恐らく、これは恋なんかではないと思う。『恋』なんていう可愛らしい言葉でコーティングをしても意味がないくらいの、グロテスクな感情。
ただ一つ分かるのは、ミノルくんじゃないとダメだということだけ。他のどんな男も私の神経をここまでざらつかせ、震わせないと確信している。
一目惚れだった。目があった瞬間に背骨を雷が駆けていくような。逃げなければと本能は訴えてくるのに、目が逸らせない。笑っているのにどこか壊れているような、そんな目。
今思えば私もあの日、あの瞬間に壊れてしまったのかもしれない。
「くたばれ」
男が唾をミノルの顔に飛ばした。血が混じり赤く濁ったそれはたら、と重力に従い垂れ下がっていく。こんな唾一つではミノルの美しさや価値は微塵も下がりはしないが、一応やり返しておいた方がいいんだろうかと、地面に転がされた男の股間を思い切りヒールで踏み付けてやる。
「おい」
「あ、やりすぎちゃった?」
男はめちゃくちゃな悲鳴をあげながらのたうち回った。ドスのきいた声で咎められるので、怒らないでとミノルの腕に引っ付く。そんな私を振り切って痙攣して泡をふく男の口に指を突っ込み「おい、舌噛むなよ」なんて言いながら舌を確保するミノルくん。筋張った太い指が男の舌と絡んで、歯が指に食い込んで、ねちゃ、唾液が糸を引き、私は羨ましいなんて思ってしまった。
「金的はやめろ」
「は~い」
男は落ち着いたのか、かひゅ、かひゅ、なんて情けない呼吸を繰り返しながら私を物凄い顔で睨みつけてきていた。
「ミノルくん」
「ん?」
こっちに首を傾けてきたミノルくんの頬を、べろぉ、と舐めあげて放置されたままの唾を拭い取った。薄らとした鉄の味が広がる。
「ちょっと、なんで唾吐きかけられた時より嫌な顔してんの!?」
「……半分と話してくる、見てろ」
訝しげに眉を顰めるミノルくんは袖で頬を拭い、部屋から出ていってしまった。
「イ、イカれ女」
不貞腐れながら閉じられた扉を蹴っ飛ばすと背中に震えた声がぶつけられた。振り返って、地面にイモムシみたいにころがる男を見下す。
「イカれてる」
繰り返される罵倒にふっ、と、思わず笑ってしまう。
「だから?」
自分がミノルくんのせいで気狂いになっていることなど、とっくに自覚している。
己が狂人だと分かっていない者よりも、しっかりと自分がルールから、理から、社会から外れているという自認がある私のほうがよっぽどまともな筈だ。
「お前もあの男も、地獄におちろ」
「いいね、ミノルくんとなら喜んで」
皮肉のつもりで言ったであろう呪いの言葉に思わず歓喜した。ミノルくんがいるならばそれだけでそこは私にとって史上の場所となる。
あの甘美で、危険な、毒のような男なしではいけない身体にとっては、一人の天国よりも二人の地獄の方がよっぽど愛おしいのだ。