだろう。やはり、今更オレが現れるべきじゃない。
「本日はご来場頂き、ありがとうございます!では、今日は……」
公演は大団円で終わり、カーテンコールが始まる。圧巻で、あっという間の2時間だった。
大悟が指した隣の俳優が話し始める。大悟は隣をちらちらと見ながらも客席の方を見ている。ファンを探しているのだろう。本当はカーテンコールの間に立ち去るつもりだったものの、この中で立ち上がるのは余計に目立つため諦めた。いいカンパニーなのだろうと予測が着く。キャストも皆楽しげだ。
カーテンコールを見ていたその時、大悟の目線がこちらに向いた。まずい、と思った時にはもう遅かった。大悟はこちらを向いたまま硬直している。
「……この先の公演も応援して頂けると幸いです。それでは、座長にお返しします!」
隣の俳優が礼をし、挨拶を締める。大悟はまだこちらから目を離さない。隣の俳優に名前を呼ばれようやく、目線を中心に戻した。「どこ見てたんだよ。」とからかわれている。
今ならまだ、見間違いで誤魔化せる。舞台上から死んだはずの先輩が見えたなんて、夢のある話で済む。
もう、大悟に会う気など無い。ずっと気がかりではあったが、ようやく決意が固まった。舞台に立てなくなったオレの姿など今の大悟に見せるべきじゃない。
「本日は誠にありがとうございました!」
キャスト全員の声が響く。幕が下り、公演終了のアナウンスが流れた。
すぐに立ち上がり、ロビーへ出る。かなり急いだが、人混みのせいか時間がかかってしまった。
そのまま外へ出ようとしたものの何やら周りがざわついている。主にざわついているのは自分よりもホール側の方だ。何かあったのかと振り向くとそこには大悟の姿があった。思わず目を疑う。
どうやらウィッグと衣装だけを外し、そのまま外に出てきたらしい。案の定見つかり、こうして周りがざわついている。主演が突然予告もなく、ロビーに出てきたとなれば当たり前だ。
あの馬鹿……!
見つかる前に外に出ようと、出口へ急ぐが混みあっており、なかなか進まない。数分経ってようやく外へ出られた。
早くこの場から離れよう。もう会わないと決めたのだ。決意が揺らぐ前に早く。消えなければ。
外に出てしまえばあまり目立ちはしない。きっと見つけられはしないだろう。
しかし、その時突然誰かに腕を掴まれた。
「流、司くん、ですよね……?」
振り向くことすらせず、「人違いだ。離せ。」と手を振りほどこうとするが、なかなか振りほどけない。「俺が、見間違えるわけないじゃないですか。」と後ろから今にも泣きそうな声がする。
「流司くん、6年もどこで何してたんですか。ずっとずっと寂しくて探してたんですよ。」
握られた手の暖かさに昔の記憶が呼び戻される。
「……佐藤流司は、死んだだろ。」
6年前に死んだはずの存在が再び現れるなどありえない。今の大悟にオレは必要ないだろう。
「最初、見間違いだと思いました。けど、ここにいるのは間違いなく流司くんです。流司くんのこと間違えたりしないです。」
唇を噛み締め拳を握りしめる。今ここで認めてしまえば6年間隠し続けたことが全て意味をなさなくなってしまう。
「流司くん、こっち向いてください。俺、6年間流司くんがいない間も頑張ったんですよ。」
知っている。日々更新されるSNSをずっと見ていた。そして今日の公演でやっと今の大悟の演技を見てよく分かった。
「6年前のあの日、何があったか分からないですけど、ずっと忘れられなかったんです。今も変わらず大好きです。」
この言葉に嘘偽りなどひとつも無いことは顔を見なくとも分かる。
真っ直ぐな大悟の言葉。懐かしくて仕方がない。
「どんなことでも、全部受け入れます。教えてくれませんか。」
大悟はオレの腕を握ったまま、離そうとしない。逃げることは諦めた。
「大悟、腕離してくれ。もう、逃げないから。」
そう言い振り向くと、大悟はようやく手を離し「流司くんの顔久しぶりに見ました。」と嬉しそうな笑顔を浮かべた。この表情は6年前から変わらない。
「大悟、あのな……オレ、もう舞台に立てねぇんだよ。」
大悟の反応を見るのが怖くて仕方がない。俯いたまま、話を続ける。
「6年前、舞台から落ちた時の怪我で足が動かなくなった。ただ歩くだけでも右足を引きずった状態になる。こんな状態で、舞台には立てない。」
何時間も動き回り、走り回る舞台俳優にとって足は商売道具と言ってもいい。足を引き摺ったまま芝居をするなど考えられない。
「今のオレはお前の憧れだった頃には戻れねぇんだよ。だからもう、忘れてくれ。忘れてもらうためにオレは死んだことにしたんだ。」
言ってしまった。失望しただろう。憧れだった俳優が足を壊して舞台に立つことすら出来なくなったのだから。いっそ見放してくれ。下手に哀れまれでもしたら目も当てられない。
自嘲気味に笑ってみせる。慣れた表情のはずなのに、上手く作れているか分からない。
「流司くん。」
上手く顔を見られない。声色だけでは判断がつかなかった。唇を噛み締め、目を瞑る。
「……なに。」
声が震える。
とうの昔に1人で決めて失う覚悟をしたはずだというのにあったことを知ってしまったものをもう一度失うのはこんなに怖いのか。
「今は、流司くんどこも痛くないですか。」
「……?うん、足は引き摺らなきゃ歩けねぇけど痛みはほとんどない。」
「どうやって生きてますか。苦しい思いはしていませんか。」
「名前変えて脚本とか作詞とかいろいろ書き物やらせてもらってる。それなりに楽しんでるよ。」
「このことを知ってる人は他にもいますか。」
「ぴーちゃんとかの他にも何人か。色々あってバレたから知ってる。」
「じゃあ、1人じゃないんですね。」
「昔よりは頻度減ったけど皆来てくれた時は飯食いに行ったり出かけたりしてるから1人じゃねぇよ。」
意図は全く分からないが聞かれるがままに答える。どういうつもりなのだろう。
「…………よかったぁ……。」
大悟はそのまま崩れ落ちるかのように座り込んでしまう。
「え、」
「俺は、流司くんが幸せに生きてたならそれで十分です。生きてたの隠されてたのはちょっと怒りたいですけど。孤独じゃなくて、幸せなら、今はそれで。」
失望されると思っていた。
許されないだろうと思っていた。
だって、全部1人で決めて、何も話さずに大悟を置いていってしまったのだから。
6年経っても大悟の"大好き"はこんなに変わらないものなのか。
「あ、けど1つだけ言わせてください。」
そう言うと、大悟は立ち上がり、オレの体を包み込んだ。
「おかえりなさい、流司くん。6年間ずっとずっと待ってました。」
6年間待ち続けていた、その言葉の重みは嫌という程分かる。
暖かい。この陽だまりのようなら暖かさすら懐かしく、愛しい。
「また、俺と一緒にいてくれますか。」
6年間どこかでこの言葉を待っていた気がする。
「また、一緒にいてくれ。ずっと1人にしてごめん。」
6年間、待たせ続けてしまった。もう手放すつもりは毛頭ない。
するとその時、2人のお腹の音が鳴った。そういえば昼食を食べたっきりだ。大悟も公演後で空腹だろう。
大悟はようやく離れ「お腹空きましたね。」と少し照れくさそうに笑う。
「この後は?帰れるか?」
そう尋ねると「はい!」と元気のいい答えが返ってきた。
「じゃあ、飯行くか。」
差し出された手を握り、劇場までの道を歩いていく。外で手を繋いだ記憶などないが、たまにはいいだろう。「俺、流司くんに話したいことがいっぱいあるんです。」と大悟は嬉しそうだ。
「6年分、いくらでも聞かせてくれ。」
「はい!」