具沢山のカレーライス「……大悟。」
「流司くん?どうかしました?風呂熱かったですか?」
目の前には恋人である大悟。同棲している見慣れた部屋の景色が周りに広がっていた。
手にはタオル。服装は寝巻きで、オレは風呂上がりらしい。
時刻は23時を少しすぎた頃だ。付けっぱなしのテレビからはアナウンサーのニュースを読み上げる声が聞こえる。
「いや、なんでもない。」
大悟は「夜飯今作ってるんでちょっと待ってくださいね。料理久々ですけど多分大丈夫なはずですから!」と得意げな顔をする。確かに大悟がキッチンに立つ姿を見るのは珍しい。
今日は稽古の後に仕事があるから遅くなる、と大悟に伝えたら、「じゃあ今日は俺が何か作りますね。」と言っていたのを思い出した。
「何作ってんの。」
少しだけ背伸びをし、後ろから覗き込む。
「カレーです。具だくさんのやつ。」
「いいな。美味そう。」
鍋ではたくさんの野菜と肉がカレールーと共に煮込まれており、食欲を唆る香りがする。「味見しますか?」と聞かれたが、「出来上がってからにする。」と返し、作り置きのサラダを皿に盛り付け、持っていく。ついでに棚からスプーンとフォーク、箸を出し、テーブルに並べた。
「あとどんくらい?」
「10分ぐらいっすかね。後は煮込むだけなんで!」
わざわざ夕飯を待っていてくれたのだろう。キッチンには2人分の皿が用意されていた。
ソファに座り、スケジュールをチェックする。
「大悟ー。次の一日オフいつ?」
「次は確か来週の水曜です!」
「なかなか被んねェな。その日丸一日仕事だわ。」
カレンダーアプリを確認すると、公演のあとにレコーディングが予定されていた。朝から深夜まで帰れないスケジュールだ。
「あ、今週の金曜日とかはどうですか?金曜なら仕事午前だけなんでその後は暇です。」
「その日は午後だけ仕事なんだよ……。」
金曜日は雑誌の撮影とインタビューが数社まとめてある。夜までかかるだろう。
「上手くいかないッスね……。」
俳優とアーティスト活動を並行して行っているオレたちはなかなかスケジュールが合わない。オフの日がそもそも少ない上、互いに舞台が多いという特性上地方に出かけていることも多いため、オフが重なるのは数ヶ月に一度あるかないか程度だ。
一緒にいる時間を増やしたい、という理由で付き合ってすぐに同棲を決めた。
食事を共に出来るのは週に数回程度だが、無くしたくない好きな時間だ。
「あの、流司くん。」
「……ん?何?」
なかなか話し出さないのを不思議に思い、ソファに座ったまま振り向く。
「最近どうですか?」
「最近?別にいつも通りだけど。」
週に数回とはいえ食事を共にし、同棲しているのだから、様子はある程度分かっているはずだ。何故今更そんな質問をするのだろう。
「あー祭りの稽古のことか?新しい奴が今回多いから昔の曲入れるの大変そう。オレに聞いてくる奴も多いし。」
大悟は公演の都合で祭りの稽古への参加が遅れている。今回は新しい男士が多いということもあり、気になっていたのだろう。様子を聞いておきたかったのか。
「今回は昔の面子揃ってるしそこはいくらでもカバー出来るから多分大丈夫だと思うぜ。むしろ大悟達のあたりの曲をやった奴が少ないから苦戦してるわ。」
今回の祭りは古株と新顔が多い公演だ。中間の面子が抜けていることもあり、そのあたりの曲で皆苦労している。
「だから早く来いよ。大悟より歳下のやつも増えたしさ。」
入ってきた時は最年少だった大悟も今では中間層にあたる年齢だ。本公演を2回経験しているということもあり、頼りにされるだろう。
「流司くんは、どうですか?」
「オレ?んー、まだそんなにオレも稽古参加出来てねぇからあれだけど、久しぶりの全公演出陣だから新しく覚える曲多くて楽しい。」
近年は地方公演のみの出陣が多かった分、久々の全公演出陣は嬉しくて仕方がない。長い公演の中で進化させていくのも祭りの醍醐味だ。
「ご飯、ちゃんと食べてますか。」
「うん。減量用の飯ではあるけどな。今日だってちゃんと帰ってきてから飯食おうとしてんじゃん。カレー出来た?」
先程からオレの様子を伺うような質問ばかりしてくるのか。そんなに最近、話せていなかっただろうか。まるで、ずっと離れていたように聞こえる。
「はい。今そっち持っていきますね。」
大悟はカレーの盛られた皿を2つ、食卓テーブルに運んできた。オレの目の前と向かい側にそれぞれ皿が置かれる。
「おー、美味そう。料理上達したな。」
同棲を始めてすぐの頃は、大悟がキッチンに立つことはほとんど無かった。偶にではあるが最近はこうしてご飯を作ってくれることも増えた。前は何を作ってくれたっけ。
「なぁ、大悟。オレたち同棲して結構経ってるよな。」
その時、気がついた。大悟が作ってくれた料理が全く思い出せない。それどころかここ数年の記憶に一切大悟が出てこないのだ。
大悟はなにも答えてくれない。「大悟?」と首を傾げるも、何か思い詰めたような表情のまま俯いていた。
どれだけ記憶を辿っても大悟との記憶が6年前より新しいものがない。ずっと一緒にいたはずなのに。みちのくの後も何度か共演したはずなのに。思い出そうとしてもまるでそんな記憶元から無かったかのようだ。
「俺、流司くんともっと一緒にご飯食べたかったです。」
何故か大悟は寂しそうな目でそう話す。
「もっと一緒にお芝居したかったし、アーティストとして同じステージにも立ちたかった。」
「そんなの今からいくらでも叶えられる」そう言いたいのに言えないのはどこかで違和感に気がついているからだろうか。
「ねぇ、流司くん。」
嫌だ。何も言うな。言ってくれるな。
「俺、もっと流司くんと一緒にいたかったな。」
大悟はそう笑うと、それ以上は何も言おうとしなかった。
けれど、分かってしまった。
「……オレももっと一緒にいたかったよ。一緒に芝居して、歌いたかった。」
大悟は笑みを浮かべるばかりで何も言おうとしない。きっとこれ以上は何の幻も想像出来ないのだろう。これはオレが作り出した都合のいい夢なのだから。
「……ん。今何時だ……?」
目が覚めると、住み慣れた部屋の景色が目の前に広がる。起きたらしいみるたともちおが鳴いていた。
夕飯中に寝落ちたのだろう。昨日は日付が変わる寸前に帰ってきたこともあり、眠気と戦いながら夕飯の準備をした記憶がある。
寝落ちていた机にはカレーライスが置きっぱなしになっていた。一旦仕方なくラップをかけ、冷蔵庫に仕舞う。今日の夕飯にでもするか。
時刻は6時52分。8時半から仕事なことを考えると8時には出なければまずい。
カレンダーを見ると9月19日を示していた。
今日は大悟の30歳の誕生日らしい。
だから出てきたのか。30歳になる時に2人きりで祝ってくれなんて言ったのはあいつの方なのに。6年前、大悟はオレを置いていなくなってしまった。
「祝って欲しいなら戻ってこいよ。」
1人、呟きながらスマホの写真を見つめる。この写真も6年前から変わらないままだ。
「誕生日おめでとう。大悟。」