太極そあら習作それは不思議な歌だった。
澄んだ声。天を突く明るさと、すこしの哀愁ーー当時の、まだ幼い頃の自分にはその感情に名はつけられなかったがーーそんなものが一気に流れ込んできて。隣にいた母親に手を引かれなければ、きっとその歌声の元まで駆け出して行ったのではないだろうか。
もしかしたら、あれは人ならざる者の声だったのかもしれない、と守人は思う。
西方の言い伝えでは、美しい歌声で旅人を魅了し近付いてきたところを喰らう魔物がいるという。
あれもそういった類のものの声だったのかもしれない。
けれど、魔物というにはあまりにも伸びやかで、そして、幸福感にあふれた歌声だったのだ。
忘れたくないと思うあまり、守人はたびたびその歌を口ずさむようになった。
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