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    hisuisuire0118

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    hisuisuire0118

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    具沢山のカレーライス if続編「いらっしゃいませー!」
    駅からほど近くにあるこのカフェは朝が一番忙しい。今は朝のラッシュの時間帯を過ぎ、ようやく少し落ち着いたところだ。
    「ブラックコーヒー1つ。」
    「佐藤さん!おはようございます。」
    毎朝来る常連さんの顔はつい覚えてしまう。佐藤さんは時間帯はバラバラだが数ヶ月前からよく買いに来てくれるお客さんだ。近くに住んでいるのだろう。ポイントカードを作る際に苗字を教えてもらった。
    「朝から元気だな……。あとなんかフードおすすめある?」
    「今だったらサンドイッチですかね。チーズたっぷりで好評なんですよ。」
    ベーコンとトマトとチーズを挟んだサンドイッチは今週からの新商品だ。俺も試食させてもらったが食べ応え抜群で美味しかった。
    「じゃあそれも2つ。別々に持ち帰り用にしてほしい。」
    「かしこまりました!あ、カップにお名前書きたいのでお名前教えて貰ってもいいですか?」
    カップに名前を書く、というのは口実でずっと下の名前を聞いてみたかった。こうでもしなければ聞くタイミングが見つけられそうになかった。
    「流れを司るって書いて流司。」
    カップにマジックで聞いた通りの名前を書く。「これで合ってますか?」と聞くと「合ってる。代わりに加藤くんの名前も教えてよ。」と返ってきた。
    「大きいに悟るって書いて大悟です。」
    佐藤さんは「いい名前だな。」と笑う。俺よりも歳上のはずだが佐藤さんは笑うと途端に幼くなる。
    サンドイッチを包み終わり、コーヒーと共に紙袋へ入れる。もうひとつのサンドイッチを入れようとすると、「あ、それ。」と佐藤さんに止められた。
    「加藤くんに。さっき朝ごはん食べ損ねたって聞こえたから。」
    「えっ。いいんですか!」
    確かに前のお客さんにそんなことを話していたがまさか聞いていたとは思いもよらなかった。
    「連勤してるだろ。今日も頑張れ。」
    学生バイトの子がインフルエンザで休んでいる関係で今日で5連勤だ。流石に疲労が溜まってきていた。
    「ありがとうございます!ありがたく頂きます。こちら商品です。」
    紙袋を差し出すと佐藤さんは「ありがとう。」と受け取った。
    「じゃあまたな、大悟くん。」
    「いってらっしゃい!流司さん!」
    彼は背を向け、店を出ていく。整った顔立ちに加え、振る舞いまでかっこいい人だ。
    「やっと佐藤さんの名前聞けたのかい。」
    いつの間にか後ろにいた店長に驚きつつ「やっと聞けました。」と答える。今年60歳になるらしい店長は穏やかで優しい。客足が絶えず、常連が多くいるのも店長の人柄のおかげだろう。
    路頭に迷っていた俺に声をかけ、雇ってくれたのも店長だ。返しきれないほど沢山の恩がある。
    「よかったね。お客さんも落ち着いたし、休憩しておいで。」
    「はい!ありがとうございます。休憩頂きます。」
    この店で働いてもう少しで4年が経つ。この店で働く前は俳優とアイドルをしていたらしいが、6年前にあった交通事故の影響でその数年間の記憶が欠損してしまった。1年間昏睡状態にあったということも関係しているのだろう。今もその頃の事を思い出せはしない。
    流司さんに貰ったサンドイッチを片手に珈琲を淹れ、休憩室へ向かう。朝のラッシュが終わったあと、少し遅めの朝食を食べ、ランチの時間帯に臨む。この生活もすっかり慣れた。芸能界なんて今の俺には夢のような世界だ。

    15時のチャイムが鳴る。平日の昼間なこともあってお客さんも落ち着いていた。時間通りに上がれそうだ。9日間続いた連勤も今日で最終日。明日の休みはゆっくりしよう。
    4日前に店に来たっきり流司さんは来ていない。来る時間帯がバラバラな上、スーツを着ているところを見たことがないあたり、何の仕事をしているのかも分からないが、忙しいのだろうか。
    「お疲れ様です!お先に失礼します。」と周囲のスタッフに声をかけ、ロッカーのある休憩室へと向かう。休憩室はテレビが付けっぱなしになっていた。誰かが消し忘れたのだろう。どうやら映っているのはドラマの再放送のようだ。
    制服をロッカーに仕舞い、私服の紺のスウェットと黒のジーンズを履き、ジャンパーを羽織って荷物を持つ。忘れ物が無いか確認し、テレビを消そうとリモコンを向けたその時、ドラマに出ているある人物が目に止まった。
    「え……流司さん……?」
    画面の中で台詞を話している人物は流司さんだった。
    顔立ちには確実に見覚えがある。そしてこの声はあまりにも聞き慣れすぎている。
    ドラマは終わりかけ。エンドロールが流れ始めた。そして、エンドロールには"佐藤流司"と数日前に聞いたばかりの名前があった。
    この人物は間違いなくうちの店によく来ている流司さんだ。俳優だったのか。普段ほとんどテレビを見ないこともあり、全く知らなかった。
    そして、何故かこの人の演技を随分と近くで見たことがある気がする。失ってしまった記憶と関係しているのだろうか。
    俳優なら不規則な時間もスーツを着ることがないのも納得がいく。俺達の関係はただの店員と常連客だ。とはいえ、芸能人と知り合いになってしまった、というのは少し嬉しく思ってしまう。
    「あれ、加藤くん。まだいたのかい。」
    休憩に来たらしき店長に声をかけられ「ドラマに夢中になっちゃってました。帰ります。」と笑い、テレビを消して休憩室を出る。早番の時は店の正面入口から帰ることになっている。帰ろうとカウンターから外に出ると「あれ、大悟くんじゃん。」と声をかけられた。
    「流司さん!」
    レジ前にいた流司さん駆け寄ると「仕事終わりか。この後なんか用あったりする?」と聞かれた。
    「いえ、何も無いです。」
    この後はそのまま家に帰ろうと思っていた。予定も何も無い。
    「一緒に昼飯食わねぇ?奢るよ。オレもう頼んだから好きなの頼んで。」
    「いいんですか! ありがたくお言葉に甘えさせてもらいます。」
    パスタとアイスコーヒーを頼む。誰かとご飯を食べるのは久しぶりだ。
    お会計を済ませてくれている間に先に席を確保した。この時間帯は授業終わりの学生が来るため、混み始めるのだ。すぐに番号札を持った流司さんがやってきた。
    「仕事終わりで疲れてんのにありがとな。」
    流司さんは帽子を被り、黒のブルゾンに白のTシャツグレーのカーゴパンツを履いている。シンプルなのに様になるのは流石芸能人といったところだろうか。
    「とんでもないです。こちらこそありがとうございます。今日はお休みですか?」
    「いや、夕方から仕事。時間微妙だからここで昼飯食おうかと思って。」
    程なくして頼んだ料理が運ばれてきた。アイスコーヒー2つとドリア、パスタの4品だ。ドリアの方を流司さんの前に置いてもらい、パスタを自分の方に置いてもらった。
    「さっきドラマで見かけてびっくりしちゃいました。流司さんって俳優さんだったんですね。俺あんまりテレビ見ないから知らなくて。」
    「あぁ、見てくれたのか。」
    今ほんの少し流司さんが悲しそうな顔をしたのは気のせいだろうか。
    「もしかして知られたくなかったですか……?」
    芸能人の苦労など自分には分からない。知られずに過ごしたかったのだとしたら悪いことをしてしまった。
    「いや、知ってくれて嬉しいよ。普段舞台の方が多いからどうしても知ってもらえる機会少ねぇし。ドラマもゲストで出させてもらったやつだしな。」
    流司さんはドリアを口に運びながらそう話す。
    自分が頼んだパスタは新商品のものだ。評判がよく気になっていた。フォークにパスタを巻き付け口に運ぶ。バター醤油の風味がきのこと合ってとても美味しい。
    ふと視線を彼の方に向けるとこちらをじっと見ていた。「流司さん?どうかしました?」と聞いてみたが、「いや、なんでもない。」と言う。
    じっと見られていたはずなのに不快じゃない、むしろ優しい印象を覚えた。そして何故か懐かしい感じがした。そんなはずがないのに前にもこの優しい目を見たことがある気がする。
    「なぁ、大悟くんは芸能界とか興味ねぇの?」
    流司さんは店内のテレビを指し、そう尋ねてきた。
    「芸能界ですか?いやー、俺には無理です。昔はそういうことやってた時期もあったみたいなんですけど、今はただの店員ですよ。」
    芸能界にいた頃の記憶など全くない。もう事故から6年も経った。今更戻ったところで居場所はないだろう。
    とはいえ、興味が無いと言えば嘘になる。自分の記憶にも関わるかもしれないのだ。
    「……そっか。」
    流司さんはその後は全く芸能界に関する話をして来なかった。「休日何してますか?」だとか「今度現場に差し入れしたいんだけどいつまでに言えばいい?」とか他愛もない会話をしているうちに食べ終わってしまった。
    「ご馳走様でした。」
    手を合わせ、食器を片付けやすいように重ねる。こういうところは職業病が出てしまう。
    「じゃあ、そろそろ仕事行くわ。大悟くんも仕事お疲れ様。」
    「はい。お仕事頑張ってください!流司くん!あっ……。」
    まるで前からそう呼んでいたかのようにそう呼んでしまった。彼は目を見開いたまま固まっている。
    慌てて「すみません!」と謝った。しかし、この感覚はなんだ。流司さんをそう呼んだことなど無いはずなのに。
    「俺なんで流司さんのこと流司くん、なんて……嫌でしたよね。すみません。」
    「嫌、では、ない。……むしろそっちがいい。」
    「え。」
    予想外の返答に声が裏返った。
    「そっちの方がしっくりくるんだよ。」
    流司さんは照れくさそうに笑う。
    「なぁ、大悟。」
    流司さんは「って呼んでいい?」と続ける。
    「は、はい!もちろんです!」
    なんとなく、ずっとそう呼ばれたかった気がする。ずっと待っていた気がする。
    すると、流司くんの鞄から何かの紙がすり抜け、俺の足元に落ちた。手を伸ばし拾うと、チケットだった。出演者欄にはいちばん最初に流司くんの名前がある。
    「あー……。舞台とか、興味ある?」
    「あ、あります!」
    舞台など学生時代の芸術鑑賞で見た以来だが、流司くんが出るものに興味がある。嘘は言っていない。
    「じゃあそれ、やるよ。都合あったら見に来て。オレ主演のやつだから。」
    舞台に詳しくない俺でもチケットが高価なことぐらいは分かる。慌てて返そうとしたが「仕事の時間やべぇから行くわ。都合あったらでいいし。」と流司くんは行ってしまった。
    シフト表を確認するとその日は休みになっていた。連絡先も知らないため、チケットを返すことも出来ない。
    「見に行ったら、何か、思い出すのかな。」
    ただの憶測だが、流司くんは記憶を失う前の俺について何か知っているのかもしれない。 俺だって失ってしまった記憶に興味が無い訳では無いのだ。時折感じるこの"懐かしい"という感覚も気のせいではないことは俺にも分かる。
    「2週間後、か。」
    チケットに書かれている日付は2週間後。もしかしたらこの日が特別な日になるのかもしれない。

    「でっか……!」
    2週間後。俺は都内のとある劇場にいた。
    劇場の入口を見上げ驚く。大きさ的にも都内有数の大劇場だろう。周りにはファンらしき人だらけだ。流司くんはこんなに大きな舞台に立っている人なのか。
    入口に立っているスタッフにチケットを渡し、もぎってもらい、中へと入る。ロビーではグッズ販売が行われていた。パンフレットぐらいは買いたい。
    列に並び、順番を待つ。今更気がついたが、男性客1人はなかなか目立つ。女性客が多く、あとは家族連れがほとんどだ。十数分待ち、パンフレットを買うことが出来た。
    開演は20分後。席に向かうにはちょうどいい時間だろう。席に1番近い扉を通り、指定された席に移動する。舞台から見て丁度真ん中あたりの席で見やすそうだ。
    ホールの中では開演前のアナウンスが流れている。客席は平日にも関わらずほぼ満席になっていた。
    開演10分前。幕が上がった。舞台は石壁のようなシンプルなセットだが、スモークが焚かれており、独特の雰囲気を醸し出している。上部に映し出されている映像は夜空だろうか。
    開演のブザーが鳴った。ホール内が暗転する。開演の時間だ。
    舞台上が明るくなると0番に流司くんの姿があった。舞台用のメイクをしているからかまるで別人のように感じてしまう。曲が始まるとすぐ背面に背負った刀を回転させながら抜いた。
    この仕草、前にもっと近くで見たことがある。
    舞台に立つ姿を見ることなど初めてのはずに確実に見覚えがあった。絶対にこの仕草を見るのは初めてではない。
    別のキャラクター達が次々と登場し、名前が舞台上に表示される。沢山のキャラクター達の中でも流司くんは特段輝いて見えた。
    スポットライトが流司くんを照らし、他のキャラクター達は捌け、舞台上には彼1人だけが佇んでいた。客席に背を向けていた流司くんが振り向き、視線がこちらに向く。
    "こっちを見ろ"そう言われているような気がした。
    俺は、この視線を何度も浴びたことがある。何度も向けられたことがある。
    俺は一体、流司くんとの何を忘れている?

    解決の糸口を掴めないまま舞台は終盤に差し掛かり、物語のラストシーンに到達した。
    戦いの中で仲間たちが次々と倒れていき、舞台上に立ち続けているのは彼1人。孤独の中、それでも希望を追い求める姿が美しい。
    流司くんは手を伸ばし、頭上に映し出された光を掴もうとする。目線は完全にこちらを向き、まるで自分に向かって手を差し出されているようだった。
    いつの間にか自分も手を伸ばしかけていた。慌てて手を膝の上に戻す。
    そして、舞台上で彼は光を掴み取り、手の中に収めた。彼の絶叫と共に静かだったBGMがオーケストラの大音量に変化する。
    伸ばされた手。こちらに向いた視線。咄嗟に差し出そうとしてしまった手。
    目の前の光景と重なるかのように様々な記憶がフラッシュバックした。
    これは、忘れていた記憶か。
    舞台上で何度も手を取った。視線を合わせ、歌い、舞い踊った。
    何度も、台詞を合わせ、会話を重ね、お芝居を作り上げて。
    沢山一緒にいるうちに流司くんのことが大好きになって、憧れとは違う好きに気がついて、迷いながらも思いを伝えて、それが実って、恋人としての時間を過ごすようになって。
    本当に楽しくて嬉しくて、幸せだったあの時。
    あの日は3日後にデートの約束をしていたっけ。
    ずっとこの時が続けばいいと思っていた。
    これは他の誰でもない。俺と流司くんの記憶だ。
    先輩であり、恋人だった流司くんとの。
    全部、全部、やっと、思い出した。

    呆然としているうちに舞台は物語を終え、カーテンコールが始まる。総立ちの客席は圧巻だ。
    舞台上に視線を戻すと流司くんと目が合った。
    彼はいつもの幼い笑顔を浮かべる。
    昔と変わらず、本当にかっこいい。大好きだ。
    6年も彼を待たせてしまった。早く流司くんの所へ走っていきたい。そしてまた彼と同じ舞台に立ちたい。
    板の上から離れて6年も経ってしまった。とんでもないブランクだ。けれど、流司くんと同じ場所に立てるならばなんでも出来る。そう信じられる。
    「本日は誠に!ありがとうございました!」
    流司くんの合図で全員の挨拶がホール全体に響き渡り、大きな拍手と共に舞台は幕を下ろした。
    流司くんになんて言えばいいのだろう。そもそもこれだけ待たせておいて「記憶が戻りました。全部思い出しました。」なんて許されるのだろうか。元通りになんてなれるのだろうか。
    6年。小学校を卒業するほどの時間、彼を1人にしてしまった。自分にとって長い時間だったのは確かだが、彼にとってはもっと長い時間に感じたかもしれない。恋人が何も話さず突然いなくなった苦しみなど俺には想像しきれない。
    いつのまにか周りの観客は皆帰ってしまい、ホールには俺一人になっていた。
    居座っては迷惑になる。外に出よう。
    そう思い立ち上がったその時、
    「大悟!」
    舞台から名前を呼ぶ声が聞こえた。流司くんの声だ。
    彼の方を見ることが怖い。どんな顔をすればいいのか。なんて話せばいいのか。嫌われてしまわないだろうか。
    こんな感覚に陥るのは初めてだった。
    けれど、向き合わなければ。
    「流司くん。えっと、その、大好きです!」
    「え。」
    パニックになった結果、予想だにしない言葉を発してしまった。流司くんも驚いた顔をしている。
    絶対に今言うべき、言いたかった言葉では無い。
    「あっ、違っ、くないんですけど、今言いたかったのそっちじゃなくて、えっと、俺、記憶が、「大悟。」
    しどろもどろになっている俺の言葉を遮り、流司くんは俺の名前を呼んだ。
    「全部、思い出したか?」
    流司くんはずっと待ち続けてくれていたのだろう。俺が働いているカフェにも何度も通って。常連になってまで様子を見続けてくれていた。
    「……はい、思い出しました。」
    そう答えると、流司くんはこちらに手を伸ばした。怒らせてしまっただろうか。思わず、目を瞑る。
    しかし、次に感じたのは確かな温もりだった。
    目を開けると俺は流司くんに抱きしめられていた。
    6年間も思い続けていてくれた流司くんの気持ちを疑うなんて馬鹿な話だった。
    「おかえり、大悟。」
    その言葉の重みは聞いただけで分かる。
    「ただいま戻りました。流司くん。」
    彼の背中に手を回す。
    この感覚。舞台上では大きく見える彼が自分の腕の中にいてくれるのが大好きだった。
    「何年も、1人にしてすみません。」
    酷く声が震え、涙声になってしまう。「泣き虫悪化したんじゃねぇの?」と彼の笑う声が聞こえる。涙は止まりそうに無かった。
    「もう、居なくなんなよ。散々探し回ったんだ。」
    「はい、絶対に。」
    その時、誰かが走ってくる音が聞こえ、咄嗟に離れた。一緒にいると事情を説明しなければいけなくなる。咄嗟に隠れようとしたが、流司くんに引き止められた。
    「流司く、んっ。」
    襟を引っ張られ、唇と唇が触れる。呆気に取られているうちに流司くんは「ロビーで待ってて。すぐ迎えに行く。」と行ってしまった。
    してやられた。顔中熱い。耳まで真っ赤になっている。この顔を見られたらまたからかわれそうだ。
    スタッフに声をかけられ、荷物を持って慌ててホールを出る。ロビーにはもう人は残っていなかった。最後の一人になってしまっていたらしい。
    ロビーのベンチに座り、流司くんを待つ。
    「大悟。帰ろうぜ。」
    後ろから聞きなれた声がし、振り返ると流司くんがいた。
    「はい!」
    差し出された手を握り、立ち上がる。
    「こうやって手を繋ぐのも随分久しぶりですね。」
    流司くんは照れているのか「おー。」と小さな返事だけが返ってきた。
    6年分、話したいこと、聞きたいことだらけだ。どれだけ話しても聞いてもきっと足りないだろう。
    「流司くん。」
    「ん?何?」
    「なんとなく呼びたくなっただけです。」
    「なんだよそれ。」
    俺たち2人の日常は再び交わり、動き始めた。
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