追う者追われる者 男は西成の路地を這いずるように逃げていた。逃げる男の背後ではアルミのゴミ箱が激しい音をたてて倒れる。
「待てやァ!」
怒号が逃げる男に浴びせられる。
数人の大きな男たちが唾を飛ばしながら罵詈雑言を叫ぶ。追う男たちの服装も相まって、さながらシャチが大海原で狩りをする様のようである。
ポツポツと等間隔に立てられた街灯に照らされる男の顔は赤黒く腫れ上がり、汗と血でドロドロになっていた。目の上や鼻から血を流しながらも男は命からがら大通りに出た。
──タクシー…!
シャチたちに追われた男は叫びながら両手を上げた。1つ向こうの信号待ちしているタクシー運転手に気付いてもらえるように大きく手を振った。男は映画のワンシーンのように、両腕を左右に大きく振る。その様は空港で大切な人に向けて挨拶する時のようか、はたまた無人島でSOSを求める救助者か。
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