鍾離という男は料亭へ赴くと、必ずと言っても過言ではない程に注文を入れる料理があった。食材を生かした風味と香り付け、柔らかく蕩ける舌触り。初めてそれを口にしたのはもう千年程前のことだろうか、と料理を待ちながら思う。程なくして運ばれてきたその料理は、千年経とうとも変わらぬ味を受け継ぐ料理人によって守られ、こうしてその当時と寸分違わぬ味覚を擽る味を舌に乗せることが叶うのだ。
やはりこの料理を頼まなければ始まらない。鍾離はゆったりと料理を口へ運びながら、追加の注文をぼんやりと思い描いていた。
「鍾離先生はその料理がお気に入りなんだね」
不意に向けられた声に視線を持ち上げる。
つい先日、璃月に赴任してきたという北国銀行所属の若き管理官は、なかなかどうして人懐っこい性分で、表情の変化に乏しく人から一線を引かれることの多い鍾離に対しても物怖じすることなく、ニコニコと手を差し出して見せた。
2455